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18話『現実』



あの後、ルティシアと他愛ない話で盛り上がった。盛り上がったと言ってもそれは凪の目から見てであってルティシアは毎度ながらの無表情であった。それでも時折笑顔を見せてくれるようになり、花が咲き誇るようなその笑顔に素直に可愛いなと思えた。



(世界に順応してるなぁ)



どこか他人事のように今の自分をそう思う。元々日本での生活に飽きていた訳でも家族や仕事に不満があった訳ではなかった。ただ、漠然となんか面白いこと起きないかなぁとは思っていたりもしたが思うだけで何も行動にしたことがなかった。それが突然異世界に放り投げられて、美少女と知り合えて、初めて人を、掌底とはいえ殴った。


努めて、表情や言葉には出さないようにしていたが内心では毎日が驚きと興奮と少しばかりの焦りに包まれていたことを凪は自覚している。驚きと興奮は言わずもがな、焦りは日本に置いてきた家族のことだ。


学園長に戻る手段は無いと聞いた時から凪は過去を切り捨てる決意をした。妻と子供を。簡単なことではなかった。今でも時折思い出すこともある。それでもこの体になってからはまるで過去に興味を持つことを禁じるように少しずつどうでもよくなっていく感覚を感じていた。


いずれ妻と子供たちの顔を思い出すことが出来なくなると恐怖を覚える一方でそれで良いんじゃないかと悪魔の声も聞こえてくる。何が正しいのか迷った時、凪は自分のポリシーに従って行動するようにしていた。



適当にやる。



例え姿形が変わろうとそれだけは変えることはしたくない。別に何かしらの使命感がある訳でもない、ただの意地だ。



そんなこんなで一日を過ごし、アルフに仲間外れにされたことを怒られ、それを適当にあしらいながら就寝した。隣には当然のようにルティシアが寝ているベッドで。





翌日。一回戦を戦った模擬戦闘室に再び特別クラスの面々は集合した。





「負けた奴も来るんだな」


「授業でもあるからね。 参考にすべき動きをする人から盗む為にも全員必ず集合させてるんだよ」



集まったクラスメイトたちの顔を見回し、人数が減っていないことに気付くとアルフが理由を教えてくれた。



「正確には約一名を除いて、だな」


「あはははは…ルティシアには無駄な授業だからね」



そもそも試合に出ていないルティシアは当然来ていない。単純な筋力だけでゴリ押しを可能にする鬼族に技術は不必要だと判断しての行動だろう。多少の弱体化はあれど、世界でも有数の強者なのだ。当然とも言える。



「昨日、ルティから色々と聞いたが…鬼族ってのは筋力は勿論魔力にも秀でているのか?」


「文献上は、ね。 今のことはルティシアに聞いてみないと分かんない」



同等の強者がいないからこそルティシアは技術を放棄している。いるのは圧倒的強者たる守護者と圧倒的弱者のその他有象無象、それらに技術は必要ない。前者は負けるのが当然で、後者は勝つのが当然だから。



「よーし、始めっぞー。 一番手はアルフ、君に決めたー」



どこか聞いたことのある懐かしいセリフを間延びした緊張感の欠ける声で発し、アルフを呼ぶティール先生。その声に反応するように呼ばれていない者は先日同様に壁際へと退避する。



「じゃ、行ってくる」


「おう、行ってら」



短い言葉を交わした後、アルフが中央に歩み寄る。対戦相手は筋骨隆々の筋肉達磨。あんな目立つ奴がいるのに覚えてすらいない自身の記憶力に場違いな不安を覚えつつも筋肉達磨を応援する。



「頑張れー。 筋肉の真骨頂を見せてくれー」


「私は!?」



アルフが何か喚いているが無視をする。筋肉達磨は見た目とは裏腹の態度で照れたように頭を掻いている。それは一枚の絵として見た時に強烈な吐き気を催すモノだった。周囲で観戦している他のクラスメイトもそう思ったようで若干室内の温度が下がり、皆一様に壁際へと更に寄る。ティール先生も微妙な表情を浮かべ、アルフに至ってはゴミを見る目をしていた。



「やっぱお前キモいからさっさと負けろよ」



愕然とする表情を浮かべている筋肉達磨を他所にこいつ意外と面白いなと場違いな感想を思う凪。リアクションが豊富な奴が一人いるだけで空気が明るくなるのが通説だがいかんせん見た目とのギャップが激し過ぎた。



「はいはーい、じゃあ始めるぞー」



ティール先生の声に二人は得物を選ぶ。筋肉達磨は見た目通り、自身の肉体を武器に戦うタイプのようで拳に装着して使用するナックルタイプの武器を選択、アルフは何も選んでいない。


それに対する筋肉達磨の反応は無い。まるでそれが当たり前のように対応していた。アルフの戦闘スタイルとその強さを理解してのことだろう。



「はい、始めー」



ティール先生の掛け声を合図に筋肉達磨が走り出す。見た目からは鈍重な動きを凪は想定していたがそれを上回る俊敏な動きでアルフに迫る。普通は筋肉を多く付けるとそれに伴い速度が落ちる。あの筋肉量であの速度を出せるということはそれだけ柔らかくしなやかな筋肉を纏っている証拠だ。


アルフは慌てることなく突き出された拳を避ける。その動きはまるで舞を踊っているかのように華麗で無理のない動きだった。



「セイッ!!」



突き出した拳の動きを利用し体の位置を反転し、気合いの声と共に先程より更に拳速を増した拳を放つ。腰の動きも入ったその拳を凪が視認することは叶わない。



「はい、おしまい」



小さく呟いたその言葉に凪が疑問を抱く、そんな当然の反応をする前に筋肉達磨は倒れた。ピクリとも動かない横たわるその体に嫌な予感が過る。ティール先生は脈の確認すらせずにアルフの勝利を告げるが凪の目はその横たわる黒い体から目を逸らさないでいた。



「大丈夫だよナギ君。 別に殺しちゃいないから」



側に寄ってきたアルフは平気だと言うが何をアルフがして、なんで筋肉達磨が倒れたのか理解出来ていない凪にはその言葉を鵜呑み出来るほど賢くなかった。



「気絶させただけ。 普通に息もしてるし、起きたら即日日常に戻れるから問題はないよって」


「…ふーん。 何をしたんだよ」


「ちょっとした魔法かな。 彼、物理防御は高いけど魔法に関する抵抗力は皆無だから簡単に出来たよ」



正に見た目通りの攻撃力と防御力と弱点を備えた筋肉達磨は攻撃際に簡単な魔法で失神した、というのがアルフの試合内容だった。とはいえ簡単な魔法でも、使った術者が魔力量と魔法適正が尋常じゃないアルフなのでその威力は半端ではない。



「よーし、次はナギー」


「うぃーす」



呼ばれ、前に進み出ると凪の本日の対戦相手が観衆から出てくる。



「獣人?」



凪の口から思わず出てしまう疑問を目の前に相対した、犬耳のようなモノをピコピコ動かす少年が頷きを持って返す。よくよく見れば尻尾も付いている。



「獣人と戦うのは?」


「初めてだ。 …というより対人戦は先日の自称貴族が初めてだった」



観衆のどこからから、自称じゃない、そんな叫びが聞こえてくるが努めて聞こえなかったことにする。目の前の獣人は声変わりのしていない可愛らしい声でそれをクスクスと笑った。



「そいじゃー準備しろー」



ティール先生の合図が聞こえるが凪も獣人の少年も得物を選ばない。凪は先日のルティシアからのアドバイスで無理に武器を持つことを諦めた。防御という点では武器は使える。だがそれによって回避する動きの妨げになる可能性を考慮してだ。



「いいのか?」


「武器は使わないタイプです」



口調こそは丁寧だが言葉の端々からは絶対の自信が見えてくる。獣人は通常の人間と比べ、戦闘力が高いことを凪は思い出し納得する。一瞬、流れ者で素人の凪を相手に手加減でもしてくれてるのかと思って期待してしまった。



「んじゃ、始めー」



短いティール先生の合図で凪の初めての獣人戦が幕を開けた。だがその幕は数秒で閉じられることになる。


凪の目の前から相手が消える。あまりにも唐突過ぎて一瞬凪は惚けてしまう。そして次の瞬間、凪が知覚したのは腹部への強烈な痛み。抗うことの出来ない、意識の喪失の中で人間の知覚外から攻めてきた獣人の戦闘力を強すぎだろと思いながら凪は気絶した。

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