16話『実力』
「ナギ君! あの態度はなんなのさ! 仮にも目上の人にして許される態度じゃないよ!?」
交渉という名の決定事項の確認を終え、三人で部屋に戻るや否やの開口一番、アルフからお叱りの声を頂いた。擬音にぷんぷんが似合いそうな表情を浮かべてルティシアにも言及が及ぶ。
「ルティシアもだよ! 鬼族だからって適当な態度は許されないんだからね!」
「…反省」
「その顔は反省してないよね!?」
相変わらずの無表情で抑揚を忘れたかのような淡々とした声で返すルティシアだが凪と話す時は例外としてその顔と声に感情が宿る。凪としては壁を作らずに分け隔てなく人と接して欲しいと思っているが半ば諦めている。鬼族に生まれてきた以上、それなりの人生を歩み、形成された価値観を簡単に変えることは出来ない。
「どうどう、落ち着けよアルフ。 一先ずは万事上手くいっているんだ。 まずはそれを喜ぼうではないか」
「私はっ! 二人の将来を考えて言ってるの!」
「…余計な御世話」
「なっ!?」
「悪いが俺もルティと同意見だ。 真に将来を考えてくれているなら今は何もしないでくれ。 お前の自己満に付き合わさられるこちらの身にもなってみろ」
「………本当、ナギ君って言いたいことズケズケと言うよね」
普通の人ならまず怒るところだがアルフは怒らない。むしろ溜息をついて呆れているが充分アルフも常人とは違う。ここで怒る、もしくは悲しむのが普通の反応なのだがただ呆れるだけで済ますアルフも少々歪んだ感受性と価値観を持っていることが推測出来る。
「回りくどいのは嫌いなんでね。 それよりも、だ。 アルフは勝ったのか?」
「見てなかったの!? 仮にも同室の人間が戦うのに!?」
「おう、見てなかったぞ」
「胸を張って自慢しないでよ…はぁ」
最初の方こそ、他の試合にも興味深々で覗いていたが代わり映えのない映像に飽きて途中から寝ていたのだ。
「私は勝ったよ…あ、そういえば言ってなかったよね」
「勝ったのか、おめでとう。 で? 何を言ってなかったんだ?」
手のひらをポンと叩き、一昔前のリアクションをするアルフにルティシアは鼻で笑っている。幸い、アルフには気付かれていなかったが凪にとっては女性陣二人の扱いに細心の注意を払わざるを得なくなったシーンであった。
「私、この学園内で三番目に強いんだよね。 だから、この特別クラスで私に勝てるのはルティシアだけで、それ以外の人で私に勝てる人はいないよ。 勿論、ナギ君もね」
「あっそ。 ルティはどうだった?」
「軽くない? 私の扱い軽過ぎるよね!?」
「一々声を張り上げんなよ…鼓膜が破れちゃうじゃないか」
異世界、それも学園というこもとあって学園内の強さのランキング的な存在があることも凪にとっては想定済みのことでしかない。その中にアルフが入っていることに若干の驚きを禁じえないがそれでも誤差の範囲である。
「…私は戦ってない」
鬼族と戦うことを拒否した結果なのか、それとも先生が何かを考慮した結果なのか、ルティシアはそもそもこのトーナメント式の授業に参加すらしていなかった。
「まぁ…戦ったら圧勝だろうし、仮にルティシアに勝つとしたらどこまでやればいいんだ?」
「…分からない。 けど、学園中の生徒と同時に戦っても片手で勝てると思う」
「それは………凄まじいな」
規模が大き過ぎて頭が理解することを放棄。最早生物兵器と大差ないその強さに勝てる存在がいるのだろうか。
「まぁ仮にも世界の脅威と成り得る鬼族だし、当然か。 ところでアルフ」
ルティシアは自身の話題でもいつもの無表情だがアルフは何か思うところがあるのだろうか、気難しい表情をしているが気にせずに質問を投げかける。
「なにー?」
「お前が学園三位の強さがあるってのは分かった。 けど具体的にどこが強いんだ? 棍棒を持ったお前は確かに強かったがそれでも学園の三番目を張れる程の強さがあったとは思えないんだが」
そこが凪には不思議だった。嘘や誇張で学園三位だと言っている訳でないのなら何が強くて三位なのか分からない。もしも棍棒を持った強さで学園三位を張っているのならこの学園はお遊戯会程度の集まりになってしまう。
「あー、私は肉弾戦を捨ててるんだよね。 基本、魔法と能力で戦うからそれが強くて学園三位になったんだよ」
「魔法で強いってのはどういうことだ? 純粋に威力が強いのか?」
「それもあるけど使える魔法の種類の圧倒的多さと強い魔法が使える、かな。 自分で言うのも恥ずかしいけどね。 ナギ君にも分かりやすく言うとそんな感じだよ」
アルフの解説によれば一般的にこの学園を卒業する頃には魔法が百使えるようになると仮定すると自分はその十倍は使えるとのことだった。理由として本人の魔法適正が挙げられる。アルフの魔法適正は計測機器を破壊してしまい、計測不能だったらしい。
「それって凄いのか?」
「さぁ? けど学園長が言うには人類史上で唯一無二の魔力を持ってるみたいだけど…実感はないよね」
「こんな身近にチートが二人か。 手綱さえしっかりすれば俺って恵まれてるな」
主人公と唯一違うのは凪に何の才能も無いことだろう。特別な一族でもなく、特殊な能力もない。感情が消える代わりに強くなった訳でもアクセスコードを入手した訳でもない、本当に一般人だ。
「んで? その能力ってのはなんだ?」
「極稀に起こる、突然変異」
「化け物みたいな言い方だな」
冷たい、極力感情を失くすように努力して返された答えに率直な感想を口に出す。
「生まれた時に決まるのは魔法適正、それともう一つあるのが近年判明したの。 それが魔法とはまた違った能力」
「ふーん」
「開花するのは極稀。 私が能力に目覚めた時、世界に能力者と思われる者は数人しかいなかったよ。 …今も両手足で足りる程しか存在してないけど」
「概要は分かった。 で、だ。 アルフの能力は?」
「秘密」
瞬間的に殺意が湧き出るが忌み嫌う能力のことを素直に話してくれただけでも充分偉いと思い直し、感謝の言葉を口にする。凪が気を使ったのが分かったのか、アルフが謝罪を口にする。
まだそこまで心を許していないということだ。凪は内心でアルフの評価を更新する。彼女は自分の中でキチンと線引きを作り、それを忠実に守ることが出来るだけの自制心を持っている。それは充分に評価に値する。
「俺の現在の強さってどんなもんかね」
「ナギ君に関しては未知数だから…現状のみで判断したら最底辺に近いと思うよ」
「やっぱそんなとこか」
それが事実なら凪はどんなことを言われても怒ることはない。自分を客観視して冷静な判断を下せるからだ。図星を言い当てられて怒るのは三流のやることだ。