23話『進展』
『始まりましたっ! 三大国による共同武道大会! 今年もここ、ユナイリー皇国のレミステル会場には多くの観客が詰め寄せています!!』
遠くに聞こえるアナウンス。観客の熱狂的な叫び。軍部による冷静な視線。貴族達による和やかで柔和な会話。その全てがこれが現実を示していた。
『毎年恒例のこの武道大会! 大会規定では初戦は異国からの流れ者が務めることになっていましたがここ数十年とそれが叶ったことはありませんでした!』
アナウンスに釣られて観客の熱気が上昇する。円形の闘技場を囲むように観客が集まっている。その数推定十万。収容可能人数は七万。
『しかしっ! 今年! そのルールが久方ぶりに適用される! それはつまり!?』
観客を扇動するかのような大音量の声。それに合わせて観客からもどよめきが起こる。それは会場全体を揺らし、闘技場の選手出入り口に立つ凪に伝わってくる。
『そうです! 今年は流れ者が出場する! ユナイリー皇国、ルミテッド学園在籍、トオノナギ選手、入場です!!』
今日一番の歓声と拍手が沸き起こる。今すぐに帰りたい気持ちを抑えて凪は入場する。
対戦相手の紹介アナウンスが流れるのをどこか遠い世界のように思いながら戦犯であるアルフを呪う気持ちを忘れない。
♢
大会まで残り数日を切ったその日、凪は学園長に改めて出場辞退の話をするために学園長室を訪れていた。今日までにアルフから何度も何度も大会に出るように説得されていた為、大会の話を聞くだけで不愉快な気分になるのが抑えられない。だが大会自体が大規模かつ有名なせいで学園の至るところでその話がされており、凪の気が休む場所が存在しなかった。
「入るぞー…」
覇気の抜けた、怠そうな声で入室することを伝えながらドアを開ける。本来ならきちんとノックをして、返答を待ち、許可が出てから入室するのが礼儀だが今はそれを叱るアルフがいない。
「おや、随分と体調が悪そうだが」
「おめーのせいだよ、学園長」
そこが所定の位置であるかのように凪はソファーに座って学園長を責める。開口一番に凪の体調を案ずるかのように発言している学園長だが言葉とは裏腹にその顔には笑みが溢れている。
(確信犯かよ…くそが)
凪がここまで疲れ切っている原因は大会が起因しているのは先程も述べた。だが本当の理由は違う。どこから流れてきたのか、流れ者である凪が参加する、そんな噂が学園中に蔓延したからだ。
出会う全ての人に真偽を問われ、見知らぬ人間には何故か喧嘩を売られ、アルフには爆笑された。連日連夜のその騒動に心も体も磨り減っていた。気分は砦の堀を埋められて直接攻撃をされている城主である。
先程の学園長の笑みを見て確信する。断り辛い状況を生み出した原因はこいつだと。何がなんでも参加させようとする学園長の笑顔を無性に殴りたくなる。
「大会には出ない。 改めて、それを伝えに来た」
「おやおや? 周りからは期待されてるんじゃないのかい?」
事実、流れ者を気にしない性格の人間や大会規定のルールを把握している人間からは同情の声と励ましの言葉を頂いている。
「参加しない」
議論の余地はない、あからさまに学園長の言葉を無視して自身の意見だけを伝える凪からはそれが感じられる、端から見れば駄々っ子に見えるがその内実は実に切羽詰まっている。
「ふむ」
「参加は絶対にしない。 絶対にだ」
再度、念を押し決定事項となりつつある不参加の意思を伝える。学園長は顎に手をやり思案顔だ。
「分かった、」
「じゃ」
続く言葉はどうせ引き止める言葉だと判断し断ち切る。踵を返して足早に去るその背中はどこか儚く見えた。
♢
「彼は表舞台に出るのが嫌なようだね」
凪の去った方角を見ながらリノアールが誰に言うのでもなくただ呟く。
過去に来た流れ者、その全てをリノアールは把握していない。それでも年齢三桁である長寿の種族であるリノアールは半数以上の流れ者を見てきた。多くに共通して言えることは舞い上がり、自滅すること。
流れるにとってこの世界は未知なる世界である。見るもの触るもの全てが彼らにとっては初めてのことであり、恐怖よりも好奇心が勝っていた。慎重に行動する人種も存在こそしたが圧倒的少数だ。
皇国近辺に現れ、保護された流れ者は本人が望まない限りはルミテッド学園で保護してきた。無償ではない。代わりに知識を提供して貰う。
「…世界が望んでいる以上、彼には頑張って貰わないとね」
いつもと変わらないその笑顔の下で何かが蠢いている、そんな笑顔だった。
♢
ルティシアと凪は戦闘訓練室にいた。日課の特訓をする為だ。飽き性の凪にしては長く続いている特訓は着実に凪の力を高めていく。
「………参加、しないの?」
「しねぇよ。 お前までその話題出すのは勘弁してくれ」
メニューである魔力を放出、それを維持することによって魔力操作を高める訓練を行いながらルティシアからの質問に嫌そうに答える。もう何回、何十、何百とされた質問だ。いい加減に聞き飽きたのが凪の心境である。
「………参加した方がいい」
その言葉に思わず目を開いてルティシアを凝視してしまう。お前マジで言ってんのかとその目が語る。凪と共に行動する時間が一日の内の半分以上を占めているルティシアは凪が参加しない意思を明確に示していることを誰よりも理解出来ている。そのルティシアからの言葉に流石の凪も驚愕する。
「メリットがねぇ。 何より俺が嫌だ」
「メリットならある」
「………なに?」
思わぬルティシアの返事に怪訝深く顔を向ける。その間も凪の掌からは黒い魔力が放出されている。よくある魔力切れによって命を落とす、スタミナが切れるといった現象はこの世界では起きない。魔力は命とは別の存在であり、仮に底をついたとしても魔力が出なくなるだけで生命活動に支障はない。
「………この世界で生きる上での糧になる」
「長い目で見ればそれもまたメリットかもな。 だが俺は直ぐに目に見えて分かるメリットが欲しい。 つまりそれは俺にとってはメリットとならない」
「…アルフの好感度が上がる」
「本気でそれが俺にとってメリットになると?」
「思わない」
即答。だがルティシアの言うことも一理ある。大会で得た知識と技術はこの先長い目で見た時に大きな財産になる。それに知名度という点に関しては間違いなく抜群の効果を生むだろう。卒業してからもそこから生まれた人脈は必ず重宝する。
「…どうして参加したくないの?」
「言ったろ、面倒だ」
「違う」
「………何がだ」
「本当の理由を教えて」
凪が押し黙る。ルティシアの真っ直ぐな瞳に観念したかのように溜息を一つ、吐き出した。
「………怖い。 他にも色々とあるがこれが一番だな」
恐怖。それは人として最後の砦。その感情を無くした時、人はヒトになる。人間ではなく、獣になる。
「…流れ者だから?」
「生まれ育った世界が違う。 俺の世界では一部を除いて人は安全な場所で生きていた。 魔物がいない、安全な場所でな」
安全とはいえ一定の危機はある。事故、通り魔、様々な死を招く要因は存在するがこの世界と比べたら遥かに安全だ。
「…無理に決まってんだろ。 急にこんな世界に来て、生きていく。 その上訳の分からん大会に出ろだぁ? はっ………勘弁してくれや」
おおよそ、凪には似合わない弱々しい声に表情、ここに来て初めて弱音を凪は吐いた。
「意外」
「弱音を吐かない人間とでも思っていたか?」
図星だったのか、黙って俯いているルティシアを鼻で笑ってしまうのを堪える。ここで笑ったら最低な人間になってしまう。
「俺だって人間だってことさ…さ、続きをしようか」
いつもは無表情のルティシアの顔に多少の罪悪感が浮かんでいる。それを無視して目の前の訓練に集中した。
♢
「ナーギ君!」
「アルフ、疲れてんだ。 後にしてくれええ!?」
部屋に戻るや否や声をかけてきたアルフによって拘束された。
「くっそ! 千切れん! 魔法製か!!」
細い紐で体を縛られる。見た目が華奢な紐なので無理矢理にでも千切ろうとしたがビクともしない。その間アルフは身支度を整えている。嫌な予感しかしない。
「じゃ、行こうか!」
「やだ! 大会には出ない!! あっ、止めて、そこはダメ、あああああああああああ」
♢
気がついたら控え室と思しき場所だった。側に置手紙が置いてある。読むとアルフの字でこう書いてあった。
『大会にエントリーしといたからね! 後数分で呼ばれると思うから頑張って! ちなみに逃げ出すと感知型魔法で爆殺されるからやめといた方が賢明だよ!』
「………死ね」
こうして冒頭に戻る。




