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20話『馬鹿』



あくる日のルミテッド学園、その別棟に集合している模擬戦闘室の一室に凪はいた。戦闘訓練で異世界初めての敗北を経験し、内心ではその力に恐怖していた。この世界では自身の命を容易く奪うことの出来る存在がひしめいている。日本でなら日本人の倫理観と穏やかな民族性で命の安全を確保出来ていたがこの世界は違う。何も知らない民族、人種、その民族性と国民性は何が起きてもおかしくない。それが本来の異世界に来た人間の反応なのだ。


凪は思う。小説でよく見る転生した人間はそこら辺のことをしっかりと考えているのだろうかと。



「…もう一度」


「分かってる」



ルティシアに言われた通り、再度集中して体の流れに意識を投じる。凪が今行っているのは魔力を感じる鍛錬。流れ者が魔法を扱うには複雑かつ難解な手順と本人の潜在能力に依ると学園長の言葉だ。魔法が繁栄するこの世界で自身の身を守ろうとしたらやはり魔法を使えるようになるしかない、それが凪の出した結論だった。学園長に相談しに行った際、過去に流れ者が魔法を使ったことがあるのかと質問したところ、普通にあると答えられて最初は拍子抜けすらした。だがそこに至るまでの道を聞くと改めて難しいことを悟った。


魔力の流れとは簡単に言えば生命エネルギーが体を巡るその流れ。難しく言えば全身に散る魔力が魔法を使う際に通る道のことだ。その流れを感じ取ることが流れ者が魔法を扱う為の第一歩であった。



「………口で言うのは簡単なんだがな。 存外、難しい」


「…この世界を生きる人間は物心が付く頃に無意識のうちそれを理解している。 生まれたばかりの馬が歩けるように、それは誰かに教えて貰うことなく本能に刻み込まれた生きる為の力。 ………流れ者にはこれをキチンと頭と体で理解して貰う必要がある」


「分かってる」



再度、同じ言葉を発して魔力の流れを探す。ここ数日の反復練習による成果が凪の体の中で浮かび上がる。



「…だいたい把握した。 こんなもんか?」


「………及第点」


「手厳しい…。 流れ者だと考慮したら上出来だろ」



辛辣な評価を下すルティシアに苦笑しつつも自身が魔力を保有していた事実に改めて微妙な感情を抱かされる。ここ数日、日本人としての体はもう存在せず、今の体はこの世界の体であることに若干のホームシックに襲われていた。



「………次の段階に進む」



思考に囚われていた意識を解き放ち、ルティシアの言葉に耳を傾ける。一抹の悲壮感は既に忘却の彼方へ置いてきた。



「………出来る?」


「どーなってんのそれ」


「掌から魔力を放出中」



そう言うルティシアの掌から真っ白な、炎に似た揺らめきを具現化しながらナニカが放出されていた。どうやら魔力のようだ。



「魔力に色があんの?」


「…特別な魔力、特別な才能、特別な人は全員色がある。 一般的な魔力の色は白に近い無色をしている。 ………授業でやったと思うけど?」


「聞いてると思ってんの? この俺が」



凪の言葉を聞いたルティシアは眉尻が下がり呆れた顔をしている。



「前々から思ってたけど今年で俺ら最上級生になってるんだろ? そんな初歩的なことを授業でやる必要あんのか?」


「ティール先生が気を利かせてナギに理解させようと復習と確認を兼ねて一年生の内容をやってる」


「そりゃ失礼なことしちゃったな。 いやはや、申し訳ない」



当然、口先だけの謝罪であり、その顔から申し訳ない気持ちは微塵も感じられない。



「ちなみにアルフの魔力の色は?」


「金色…だったはず」


「髪色で左右されてる可能性が大幅に上がったな」



凪の提示した可能性をルティシアは否定しない。魔力の色はどんな理由で色が発生するのか、その原理が未だに解明されていないからだ。もしかすると凪の言葉が正解に近い可能性も無きにしも非ずだ。



「さて、とにかくやってみるか。 …どーやってんの?」


「魔力を具現化する時はイメージが重要。 掌から吹き出る想像が大切」



ルティシアの言葉を聞き、集中、そして吹き出るイメージを強く想像する。学生の頃からあり得ない妄想やちょっとエッチな妄想が好きだった凪には比較的簡単だった。



「………出来た、な」


「………成功」



閉じていた目を開け、成果を確認する。目に入ってきた光景は圧巻の一言だった。



「なんかデカくね?」


「すごく………大きい」



ルティシアの放出されていた量は人間の一人の頭と大差ない大きさだったが凪の掌の上に具現化された魔力は成人男性一人とほぼ同程度の大きさだった。ルティシアが魔力量を調節しているのなら話は別だが先程のルティシアの言葉から察するにそれはしていないと思われる。ならばこの大きさが意味するのはなんだろうか。



「…まぁ大きさはともかく色は…想像通りというかなんというか」



この体になって色々と変わった。性欲の面もあるが何よりも視界が高くなったことだ。計測はしていないので詳しい数字までは窺い知れないが百七十後半はあるかもしれない。そしてすこし意外だったのが髪色だ。特別クラスの面々がカラフルな髪色をしている中、凪だけ以前と変わらず黒髪だった。



「………髪色と同じ黒」


「こりゃいよいよ俺の仮説が正しいと証明されそうな勢いだな。 いや他にも検証は必要だけどさ」



凪の掌に浮かぶ黒い炎のような魔力の塊。パッと見、瞳から出される消えない黒炎のようにも見えるが熱くはない。


凪は当然のように出来ているが人によってはここに至るまでに数年という歳月が掛かる人もいる。自身の要領や理解力、何よりも魔法適正がその時間を大幅に短縮させることになる。故にルティシアは内心で感じていた驚きを色を隠すことが出来なかった。



「凄いことなのか?」


「…大きさ、色云々よりもここに至るまでの日数が凄く早い」


「ふむ、これが噂の主人公補正か」



軽口を叩いてみせてみるが本音では補正云々抜きで自分が秀でていることに確信を持っている。元々凪はありとあらゆる分野において秀才まで出せる能力を持っていた。面倒なのでやらないが。無論、その道を極めた人間には負けるし、天才まで届くことがないので器用貧乏には変わりないし、何より異世界での魔力にまで秀でる能力を持っていたとは自分でも驚きだ。



「野球ゲーム風に言うと能力値オールBだからな。 専門職には負けるけど何事もソツなくこなす、それが俺」


「………」



ルティシアが極寒零度の表情を浮かべていることに気付くと咳払いを一つして話を進める。



「それでだ、ここからどうすれば魔法が使える?」



魔力の有無は確認した。具現化も叶った。ならば次はそれを行使する術を知るべきだ。



「………」


「ルティ? どした?」


「…なんでもない」



どう見てもなんでもあるような顔つきをしていたのだが深くは追求しない。理由は簡単、面倒だからだ。



「魔法よりもナギは魔力で肉体を強化した方が強くなれると思う」


「何故に?」


「アルフとした特訓の時も試合の時も思ってた。 ナギは体の使い方が上手。 初めから覚える技術よりも今ある長所を伸ばすべき」


「…ふむ。 一理ある…あるが特化していない部分が弱いままだな。 それは?」


「私とアルフがいる」



暗に助けることを示すルティシアだが当然のように確認をしていないアルフも入れている。彼女の中でアルフの立ち位置はどうなっているのか、凪は疑問を覚えずにはいられない。しかし、鬼族からの戦力的援助をして貰えるのは最強の矛を手に入れたも同然である。


ルティシアからの提案を聞き、先日の獣人の動きを思い出す。脚力を強化する以外にも全身に魔力を浸透させて全体的な底力を上昇させることも可能だとルティシアから聞いている。仮にあの獣人と同等の肉体強化が可能になればそれなりの力を手に入れられる。



「なぁ…」


「…なに」


「戦闘訓練でこの間みたいに対戦式をやったとしたらお前ら二人から助けて貰うなんて出来なくね?」


「………」


「目を逸らすな馬鹿」



あからさまに、考えていませんでした、そんな顔で凪から目を逸らすルティシア。主人公の立場で考えていたが冒険をする予定は今の凪にない。助けて貰う必要性が感じられないのだ。



「………とにかく練習。 最低限、肉体強化は出来るように頑張って」


「…あいよ」



ジト目でルティシアを見る凪はやる気のない返事をする。兎にも角にも今は試すしかない。特訓という名の暴力を行うとして凪に拒否されたアルフの残念そうな顔が思い出した凪であった。





「………」


「リノアール…」


「分かってる…分かっているとも」



場所は皇都、イヴァールにて荘厳に佇む皇城の一室。ユナイリー皇国を統べる、皇帝だけが入室を許可されている場所にルミテッド学園、その学園長、リノアールは居た。



「選抜はこちらでやっておくよ」


「頼む。 それと…分かっていると思うが」


「あぁ、分かってる」



以前、学園長室に居た謎の青年とリノアールは話していた。この場所は皇帝だけが入室を許可されている皇城の最重要拠点の一つでもある。周囲には人避けの結界、盗聴防止の魔法陣、神話級魔法を完全に防ぐ完璧な防御陣、有事の際には脱出の為の超長距離転移魔法陣、ありとあらゆる可能性を考えられ、それを防ぎ、それから逃げる為の手段が講じられている。皇帝が例外的に許可を出した人物しか入室は叶わず、現在の皇帝がそれを出した人数はただ一人。それがリノアールだった。つまり、謎の青年。その正体は。



「レナード…あぁ、今は皇帝として私と話していたね」


「構わない。 私とお前の仲だろ?」



謎の青年、レナードは柔らかな笑みを浮かべて一線を引いて接そうとするリノアールを制す。その言葉には皇帝としてではなく、一人の友人としての感情が込められていた。



「毎年恒例とはいえ…憂鬱になるよ」


「ここ最近はずっと二位に甘んじていたからね。 周辺諸国に皇国が舐められているのは私も知っているよ」


「そうだ、それだけならまだ許せる。 だが武力が弱いと判断されたみたいでな…外交に関してやたらと強気で責めてくるんだよ…」


「それは…疲れるね」



リノアールの苦笑いしながらの言葉にレナードは疲れた笑みで全くだと答える。戦争の起こっていない、平和な世界とはいえその水面下では各国が暗躍している。領土を、自然の恵みを、重要都市を手に入れる為にだ。各国の位置関係的に海や山が少ない国が必ず存在する。そういった国では海や山の恵みが少ない。他国からの輸入に頼るしかなく、輸入元もそれを見越して足元を見て値段を吊り上げ、不満が溜まる。交通や流通の拠点都市を手に入れれば必然的に自国が賑わう。様々な要因から、虎視眈々と各国がそれそれの国の背中を狙っている。だが現時点では誰も刺されていない。それが今の世界だ。



「ここらで皇国の強さを改めて認識させたい。 その為にも今年の武闘大会は負けられない。 …頼んだ」



疲弊に塗れた表情を浮かべる友に少しばかりの憐憫の感情を抱きながらも友の為、皇国の為にリノアールはなんとかせねばと頷いた。

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