12話『予感』
「ナギ君凄かったよ!」
「はいはい」
寮の部屋に戻り、扉を閉めた瞬間にアルフから歓声が挙がった。みんなの手前喜びを抑えていたのか、その心底嬉しそうな表情は見ているこちらも嬉しい気分にさせる顔だった。
「本当に本当に凄かったんだよ!? その凄さちゃんと分かってる?!」
「はいはいはい」
気持ちは分かるが少ししつこい。そろそろその人を嬉しくさせる心底嬉しそうな顔がむしろ嫌な気持ちにさせられそうだ。
「っ! ………流石に痛めたか」
体に出来た切り傷は既にアルフの魔法で治癒が完了している。今走った痛みは折れた手首からの痛みだ。顎を打ち砕く程の掌底は諸刃の剣でこちらにもダメージが返ってくる。手首の調子を確かめながら乱用は禁物だな、と軽く戒めをする。ついでに治してもらうのを忘れてたのでちょっと恥ずかしい。
「大丈夫? まだどっか痛むとこある?」
「手首もイッてる。 頼めるか?」
「任せて!」
痛む方の手を差し出し、それにアルフの手が添えられる。短い言葉が終わると治療の魔法が発動し、光に包まれる。回復魔法が発動されると患部が暖かくなる。その暖かさが消える頃に光も消え、完全に治癒が完了する。
「終わったよー。 他に痛むとこない?」
「…もう大丈夫だ。 ありがとう、アルフ」
体を軽く動かし、どこか調子が悪いとこがあるか確認するが他に痛む所はない。心配そうにこちらを見るアルフの頭に手を乗せ、少し乱暴に撫でてやる。髪の毛がくしゃくしゃになるがアルフは大人しくそれを受けていた。
「………どうせなら、もう少し優しくして欲しい」
顔を朱に染めてポツリと呟いた。聞こえなかった振りをして手を離すと少し残念そうな顔をする。それも見なかった振りをしてベッドに横になった。
「今日は少し疲れたな」
「…お疲れ様。 けど私との特訓の時はあんな攻撃しなかったよね? どうして隠してたの?」
「隠していた訳じゃねぇよ。 お前の綺麗な顔に傷がついたら面倒だからしなかっただけだ」
責任云々の話をされると更に面倒だからな、その言葉は心の中で呟く。何を感違いしたのか、アルフは少し嬉しそうだがそれを狙っての発言だ。
「俺の対戦相手、あれでも弱い方なんだよな?」
「一応ね。 けど弱いって言っても強い人と比べたらって話だからナギ君からしたら凄く強いように感じられたかも」
「めちゃめちゃ強かったよ…」
「尚更良く勝てたね…やっぱり私との特訓のおかげかな?」
「ねーよ」
ニヤニヤしているアルフに否定を叩きつける。今日の戦闘訓練はこの世界で生きる上での一つの線引きとなった。あれで弱いということはこの先仮に弱いと評価される相手と戦うことがあったら少なくとも今日程の力があるということだ。そしてそこに実践による経験が上乗せされる。
今の凪を例えるなら真っ白なキャンパスだ。その白いキャンパスにこれから技術と経験で色を塗り、力と言う額縁で飾る。戦うことを生業としていくなら綺麗な絵を描いて素晴らしい額縁でその絵を飾らなければいけないが道は一つではない。商人として生きていくなどの他の道はきっと腐るほどあるはずだ。
「…そういや一つ聞きたかったことがあったわ」
「なに?」
「魔法による回復はいいんだけど何か制限とかデメリットとかないのか? メリットだらけだと正直怖いんだが」
可愛らしく小首を傾げるアルフにここ最近の疑問をぶつける。地球では人間の細胞分裂は規定回数以上は起こらないという謎の制限がある。この制限は人の成長や怪我の回復の早さと直結しており、若いと怪我の治りが早く、老年になると遅くなるのはこの制限回数の残りが関係している。それを魔法による回復で強制的に行っているのだ。近い将来、必ず制限に引っかかる。それはつまり、死を意味する。
「?? 特に無いよ? 自然治癒力が低下することもないし、回復後の機能にも変化はないし」
「いや、細胞レベルの話だ」
「ごめん、ちょっと意味が分からない」
本当に困ったような顔をするアルフにこれ以上の質問は無意味だと判断。この世界の人間は根本的にDNAから違う可能性も無きにしも非ず。ならば今は考えても仕方がないのかもしれない。
「学園長にでも聞いてみようか?」
「もう大丈夫だ。 ふむ、魔法に関しても未だよく分からんな」
「来て一週間程度だもん、全ては理解出来ないよ。 まぁそこまで今すぐ理解しろなんてことでもないし、ゆっくりでもいいんじゃない?」
「ま、一理あるか。 面倒だしほっとくか」
正確には心の片隅に留めておく、だ。この問題は凪にとっては生死に関係する。分かる人間にはきちんと聞いて理解しておく必要がある。
「それよりも明日に向けて今日はもう休んだ方がいいよ。 明日の相手が誰になるかは分からないんだからね」
「分からないのか? こう、なんていうか…対戦表みたいなモノは?」
「無いよ。 全部ティール先生の独断で決まってるもん。 まぁ先生は先生なりに相性とか力量とか色々考えた上で決めてるんだろうけど…」
「なんともまぁアバウトなトーナメントだな…いや訓練か」
職権乱用もいいとこだ。最早クラスを私物化してるといっても過言ではない。
「でもでもっ、ティール先生って凄いらしいよ? なんでも学園長がその能力を見込んで引き抜いてきたって話だし」
「ほーん…どこから?」
「それはっ…よく、知らないけど…」
他の教員とはまた違った存在であることに違いはなさそうだ。
「強いのか?」
「当然だよ! 教師になる最低条件として強くあることが前提だからね」
「どこで知った?」
「………噂、だけど…」
今までアルフから聞いたことが間違っていないか、不安を覚えるのは当然だろうか。
「あー…もういいよ。 俺は少し横になる」
「うん…」
落ち込んだ顔をするアルフだが彼女の将来が少し心配になる。さっきもそうだが異性に不用意に心も体も許し過ぎてる気がする。そんな惚れられるようなことを凪はしてないはずだ。
「これが小説ならご都合展開で納得出来るがな」
「何か言った?」
「お前の将来が心配なんだよ」
頭上にクエスチョンマークを浮かばせているアルフを無視し、もう話し掛けないでくれと毛布を被ることで意思表示する。
先程からずーっと気になっていたが小さな音が定期的に響いている。か弱い、耳を澄まさないと聞こえないレベルの小さな小さな音だがトントン、トントンと続いている。
「…なぁ」
「んー? 寝なくて平気?」
「いや….それより何か音が聞こえないか?」
幻聴だった場合、凪は精神的に相当追い込まれていることになる。
「………本当だ、聞こえる」
どうやら杞憂らしい。凪は図太い精神だったようだ。
「聞き覚えがある音なんだが…」
「ノック音かな?」
「そう! それだ!」
ガバッと起き上がりアルフの声に賛同する。喉まで出かかったいた答えが出てスッキリした。
「はー、やっと分かってスッキリしたわ。 じゃ、おやすみ」
「えー」
「ほれ、さっさと出てやれよ」
頬を膨らまして抗議するアルフを促し、凪はさっさと毛布にくるまる。余談だが凪の部屋の寝具は日本では味わったことのない程手触りが滑らかで高級感溢れた一品である。アルフに聞いたところ全室同じ寝具を使っているらしく、こちらの世界ではこれが庶民の使う寝具だと言う。
「はいはーい、今出まーす」
毛布越しにアルフのお客様用の声が聞こえる。母親によくある電話に出る最初の余所行きの声である。
「えっ!? どうしてここに!? ………ナギ君に? いるけど…ちょっと待っててね」
どうにも凪への来客のようだ。それもアルフが思わず慌てる程の存在が凪の元へ訪ねてくる、そんな知り合いはまだいないはずだ。
「ナギ君…お客さんだよ」
「はいよ…ってお前…」
アルフに起こされて来客者の姿を確認すると思わず目が丸くなる。開いた口が塞がらないとは正にこのことかとどこか感じつつ、何の為に来たのか分からない彼女の為に体を起こす。
「………」
突然の訪問者は今日も変わらず、綺麗な白い髪をしていた。