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13話『分岐』



ルティシアに連れられ、人気のない、少なく見積もっても直近数年は使用された痕跡のない教室に凪はいた。



「驚いたよ、突然話したいって言われて」



教室に入ってからも背中を見せ続けるルティシアに声を掛ける。聞こえているはずなのに応答はない。そもそも何故呼ばれたのか、凪には皆目検討がつかなかった。



「学園の中を歩いたのは何気に初めてでさ、色々と発見があって為になったよ」



指輪を使わずにこの教室まで来た。道中、色々な部屋を通り過ぎたがその全ての部屋が凪には興味の尽きない部屋だった。


中でも一番気になったのは真っ白な部屋。ドアも、ドアの窓から見える中も一面真っ白に塗りたくられていた。頭のおかしい人が入っているのかなと怖くなったがドアの上部には専門教室に名前が入っており、あの空間で授業を受けることに驚いた。何よりどんな授業なのか、知りたいようで知りたくないような気持ちだった。



「………なぁ、何の用だ」


「………」



少し、不機嫌を表すように声音を低くする。無論、本当に不機嫌になどなってはいない。だが要件があるならさっさと話して終わらせて欲しい、それが本音だ。



「…あなたは、」


「凪」


「………」


「俺の名前は凪だ。 名前で呼べないなら帰らせて貰うぞ」



脅しではなく、本気だ。この名前を気に入っているからこそ呼んで欲しい。それが凪の本心だった。背中越しのルティシアの言葉は少々聞き取り辛い。



「………ナギ、君は」


「呼び捨てで構わん。 俺もルティって呼ばせて貰うわ。 そっちの方が友達って感じだろ?」



未だ背中しか見えないルティシアの表情は凪には窺い知れない。けれども雰囲気が伝わる。驚愕と喜びと少しばかりの悲しみを帯びた雰囲気だ。



「…ナギ、は、鬼族について知ってる?」


「勿論」



若干のぎこちなさを感じながら名前で呼ばせることに成功した。そしてその質問の裏の意味まで凪には分からなかった。



「………」


「………」



前者は凪、後者はルティシアだ。人によっては沈黙を嫌う人もいるが凪は会話の間の沈黙が好きだった。当然相手にもよるが少なくとも彼女との間に発生する沈黙は嫌いではない自信があった。


けど、今の沈黙は嫌いだった。まるで何かに怯えるような、何かを発することで壊れてしまいそうな、そんな沈黙だからだ。



「何がしたいんだよ」


「…何が…」


「お前が、何を、したいのか、聞いてるんだよ、俺は」


「私が…」



初めて振り返り凪にその顔を向ける。初めて見た時の気怠そうな瞳ではなく、食堂で会った時の驚くような瞳でもなく、その瞳は何かを迷っているような、そんな感じだった。



「………ナギが流れ者って聞いた」


「その通りだが何か不都合でも?」



詰問口調で言葉を返す凪の表情は優し気だ。口調と表情が一致していない。相対するルティシアの表情はいつもの無表情とは違い、焦ったような顔をしている。



「…流れ者だから私に優しいの?」


「ルティが美人だから優しいの」


「…私の胸が大きいから優しいの?」


「それもある」


「………」



男として、美人に優しく、巨乳に優しくして何が悪い。だが彼女は不満気な顔をしていた。



「…けど一番はその髪だ。 その綺麗な髪はどこを探してもいない」



凪の目から見て、本当に綺麗な髪をしていた。本当に、本当に。



「その髪色は何者にも染まらない鬼族の生き方を表していると思う」



アルフから聞いていた、鬼族は男女全てが美男美女で綺麗な白い髪をしていたと。それ故に嫉妬され、奴隷目当てに人類から刈られたと。とはいえ生き方までは詳しく知らないのでその場の雰囲気で嘘を吐く。



「………私は過去に人間の総人口を三割にまで減らした」


「お前のご先祖様がな」


「獣人も七割まで減らした」


「お前のご先祖様がな」


「………この手は血で汚れている」


「洗ってこいよ」



唐突に流暢に動き出したルティシアの口は何かを確認するかのように一族の闇を語り出す。その闇はアルフからも聞いたことがなく、鬼族について調べた際の文献にも載っていなかった情報だ。だが凪はそれを軽くあしらう。まるで気にしませんけど、そう言うように。



「私は、ナギが気になる」


「お、おう」


「だから…どうしたらいい?」



思わず手を乗せて体重を掛けていた机から転び落ちる。心配そうな顔をするルティシアに片手を振り、問題ないことを伝えると何が言いたいのかを考える。



たっぷり五秒、考えたが分からないので適当に答えようと口を開く。





「自分の好きなようにすれば?」


「自分の好きなよう…?」


「鬼族に縛られているのかもしれんがそんなもんはお前のただの思い込みだ。 お前は自由だ。 世界はお前を拒むかもしれんがそれでもお前は自由なんだよ」



ルティシアは黙って凪の言葉に耳を傾けている。言葉の一つ一つを噛み締め、砕き、反芻し、そして心に留めるように。



「何を考え、何を思い、何をするか、んなもんは自分で決めろ。 …ルティ、お前だけの人生だ。 お前の好きなようにやっていいんだ。 もしそれを邪魔するような奴がいたら…」



前半はぶっきらぼうな声、後半はまるで諭すかのような優しい声音で囁く。その声は彼女にとって救いの声となるのか、悪魔の声となるのかは分からない。



「俺が吹き飛ばしてやんよ。 だからお前はお前の好きに生きろよ」



言い終わり、自分の台詞にこっぱずかしい気持ちになってしまう。穴があったら今すぐにでも入りたい気分だ。だがルティシアは笑うこともなく、泣くこともなく、ただ黙って聞き入っていた。凪も合わせて押し黙る。沈黙が場を支配するが今度の沈黙は先程とは違う、場を柔らかくするような、そんな錯覚を覚えた。



「…変態さん」


「否定はしない。 むしろ男なんてみんなそうだ」



唐突に変態呼ばわりされるがルティシアの全裸を既にハッキリしっかりと見ているので否定は出来ない。否定する気もさらさら起きない。凪は思う。だって俺変態だしと。余談だが彼女は下の毛が生えていなかった。



「…分かった」


「おうそうか」



何が、とは聞かない。聞くべき時ではない。



「ねぇ」



短く声を出すルティシアの様子がおかしかった。悪い方ではなく、良い方へおかしかったのだから何も心配はいらないはず、なのにこの嫌な予感はなんなのだろうか。



「私、ナギとの子供が欲しい!」



恐らく人生で初めてしたであろう、華が咲いたと錯覚してしまう程綺麗で可憐な満面の笑みを浮かべながら爆弾を落とした。

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