2話『逃避』
「ここがルミテッド学園、私が在籍している学園だよ」
アルフの案内で辿り着いた場所を見て凪は驚愕した。大きさが半端ではないのだ。三本の塔、真ん中の塔が一際大きく、左右の塔がそれに連なるようにして隣接している。階下に行く程幅が広がっており、目測でも高さは数百はありそうな建物だった。魔法による産物なのか、人魂のような光が周辺を漂い、幻想的な雰囲気でもあった。
「デカ過ぎだろーよ…」
「在籍人数は数千、実技や科目毎に使う建物もあるから敷地面積を考えるともっと広いよ。 正確な広さまでは私も知らないけどね」
「もしかして途中から出てきた塀って…」
「そう、全てこの学園の敷地だよ」
「マジか」
ゲームや小説で目にする学園とは桁が違う。最早一つの国家と言ってもいい程だ。目の前の門扉など最早間と間だけで徒競走が出来る程にある。
「余りの広さに毎年何人もの新入生が行方不明になってる噂があるんだよねー。 で、数年後に白骨化して出てきたりとか…」
「帰ろう、うん帰ろうか」
踵を返して歩き始める凪をアルフは必死になって引き止めた。凪としてはそんな話を聞いたら行きたくなくなるのが当然だ。
「止めないでくれ、俺はまだ死にたくはない」
「ちょっと待ってって! 大丈夫、私の指輪があれば学園内は自由に転移出来るから大丈夫だよ!」
「転移…? 魔法か?」
「そんな感じかな。 正確には魔道具に込められた魔法だけど」
なかなか異世界らしくなってきたなと思う一方、本気で自分はここで生きていけるのか不安も大きくなってきた。
「くっついた方がいいのか?」
「まぁ手を握れば充分だよ。 …近過ぎない?」
ゲームや小説、アニメなんかである程度は魔法や異世界に関する知識が凪にはあるが、本物の異世界でその知識が通用するかは甚だ疑問だ。だが転移という魔法は凪の知識通りの魔法のようだ。
「美人にくっつくのは俺の得意技でな」
事実、凪から見てアルフは美人だった。整った顔立ちに綺麗な金髪。身体の方は成長途上のようだがそれでも凪には充分だった。
「とっとにかく! 行きますっ!」
頬を真っ赤に染めたアルフを見ながら男性慣れしてないなと確信しつつもほぼ初対面な男にこうも体を許しているようじゃこの先をお父さんの立場で心配してまった凪だった。
アルフの言葉と同時に視界が歪み、再構築される。大きな扉が徐々に現れ、周辺の景色も様変わりしていくその様は正に魔法の名に恥じない現象だった。
現れた扉は絢爛豪華と表現するのがぴったりな装飾が施されており、片隅には学園長室と書かれた標識が飾ってあった。周りに目を向ければ左右には廊下が続いており、それだけでも学園内であることが想像出来た。
「…もう大丈夫だから、離れてくれない?」
「離れて欲しい?」
「当然」
「了解」
少し冷静になったのか、冷めた目を向けてくるアルフにつまらないなと思いながらも素直に応じる。今敵を作ってしまってはこの先がやり辛いことは凪にも理解出来ていた。
「これから学園長に会って貰うけど…いい?」
「問題は無い」
「凄く落ち着いてるけどここ異世界だよ? ナギ君の常識は通用しないし、家族も友人もいないのにどうしてそんなに冷静でいられるの?」
アルフの言う通りであった。もしも仮に凪以外の人間が今の事態に陥ったらさぞかし混乱するだろう。けど凪は混乱しない。凪は運命を信じていた。産まれた時から人の人生は決まっていて、いつ死のうが人生で何が起ころうとそれは運命だから仕方ない、そう、割り切って生きてきた。だからこそ今の状況も凪は運命だと思うし、運命である以上は騒いでも泣いても何も状況が変わらないと知っていた。
「元々俺は冷たい人間だからな。 何に対しても、な」
「それだけじゃ説明がつかないような…」
「さぁもういいだろ? 学園長とやらに会おうじゃないか」
「え、覚悟とかいいの?」
「お偉いさんに会うのにそんなモノは要らないよ」
こうしてグダグダしている時間が凪は好きではない。即決即断、何よりも効率を重視した行動だ。
「そ、それじゃあ…」
アルフが扉をノックする。思いの外重厚な音を立てて返事が聞こえた。こちらに目をやるアルフを促し、扉を開けさせる。重苦しい雰囲気が漂う室内を一瞥し、この世界で生きていく為の一歩を凪は踏み出した。