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22話『拒否』



「ナギ君はどうするか決めた?」


「んー? 晩飯?」


「違うよ! 武道大会のこと!」



学園の中庭には一本の大木が聳えている。学園を建設した際、一緒に植えた幼木が育ってここまで大きくなったものだ。胴回りは目測で直径十メートル、高さは隣に建つ実験棟と同じくらいだ。



「はー、風が気持ちええの」


「そうだねー…って話逸らした?」



凪の言う通り、柔らかな風が丁度いい強さを保って吹いていた。髪を触り、頬を撫で、全身に浴びるようなその風は凪の人生で一番の風だった。



「私ね、出ようと思う」



風にアルフの声が乗る。ふと、隣を見ればアルフの金髪が楽し気に踊っていた。



「用途や目的は私の理想とは違うけど、私の能力を必要としてくれる。 ナギ君には分からないだろうけど、能力を必要とする人は初めてなの。 だから、それに応えたい」


「………」



凪にはアルフの気持ちが少しだけ理解出来た。人間誰しも人から必要とされたい。不必要な人間にはなりたくない。そんな承認欲求を人間は抱えている。誰かに認めて貰いたい、その気持ちは大切だ。



「そうか…。 まぁお前の好きにしなよ」


「その台詞、ルティシアにも言ったの?」



思考放棄にも似た凪のその返事をアルフは笑って聞いていた。凪の言う言葉はその殆どが自分で考えて答えを出すのが面倒だから相手の好きなようにさせる為に出される言葉だ。そこに深い意味はなく、あるのはただの逃避。受け取る側が勝手に解釈してるに過ぎない。



「ナギ君はどうするの?」


「出ないさ。 出る理由もないし出る必要性も感じられん。 優勝したら元の世界に帰れるっていうなら悪魔にでも魂売って優勝するけどな」



そんな副賞が用意されていないことは最初から承知の上での言葉だ。比喩にしか過ぎないその言葉は風に霧散して流れていく。



「そっか…ナギ君も出てくれたら心強いんだけどな」


「御断りだ。 だいたい、もしかするとアルフとも対戦する可能性があるんだろ? 尚更御断りだっつーの」


「同国の人間同士では戦わないはずだよ。 例外はあるかもしれないけど」


「それでも俺は出ない。 賞金が仮に出たとしても今の俺はそれに魅力を感じんないしな」



現在の凪の身元は学園が保証してくれる。衣食住は全て学園で用意され、その一つ金銭もある。実質的なニート状態だ。必要なモノがあれば学園長が用意してくれる。現状に満足しているのだ、冒険する気は起きない。



「寂しいこと言うな〜ナギ君は。 じゃあさ、せめて友人として一緒に来てよ」


「やだ。 会場まで行ったら強制的に出ることになりそう」


「そっ、そんなことしししないよ!?」


「やだー、する気満々じゃないですかー」


「………私だってちょっと心細かったりするんだからさっ」



そんなことは凪も分かっている。分かった上で拒否しているのだ。アルフの付き添いで一緒に行くメリットが存在しない。仮にアルフの好感度が上がるメリットがあったとしてもそれは凪にとってはメリットになり得ない。それに対してデメリットは非常に明確でわかり易い程ある。大会に出場させられる可能性が大幅に上昇することだ。そしてそれはアルフの態度を見た限り、間違いなさそうだった。



「だったら辞めれば良いだろ。 くだらん」


「もーっ! ナギ君にはこの葛藤が分かんないかなー」



一人で行くのは心細い、だけど行きたい。そんな矛盾を孕んだアルフの決意は非常に柔らかい。少し背中を押してやれば元気よく大会に出るだろうしその背中を引っ張ってやれば出場を辞退する。その方法を凪は知っているがやるつもりはない。そこまでお節介を焼くつもりは毛頭なかった。



「………発見」


「おー、ルティ。 悪いな、探させちまったか」


「………平気」


「ねぇルティシア聞いてよ! ナギ君ってば冷たいんだよ!?」


「………知ってる」


「ルティの中でも俺は冷たいって評価がされてんのかよ….」



ルティシアは長い髪の毛を後ろで一つにしていた。体を動かす時や風の強い日は無造作に束ねている姿を見ていたのでそれに何の感慨も抱かない。以前、初めて結わいている姿を見た時に似合ってると褒めてやったら暫くの間ずっと髪の毛を束ねていたので嬉しかったのかと辛うじて判断出来た。凪がルティシアを褒めると暫くの間、褒められたことをルティシアは続けるようになる。そうそう簡単に褒めてやることが出来なくなってしまい少し面倒だと感じていた。



「あ、そういやルティは武道大会知ってる?」


「………もち」


「あんだよ知ってんのか、そんな有名なのかよ」


「開催期間は三日、動員観客数は数十万に及び一大イベントだからねー。 見に行ったことはなくてもその存在を知らない人っていないと思うよ」



規模がよく分からない。日本でアイドルがドームツアーをするとどれだけの人が集まるのか、それと同じようなモノなのか。



「ルティが出たら優勝出来る?」


「当然。 …だけど他国の人間の強さが分からないから断言出来ない」


「いや断言してるんだけど」


「ルティなら確実に優勝出来るんじゃないかな? 去年、優勝した人も多分私より弱いと思ったし」



鬼族の戦闘する場面を見たことがない凪にはルティの強さに現実味が感じられない。



「去年優勝した奴はどんな奴だった?」


「魔法使いだったよ。 上級までしか使ってなかったから魔法の強さというより戦闘技術とそれを組み立てるセンスで勝ったって感じかな」


「ふーん…で、上級って?」


「ナギ君って本当に授業聞いてないんだね…」


「当然だろーが。 俺が真面目に授業を聞いてる日があったらそりゃ俺じゃねぇ」


「ナギ君の存在意義ってそんなモノなの…」



異世界の授業とは凪にとって初めて聞く内容ばかり。知識欲に駆られて最初こそは熱心に聞いていたが理解出来ないことを知ると全て放棄した。聞いていて楽しい授業も確かにあるがそれを記憶の片隅に留めるようなことはしなかった。いつの間にかクラスメイトからも先生からも凪は授業を聞いていないのが定着してしまうほどに。


ちなみに凪以外が授業を聞いていないとティール先生から強化されたチョークが飛んでくる。おでこに当たると真っ青に腫れるので皆真面目に聞いているのだ。恐怖政治にも似たそのやり方は現代日本では出来ない方法であった。



「………魔法には五つのランクに分けられている。日常生活でよく使う魔法が多く分類されている初級。 攻撃魔法、防御魔法、回復魔法などの戦闘時に使う魔法は中級。 上級は中級の威力が上がった魔法が揃っている」


「ほうほう。 残りの二つは?」



急に流暢に喋りだしたルティシアが解説をしてくれる。魔法が好きなのか、解説が好きなのか。



「残りの二つ、古代級と神話級」


「名前だけ聞いたらめっちゃ強そう」


「実際凄く強い魔法なんだよ。 古代級はともかく神話級になると使える人が凄く少なくなるんだから」


「………古代級は古代の時代に使われていた失われし魔法。 現存する魔法は少ない。 大規模な広範囲魔法がこれに分類されている。 使用する為には莫大な魔力と高い魔法適正と魔法への理解が必要」


「私は使えるけどね!」



ルティシアと比べるといくらかボリュームに欠けた胸を張ってアルフが自慢する。その胸囲を見てルティシアが鼻で笑うがアルフは気付かない。



「最後の一つは?」


「文字通り、神話の時代に神々が使用されたとされる神話級魔法。 天変地異を引き起こす魔法、ありとあらゆる怪我を瞬時に治す回復、どこにでも転移を可能とする魔法。 その名に恥じない魔法が数多く分類されている、人類未踏とされる領域」


「私は使えるけどね!!」


「マジで?」


「多分!」



自信満々にあやふやな可能性を口にしているがアルフなら可能だと思わせるだけの実力がある。高い魔法適正と莫大な魔力を保有しているアルフになら、そう思わせるだけの。



「解説ありがとなルティ」



長い説明を終えたルティシアの頭を撫でてやる。いつかやったアルフとは違い、その手の動きは優し気である。



「私となんか違うよね?」


「いいや、一緒だね。 女の子には分け隔てなく同等に扱うようにしてるし」


「なーんか手の動きが優しいような気がするんだけどなー」



アルフには気のせいだろと一蹴しルティシアの頭から手を離す。大人しく撫でられていたルティシアは猫のように気持ち良さそうな顔を浮かべていた。アルフが犬ならルティシアは猫だなと凪は感じた。

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