16.5話『盲信』
凪を部屋に置き、アルフとルティシアはお風呂に来ていた。二人で一緒に入るのは初めてだ。ルティシアが意図的に人のいない時間帯を狙って入浴しているせいもあるが、アルフの中で無意識に鬼族を避けた結果でもある。
「こうして入るのは初めてだね」
女同士、裸の付き合い。広大な湯船に浸かり、指輪を暇そうに触るルティシアにアルフは話し掛ける。学園長に言った手前、今更彼女を避ける行為はしたくなかった。
「…ねぇ、ナギ君に本気で着いてく気?」
「彼が拒否しない限り」
「そ、そう….」
真顔で断言するルティシアに思わず動揺してしまう。何が彼女をそうさせるのか、純粋に興味があった。
「どうしてそこまでナギ君を信じることが出来るの? ハッキリ言って、彼は流れ者だし、鬼族のことなんて多分殆ど理解出来てないよ?」
正確には知識としてはキチンと理解出来ている。しかし、実際に目に見て、手で触れ、体感出来る程の鬼族の力とそれを排除する動きを見ていないから実感を持てないだけだ。それを理解した上でアルフは彼女を試すように問い掛ける。
「………彼は言った。 自分の好きなように生きろと。 鬼族であることに縛られる必要はないと」
その時のことを思い出しているのか、目を瞑り、一言一句を噛み締めるように語る彼女の顔は決意を秘めた、美しい表情をしていた。
「彼は私に道を示してくれた。 先のことは分からない….けど、」
「何かが変わる気がする…?」
彼女の言葉に続くように言葉を重ねるとルティシアは頷く。その気持ちが少し、アルフには分かる気がする。だからこそ、ルティシアの言葉の続きが分かった。
「………」
「…」
無言が重なり、沈黙が形成される。空には満点の星空が広がっており、世界が広いことを教えてくれている。
「分かるよ、その気持ち」
沈黙を破ったのはアルフの方からだった。
「初めて会った時、ナギ君は特に慌てることもなく、冷静に現状を把握して次の行動を考えていた。 私はいきなり知らない世界に放り投げられて、そんな行動を取れる自信はない」
「…そう」
「ナギ君は特別強い訳でも、優しい訳でもない。 勿論、将来強くなる可能性が無い訳じゃないけど…少なくとも今は弱い」
アルフが本気を出せば凪は数秒で肉の塊になる。それだけの実力をアルフは持っているし、ルティシアは言わずもがな。
「けどね、ルティシア…私には彼が特別に見える。 おかしいかな?」
「…今は、分からない。 けど、私にとって、彼は既に特別な存在」
「あははは、そうだね、そうだったね」
おかしそうに笑うアルフはどこか期待しているのかもしれない。鬼族を救い、世界を変える力を得ても何も変わることのない彼に自分も救って貰えるのではないかと。能力という力のせいで忌み子として育てられてきたアルフの心には闇があった。
「ねぇねぇ、ルティシアはナギ君のこと好き?」
「…きっと、私が普通の女の子だったら好きと答える、と思う。 でも、私にはその感情が分からない。 だから、今は良く分からない」
「そっかー、そうだよねー。 いきなりそんな感情まで芽生える訳がないし良く分かんないよね」
「……………アルフはっ」
「ん?」
普通の年相応の会話を鬼族としてることにどこか感動しながらルティシアの続きを促す。
「…………アルフは、彼のこと、好き?」
「んー…好きか嫌いかで聞かれたら好きだよ。 けど、それは異性間の好きとは違った友人としての好きだからねー………今は」
最後に呟いた言葉はルティシアの耳には入らなかった。それを聞いていたのは空に浮かぶ星空だった。
♢
「ホント、ナギ君と知り合えたお陰でこの先退屈しなくて済みそうだよ」