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11話『死線』



突然だが、凪は比較的丈夫な体の持ち主だった。幼い頃から大病を患ったこともなく、骨折もしたことがない。ましてや入院なんてむしろしてみたいと思える程、怪我とは縁のない体だった。だから一撃一撃に入院するレベルの気配を感じる、下手をすれば死すら意識される木剣の攻撃に思わず飛び込んでいきたくなる葛藤と内心で戦っていた。



(これで弱い部類かよ…っ!)



急所のみを狙い澄まして襲い来る凶刃を紙一重で回避し、敵と相対する。



「逃げてばかりじゃあこの僕に勝つことなんて出来ないぞ!」



自称貴族の振るう木剣は空気を斬り、凪を行動不能にするべく膝に振るわれる。



(俺も得物を使えばよかったな…)



開始前、模擬戦闘室に備え付けられている武器から好きなモノを一つ、選んで使うことが出来た。自称貴族は現在進行形で迫ってくる木剣を選び、凪は何も選ばなかった。ティール先生は気にしてなかったが自称貴族は舐められてると思ったのか、顔を真っ赤にして凪を殺す決意を固く決めていた。


実際、槍や剣、弓などを扱おうにも使ったことなど当然無い。持つだけ無駄だと判断しての行動だったが防御するという一点に関してはやはり武器が必要だったと内心で反省していた。


ちなみにこの時アルフの顔は今にも泣きそうな顔をしていたので当分からかうネタに困ることはない。



「っ! あっぶねぇな!!」


「危ないとこを狙ってるんだ!」



鳩尾を狙う突きを半身を捻って回避。流石に素人が逃げ切るのには無理があるのか、身体中に避けきれなかった代償が残っていた。



(地味だが微小な失血をしてる傷が複数…そろそろまずいな)


「考え事をしてる場合、か!!」


「ってぇーなてめぇ!!」



痺れを切らしたのか、容赦無い眼球への鋭い一撃。咄嗟に体を仰け反り、その鋒から逃れる。


しかしそこは腐っても貴族、演武などで剣の扱いに慣れているのか、凪の逃げる方へ手首を使い、僅かに軌道を修正。


結果、左目を失うことはなかったが左耳が半分消えた。例え木剣だろうとそれなりの威力があると確かに証明された瞬間だった。ここにきて初めて被弾と言えるだけの怪我を負い、群衆から歓声が挙がる。約一名、悲鳴だが。



「ちっ。 ………?」



凪の様子がおかしいことに気が付いた自称貴族が距離を置く。数瞬、逆上して襲いかかってくる可能性を考えたが凪に動く気配が無いことを悟り、トドメと言わんばかりに攻撃を繰り出す。



「…もうお前死ねよ」


「なっ…あばっ」



危険行為である心臓に向かって突き出された木剣を体を斜めにして回避、その流れのまま体を一回転させながら自称貴族に一歩詰めて反撃を繰り出す。


凪の繰り出す掌底が自称貴族の顎にヒット。同時に試合を決める一撃にもなった。


こちらに向かって来る相手の力を利用し、自身の力を最小にして掌底を放つのが正しい柔の反撃型だがそれは実践向きではない。凪の行なった動きは相手の動きの力に自身の最大限の力を合わせ、威力と破壊力を可能な限り上昇させた技である。


結果、自称貴族は一撃で沈んだ。顎の骨を砕かれ、脳震盪を起こし、なす術もなくその場に崩れ落ちた。反動で凪の手首の骨も折れるが勝利への攻撃の代償としては安い物だ。


周りで試合を見ていたクラスメイトは騒ぐこともせずにただ押し黙っていた。



「はーい、それまでなー」


「ナギ君!」



ティール先生が終了の合図を出すと同時にアルフが走ってきた。周りの生徒は未だ倒れ伏す自称貴族を信じられない目で見ている。凪自身も未だに自分が本当に倒したのか、信じられなかった。今にも起き上がって反撃してきそうな、そんな思いが拭えない。



「ナギ君、大丈夫? 怪我だらけだよ! 今すぐ治療が欲しいとこはある?!」


「あ、あぁ…平気だ。 それより俺は勝った、でいいんだよな?」



前半はアルフに、後半はティール先生に向かって言った言葉だ。アルフは平気だと言ったのに体のあちこちを触診してくるので少し目障りだ。折れてはいない方の手で振り払いながらティール先生の返事を待つ。



「んまぁ勝ちで良いんじゃないのー」


「んな大雑把な…」


「特にルールってルールはないから良いよー。 それに最後のあの攻撃、先生の忠告を無視しての攻撃だったからどの道反則負けにするつもりだしー」


「…あぁ、そう」



余り勝った気になれない。余韻というものがない。未だに意識の戻らない自称貴族を見下ろすと顎が変形していた。心配そうに駆け寄ってきたクラスメイト達から悲鳴が聞こえる。あれで意識を一緒に無くしていなかったらさぞかし面白いことになっただろうに。



「君で最後の試合だったから今日はこれまでー。 はい、解散!」


「えっ、ちょっと待て。 日を跨いでまだ続けるのか? 今日で全てが終わるんじゃなくて?」


「ナギ君、ちゃんと最初の先生の話聞いてなかったの?」



落ち着きを取り戻したアルフから非難めいた視線を感じるが全くもって聞いていなかった凪には何も言えない。普通の授業と一緒でその日のうちに全てが終わって、次の授業はまた別のものになると勝手に思い込んでいたがどうやら違うようだ。



「体の怪我は魔法で治せるけど、失った体力までは戻らないからね、戦闘訓練に関しては何日も続くことがあるって最初に先生が言ってたよ」


「ほーん」


「ほら、今日の授業はこれで全部お終いだから、私達も部屋に帰るよ」



見ると既に試合を終えた生徒が帰っていたのか、残っている人数が最初よりも明らかに少ない。凪の見知った頭も既にいなかった。



「あいつは?」



介抱を受けてはいるがまだまだ意識が戻っていない自称貴族、女生徒から膝枕されていた。羨ましい。



「適当に回復させて意識が戻れば勝手に帰るよ。 ほらっ、行くよ」


「あっ、おい待てよ」



若干の扱いの雑さを感じ、同情するが無視。先を急ぐアルフと共に部屋を退出、指輪を使い寮に戻ることにした。転移が作動する瞬間、自称貴族の顔を思い出しながらそういえば名前を一度も聞いてなかったなと思い、それでも自称貴族と呼べばいっかとどうでもいい決意を固めた凪であった。





「………あれで戦闘経験は皆無、か。 学園長からの報告とは若干違う気がするが…」



生徒はもういない。人影の見えない訓練室に立つ人物。ティール先生だった。



「アルフと特訓したと言ってたな。 基本が分からないから何とも言えんが…大幅に能力が向上しているのか、大して変わっていないのか、大穴として力を隠しているも有り得るな」



普段とは違う、真面目な顔つき。間延びした口調も今は鳴りを潜め大人の口調だった。



「もう暫くは様子見か。 しかしあの掌底打ちはどう贔屓目に見ても素人には見えんぞ…」



誰かに対する報告とはまた違った、それは独白だった。誰かと話している訳でもなく、淡々と自分の感じたこと、思ったことを話す姿は強いて言えば自分と話していた。



「それにあの体捌き…今回の流れ者は良く分からんな」



苦笑したその顔のまま、ティールが消える。生徒の持つ指輪はどんな部屋でも外に一度出なければ効果は発動されない。謎を残したまま、彼は消えた。その行き先を知ってる者はいない。

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