14話『道理』
「あ、お帰りー………」
「何も言うな、言わないでくれ」
「背中の彼女はいったいどうしたの?」
「…現実に引き戻さないで…」
「………こんばんわ」
場所は戻って凪とアルフの部屋。帰って早々にアルフから厳しい現実を突きつけられ、頭を抱えるしかない。
ルティシアの子作り宣言から数時間、どうにかこうにか興奮するルティシアを宥めて説得し、落ち着かせたまで良かったのだが何を考えたのか、凪の背中をヒヨコのようにくっついて来るようになった。そもそもの話、何がどうなって子作りに繋がったのか、凪には理解出来なかった。というよりほぼ初対面の異性にそれを言えるルティシアの貞操観念を逆に心配してしまう。それに子作りの過程を知っていることにもある種の驚きを禁じ得なかった。それはつまり、何かしらでそういった知識を得たということであって、つまりはそういうことだ。
指輪の機能を使い、どうにかして引き剥がそうとしたのだがどこに転移しても何故か必ず先回りされており、気が付けば背後に回られて恐怖すら感じる。そんなこんなで逃げ回って諦めて、帰ってきたのがもう夜だった。
「随分と長い話し合いだったけどいったい何が起きたのさ」
「話せば長くなるさ…」
「そんな遠い目をされても…」
諦観の境地に達した凪はもうこのままでいいやと何かを放棄。精神的にも肉体的にも疲れ切っている。
「…私が代わりに話す」
「えーっと…クラス以外で話すのは初めてだね。 ルティシアはどうしてナギ君の後ろにいるの?」
「…彼を見定めた。 私の世界を変えてくれるのは彼しかいない。 だから付いてく」
アルフが解説の目を凪に向ける。ベッドに座った凪の後ろに律儀に座るルティシアの声は凪という障害物のせいでアルフには届きにくい。
「なんか俺を気に入ったらしい」
「大雑把過ぎない?」
「そうとしか言えん。 もうこの話は勘弁してくれ…」
ベッドにダイブして拒絶の意思を示す。凪の後方は天井のみ、流石のルティシアも空中で待機することは出来ないのか、凪の横で同じようにダイブしていた。
「一緒に寝るの!?」
「寝る」
「帰ってくれ」
「危ないよ!? ナギ君の性欲は強いから襲われちゃうよ!?」
「お前もナニを言ってんだよ…」
この体になってから余り性欲には縁がない。女性の裸を見れば、興奮こそすれど、それを処理しようとする気が起きないのだ。確認はしていないが精通すらまだ完了していないのかもしれない。
「…むしろ大歓迎」
「はぁ!?」
「はぁ……」
同じ言葉なのにこうも違う意味に取れるのか、前者はアルフで後者は凪だ。そして薄っすらと頬を染めるルティシアが恥ずかしそうに身を捩っている。
「…なんかこんなルティシア初めて見た。 というか意外と表情豊かなんだね」
「俺が初めて会った時はお風呂だった」
思わず声を荒げそうになるアルフだが凪の声音が少し真面目なことに気が付き、言葉を飲み込む。先を促すようにアルフもルティシアもただ黙って耳を傾ける。
「第一印象は綺麗な女の子。 湯気と夜空に綺麗な髪が相まってさながら一つの絵のような、そんな瞬間だった。 …体のことは今は置いとく。 最初は無表情だった。 気怠そうな目に、顔の筋肉を動かすことを放棄したかのような無表情」
独白のように凪は語る。顔を横に向けるとすぐ側にルティシアの顔。その青い瞳は凪を吸い込んでしまいそうな程に透き通っていた。
「綺麗な目をした、綺麗な髪をした女の子。 アルフも金色の髪に金色の目でとても綺麗だと最初会った時に思ったよ」
取って付けたような言葉だったがアルフの嬉しそうな気配が伝わってくる。
「次は食堂で会った。 一人ぼっちで寂しそうにご飯を食べていた。 少なくとも、俺にはそう見えた」
凪の言葉を否定するかのようにルティシアの頭が動く。それを抑え込むかのように後半の言葉には力を込めて放つ。
「そこで少し話した。 話した印象は普通の女の子だった。 世界はそうは思っていないかもしれないが俺には鬼族のルティもアルフもただの女の子だ」
「…ナギ君」
沈痛な面持ちで涙目のアルフだが実際、凪には二人が普通の女の子以外に見えない。普通に喜び、笑い、悲しみ、そして泣く。それが普通でないのなら普通とはいったい何なのか。
「綺麗事で世界は変えられない。 だが周りだけなら変えることが出来る。 小さい範囲だが確かに変えられる。 現にルティの世界は変わった」
その言葉にルティシアの頭が激しく上下する。彼女は今まで鬼族として生きてきた。それ以上でもそれ以下でもなく、ただ恐怖の対象として。そして凪のおかげで彼女は人間になれた。
「目に見える範囲全てを救う気は毛頭ないさ。 ただ、なんとなく動いた。 結果、ルティは救われた。 俺には何の目に見えるメリットはないが自己満足という目には見えないメリットがあった。 ただそれだけだよ」
「それでも私は救われた…ありがとう」
凪は救世主ではない。英雄でも、神でも、勇者でもない、ただの一般人だ。凪はそれを自覚している。そして自身が計算高い性格をしていることも理解出来ていた。
だから、理由なんてなかった。ルティシアにちょっかいを出して、結果的に救ったことになったが別にどうでもいいが凪の本音だ。キッカケを与えてやることは出来てもそれから先まで面倒見ることは出来ない。
凪は気分屋だった。
「それでこの先どうするのさ」
「そうだな…ルティは今寝てるとこは二人部屋か?」
「…一人」
ある意味当然の答えかもしれない。鬼族と一緒の部屋に好んでする人間はこの世界に皆無だ。
「なら学園長にでも頼んで三人部屋にして貰おっかね」
三人部屋の存在はアルフから既に聞いている。個人の意見で部屋を変えれることは少ないらしいが凪にはなんとなく学園長が動いてくれる確信があった。
「えー、私も一緒なのー?」
「嫌なら結構。 じゃ、バイバイ。 行くぞルティ」
拗ねた口調でおふざけをするアルフを切り捨て、ルティシアを伴い学園長のとこに行く。簡単にアルフを切り捨てたのはアルフの言葉に本気を感じられなかったからだ。本心ではなく、大方ただの悪ふざけだろう。そしてその凪の予想通りに慌てて前言撤回をし、先をを行く凪とルティシアに付いていくアルフがいた。