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15話『確信』



「入るぞー」


「えっ! ちょ、待ってよナギ君! ちゃんとノックしてから!」



学園長室の扉に三人揃って転移し、直後に凪は無作法にも扉を開けながら入ることを宣言。アルフは礼儀作法に厳しいらしく、凪の行動に慌ててきちんと段階を踏んで入室することを言っているが凪は聞く耳を持たない。ルティシアも凪に続いて黙って入室する。



「これは突然の訪問者だね」



中では学園長とラフな格好をした一人の青年がいた。共にソファに座り、何か話し合っていたようだが凪をそれを意に介さない。アルフの声も青年の存在も無視し、要点だけを掻い摘んで学園長に伝える。



「ルティシアも一緒の部屋にする。 したがって、三人部屋に移して欲しい」


「ふむ…アルフ君は?」


「あっ、失礼します、学園長! 私は…」



作法通りに腰を折り、挨拶をするアルフ。頭を下げる動作に合わせ、サラサラの金髪が上下する。そういえば唐突過ぎてアルフの気持ちを聞いていなかったことを思い出した。



「アルフは問題ない。 俺と共にいることに幸せを覚える女だ」


「自意識過剰過ぎぃ!」


「違うのか?」


「違う! …今のところ違うもん!」



どこか的はずれな答えを出すアルフだが、その答えは学園長がしっかりと聞いている。お偉いさんの前だったことを思い出し、顔を真っ赤に染めて学園長へ形式通りの謝罪を口にする。



「お見苦しいとこをお見せしました…」


「構わないよ。 随分と仲良くやっているみたいでこちらとしても安心だ」


「いえ、そんな…」


「それで? 君は鬼族と一緒の部屋で構わないのかな?」



世界の事実を確認するようにアルフに問う学園長。ルティシアは怒るようなことをしない。それが世界の真実だから。凪も同様にここで怒鳴ったところで世界は何も変わらないことを知っている。



「えっと…」


「気にすることはない。 君の、忌憚ない意見を聞かせて欲しい」



ルティシアにチラリと目をやり反応を気にするが、学園長は手を振り無理難題を押し付ける。



「…気にしないで。 これから一緒に住むにせよ住まないにせよ、ここでハッキリとしておくのがこれからを考えたら一番いい」



実際、ルティシアの言葉通りだった。ここで禍根を残して一緒に暮らすことなど出来ない。例えどんなことでも本心を聞かせて欲しいと言外に示すルティシアにアルフは頷き、続いて凪に目を向ける。



「好きにしろ」



人の価値観、倫理観を変えるのは容易ではない。だからこそ、凪の意見を押し付けることはせずに自分の思うことを言ってみろと含みを持たせて言ったのだ。



「………私は、鬼族のことを今までよく知りませんでした。 ただ、昔から忌み嫌われ、恐れられ、避けられていた、恐怖の対象という抽象的な知識だけで固められていたと思います」



少しの躊躇いの後、アルフの口から本心が出た。一つ一つ、言葉を選び、よく考えて言っているのがこちらまで伝わってくるような、そんなたどたどしい、だけどしっかりとした口調。


学園長も、凪も、ルティシアも黙ってそれを聞く。それは座っている青年も一緒で、惹きつける魅力がアルフの話にはあった。今までタブー扱いをされて、話題に上ることすら忘れられた鬼族を本音で語る、それには何よりも抗いたがい、魅力と、同時に危険性があった。



「過去を遡って鬼族がしてきたことを見て、その意味が分かりました。同時に当然の扱いだとも思います。 けど…」



言い淀み、凪を見る。無言で顎をしゃくり、続きを促すとどこか吹っ切れた表情で続きを話し出した。



「ナギ君と一緒にいるルティシアを見て、ただの女の子としか思えませんでした。 過去は関係ありません。 大切なのは今、この瞬間だと思います」



部屋に暫しの沈黙が流れる。皆、何かしらの思うところがあるのだろうか。



「素晴らしい。 学園長、良い生徒がいらっしゃいますね」



沈黙を破ったのは最初に居た謎の青年。そういえばこの青年が誰なのか、誰も知らなかったし聞いてなかったし、聞こうとしてなかった。



「あの…学園長、この方は…?」


「あぁ、そういえば紹介が遅れたね。 彼は、」


「学園長」



青年が学園長の言葉を遮る。まるで身元を明かすことを怖がるように。学園長は何かを察したように微笑むが三人には意味が分からなかった。若干一名はどうでも良さそうな顔だった。



「すまない、今は身分を明かせることは出来ないんだ。 どうか、分かって欲しい」


「どうでも良いから学園長、三人部屋の許可を」



律儀に頭を下げる青年を斬り捨て自身の要件を優先する凪に青年は怒ることもなく、ただ苦笑いを浮かべるのみだった。アルフは今にも怒鳴りそうな表情だが学園長の手前、仕方なく我慢といった感じだ。



「そうだね、そういえばそうだった。 許可を出す。 部屋はこちらで清掃し用意をしておくから今日のところは二人部屋で我慢してくれ。 後日、用意が出来次第こちらからアルフ君に連絡をさせて貰うよ」


「了解、じゃ」


「ナギ君! 失礼しました! ルティシアもきちんと頭を下げて!」


「………じゃ」


「ルティシア! 駄目なとこを真似しちゃダメ!」



学園長から許可が下りるや否や踵を返し、短い言葉で挨拶をし早々に退散する。目的は済んだ、ならばこれ以上の長居は無用と言わんばかりに撤収する凪を遂に声を荒げて叱ってしまうアルフ。


ルティシアは色々とダメになってきている。

先を思い、頭を抱えたくなる気持ちを抑え、色々と教えなきゃいけないと場違いな使命感を燃やすアルフであった。





「あれが今回の流れ者ですか…」


「えぇ、冷静かつ現実主義者で順応性も高く、良い性格をしてますよ」



三人の去った室内。賑やかな喧騒は消え、残るは二人の静かな対談のみ。リノアールが青年の問いに笑って答えてみせる。その笑みの裏には怪しい気配があることを青年は気付いている。



「序列三位のアルフと懇意、更に鬼族の彼女も彼の手中に堕ちたようです」



先程までの三人の様子を見れば分かる。戦闘力だけに注視してみればあの三人のグループは皇国でもトップクラスの強さを保持する。実質はアルフとルティシア二人の力のみでだが。



「…あまりこちらとしては笑える話ではないのだがね」


「子供のことです。 笑ってやってください」



困ったように頭を掻く青年は気付いている。孤立し、群れを作らずに一人で生きてきた鬼族が流れ者に与し、その力を振るう可能性があることを。今までは協力を要請しても無視されてきたので、大局に影響は無いと触れずに放置してきたが流れ者の一声で影響を及ぼす可能性が出てきた。



「彼は何者ですか?」



仮に鬼族という力を手に入れ、それを振るうのなら皇国にとって、それは脅威と成り得る。そしてそれを成せる可能性を作った彼をただの流れ者とは思えないのが青年の意見だ。



「現時点ではただの流れ者としか言えませんな」



青年の思惑とは正反対に朗らかに笑って返事をするリノアール。戦闘経験が無いはずの彼が予想外の動きで戦闘訓練を勝ち残っているがあの程度に問題は生じない。多少、口は回るようだがそれだけだ。



「まぁ暫しは様子見ですか」


「えぇ、そのつもりです」


「何か異変があれば…その異変が皇国に刃を成すモノであればその時は」


「分かっています」



最後まで言わせることなくリノアールはその言葉を断ち切って返事をする。実際、そんな気は持ち合わせていないが社交辞令だ。それは青年も薄々と気付いているようで苦笑を浮かばせている。



「…平和ってのは存外長く続かないモノです」



どこか疲れたような顔をしながら呟く青年を他所にリノアールは波紋を感じていた。何かが起こる、前触れのようにそれはリノアールの中で確かに大きく、揺らいで伝わっていた。

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