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 目前に見えるシノダという街は、ファンタジーな小説や漫画なんかに良くある、煉瓦造りの高い壁に囲まれていた。

 そのため、外からは街の様子は見えないが、城壁の高さや規模から考えると、結構大きな街であるように思えた。

 城壁の更に外側は堀に囲まれていて、入り口となる大門のところに跳ね橋が架かっている。

 夜間になると、この橋が上がり、街へ入ることが出来なくなるんだろう。

 跳ね橋の向こうにある大門には観音開きの巨大な門があり、街の外に向かって大きく開け放たれている。

 門の入り口のところには、守衛所のようなところがあり、武装した兵士が両脇に立っていた。

 入管の役割も兼ねているらしく、詰め所の前には、街に入る人達の列が出来ていた。

 向かって右側が徒歩の列、左側が馬車の列に分かれているらしく、俺を乗せた馬車は左の列の最後尾に並んだ。

 順番を待っている間、俺達と同じように列に並んでいる人や、すれ違う人を所在なげに眺めていた。

そうしているうちに、あることに気が付いた。俺と同じような黒髪の人が一人もいないのだ。

 助けてもらったときマルメオさんは、俺を東方から来たみたいに言ってたけど、日本人的な黒い髪の人というのは、東のほうにしか住んでいないのだろうか。

 そのわりに、青やらピンクやら緑やらといった、アニメやゲームにしか存在しないような髪の人達が、ごく普通に歩いていた。

 こっちの世界では普通のことなんだろうけど、どうにも違和感を覚えてしまう。

 それと、人間以外の種族の姿を見つけることも出来なかった。

 「チートオンライン!」では、人間以外の種族に、先輩が選んでいた狼人間のような種族「ローニン」の他、エルフのように耳が尖っている長命の種族「長耳族ちょうじぞく」、鍛治や細工物が得意なドワーフ的ポジションの種族「短躯族たんくぞく」なんてものも居たが、行きかう人々を見る限りでは、人間以外は見当たらなかった。

 もっとも、まだ街に入ったわけではないから何ともいえないが。


「何か気になるものでも見つけたかい?」


 まだ街に入る前だというのに、おのぼりさん宜しくキョロキョロしていたせいか、マルメオさんが声を掛けてきた。

 ちょっと恥ずかしくなった俺は、その言葉に俯いた。

 見るもの全てが初めてで、興味深かったからなんだけど、田舎者丸出しに見えたのかもしれない。


『こんな大きな街は始めてなので』


 そんな弁解じみた言い訳を、さっき渡された黒板に書いて、マルメオさんに見せた。

 微笑ましげな視線がちょっと痛かったので、顔を隠すような感じになってしまった。

 マルメオさんは、そうだろうとばかりに深く頷いた。


「この街は、リスパニア帝国一の商業都市で、イルベリア大陸有数の大都市だからね」


 どうやら俺のいる場所は、リスパニア帝国という国らしい。そして、大陸の名前がイルベリア。

 国の名前も大陸の名前も、どちらも全く聞き覚えが無いものだ。

 今更ながら、やっぱり別の世界なんだなとしみじみと思ってしまった。

 これだけ、自分の常識とかけ離れた体験をしているというのに、本当に今更だ。

 そういえば、重大なことを忘れていた。

 今の俺は一文無しなんだけど、大丈夫なんだろうか。

 これだけ大きな街となると、検問も厳しいだろうし、街に入るための通行税も結構ぼられるかもしれない。

 俺は黒板に手早く文字を書くと、マルメオさんに見せた。


『俺、金持ってません。通行税とか必要ですよね』


 それを見たマルメオさんは、一瞬呆気に取られたような表情になった後、微笑を浮かべながら首を振った。


「心配しなくても大丈夫だよ。子供がそんな気を回さなくても良い」


 ませた子供だとでも思ったのか、マルメオさんは笑いながら俺の頭を軽く撫でた。

 イケメンにだけ許される、さりげないスキンシップだった。

 意外なことに、マルメオさんの手は結構節くれだっていてごつごつしていた。

 撫でられた時の感触から、手の平にも結構マメが出来ているみたいだったし、見掛けによらず、けっこう肉体派なのかもしれない。


「ところで、マヤちゃん。君は女の子なんだから、自分のことを『俺』だなんて言ってはいけないよ?」


 妙なところに突込みを入れられてしまった。

 マルメオさんから見れば、小学校高学年ぐらいの女の子が、まるで男みたいに自分を俺呼ばわりするのには違和感があるんだろう。

 だけど、こんな姿になってしまったが、俺の精神は男のままだ。

 姿形が女になってしまったからといって、そちらに合わせるつもりは欠片も無い。


『俺は、これからどうすれば良いんでしょう』


 マルメオさんの注意をさりげなくスルーし、俺は自分の質問を優先させた。

 口が利けないので、黒板にチョークで文字を書いて見せているんだけど、筆談というのは結構手間が掛かるものだということを、改めて思い知った。


「さっきも話したけど、ひとまず、一座のテントに来ると良いよ」


 たしかマルメオさんは、旅の一座「幻想楽団」の一員だと言っていた。

 まさかとは思うが、身寄りの無い子供達を集めて、無理矢理芸をやらされたり、エロイことをやらされたりするなんて……ことは無いよな?


「なぁに。心配しなくても大丈夫だよ」


 表情から俺の懸念を読み取ったのか、マルメオさんは安心させるように笑った。


「大丈夫大丈夫! みんないい人ばかりだから、何も心配はいらないよ!」


 この人が、例え俺を騙そうとしていたとしても、他に選択肢は無いんだよなぁ。

 一人放り出されたとしても、今の俺じゃ野垂れ死ぬのが関の山だし、さっきみたいなゴロツキに襲われる可能性だってあるし……

 結局のところ、マルメオさんを信用して付いて行くしかない。

 だいいち、俺をどうにかするつもりなら、さっき寝ていた時に、どうにでも出来たはずだ。


『わかりました。よろしくお願いします』


 黒板にそう書いて見せると、マルメオさんは、「こちらこそよろしく」と笑顔で頷いた。

 そうこうしているうちに、俺達の順番が回ってきた。

 マルメオさんは軽く馬に鞭をいれ、門番の前へと馬車を進ませていった。

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