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「どうしたんだい、まーくん。そんな難しい顔をして」

「え? いや、なんでもないです。お願いですから、構わないでください」

「水臭いね。私と君の仲じゃないか。さあ、お姉さんに相談してみなさい。さあさあさあさあさあ!」

「……ちょっと仕事が忙しくて、彼女の相手が出来なくて。『私と仕事とどっちが大切なのっ!?』なんて、一昔前のドラマみたいなこと言われたんですよ」

「ふんふん。それで?」

「いや、俺も仕事が立込んでたせいでカッとなって、お前の代わりはいくらでもいるけど、仕事の代わりは無いんだって暴言吐いちゃって」

「あはははははは! 言うじゃないか、まーくん! 全くもってその通りだね! 異性の代わりなんざいくらでもいるけど、仕事を新しく見つけるのは手間も暇も掛かるからね。しかも、対価が支払われる仕事と違って、異性には投資した分の見返りがあるとは、必ずしも言えないしね」

「まあ、それで結局、別れちゃったわけですよ」

「そんな女、別れて正解さ。男だろうと女だろうと、どちらも切り捨てられない二者択一を迫るような輩に、碌な奴はいないよ」

「そういうもんですか」

「そういうもんさ」




「……っ!?」


 身体が浮かび上がるような感覚に、俺は目を覚ました。

 ああ、そうだった。

 山賊に追われて、通りすがりの馬車に助けてもらったんだっけ。


「ごめんごめん、起こしちゃったかな。この辺は道が悪くてね」


 俺を助けてくれた、ハンチング帽のイケメン―マルメオさんが、御者台でバツが悪そうな顔で振り返った。

 大丈夫です。気にしないで。という意味を込めて、笑みを浮かべながらゆっくりと首を振った。


「もう少しで、俺の一座が滞在しているシノダという街に着く。それまで辛抱してくれ」


 俺が頷くと、マルメオさんは爽やかな笑みを浮かべた後、前方に向き直った。

 俺は軽く息を吐くと、再び手近な荷箱に身体をもたれかけた。

 何か、妙な夢を見た。たしか、数ヶ月前の先輩とのやり取りだったと思う。まさかこんなことになるなんて、あの時は想像もしていなかった。当たり前だけど。

 そういや、先輩は無事だったんだろうか。

 俺の部屋に閉じこもって、きちんと鍵も掛けていたんだから、たぶん大丈夫だろうとは思いたい。

 俺が死んで、少しは悲しんでくれてるんだろうか。

 益体も無い事を考えながら、御者台で馬を操るマルメオさんの背中をボーっと眺めていた。

俺が乗せてもらっている2頭仕立ての馬車は、西部劇なんかでよく見る幌付きの馬車だ。そのため、外の景色は前か後ろからしか見えない。

 暫くの間、マルメオさんの肩越しに前方の景色を眺めていると、森が徐々に開け平野部に出た。

 周囲は穀倉地帯らしく、麦藁帽子やほっかむりを被った農家の人達と思しき男女が、忙しそうに動き回っている。

 さっきまでは、畦道のようだった道も、いつの間にかしっかりとした石造りの立派な道路へと変わっていた。

 道を歩いている人もちらほらと見かけるようになり、他の馬車とも頻繁にすれ違うようになってきた。

 街が近いのかもしれない。

 いまのうちに俺は、自分の現在の状況を整理しておくことにした。

 まず、ゲーム内での俺のキャラのチート能力についてだ。

 俺―秋月 摩耶の「チートオンライン!」でのチート能力は、『生命感知』と『超回復』だ。

 そのうち、『生命感知』については、ゲーム内と同様に使えることが分った。

 試しに、『生命感知』で周囲の状況を確認してみることにする。フィルタは、周囲の人間に設定してみる。

 すると、脳内にレーダーのようなものが浮かび上がり、自分を表す青いドットを中心に、街道沿いの畑で農作業をしている人達や、街道を行きかう人達が白いドットで表示された。

 俺が乗る馬車を操るマルメオさんも、白いドットで表示された。

 ちなみに、フィルタ設定を人間にしているため、馬車を牽いている二頭の馬は表示されていない。

 白のドットは、今現在は俺自身に対して、特別な感情を抱いていない、中立を表している。

 もちろん、俺の行動如何によって、敵対を表す黄色や赤に変わる可能性はある。

 ゲームの中では、こちらから手を出さない限り攻撃してこない非アクティブ系の敵も、最初は白のドットで表示されているが、こちらが攻撃を加えると、敵対を示す赤のドットに変化した。

 俺がもし、とち狂ってマルメオさんに攻撃を加えたりしたら、同じような状況になるだろう。

 一番判断が難しいのが、最初から黄色のドット―条件次第で敵対の場合だ。

 ゲームの中では、非アクティブの敵だが、こちらが手を出すと、周囲の同種類の敵が集団で群がってくるリンク型の敵などが、黄色のドットで表示されていた。

 俺を襲った山賊もそうだったが、状況次第で敵対というのが一番分りづらい。

 おそらくだが、俺が抵抗する素振りを見せず、大人しく手篭めにされていたなら、ずっと黄色のままだったんじゃないかと思う。

 そこを抵抗してしまったため、ドットが黄色から赤に変化して、完全な敵対状態になったのだろう。

 とりあえず、黄色は素直に敵と判断したほうが、安全かもしれない。

 ゲームでは地味だったこのチート能力だけど、リアルでは結構重宝しそうだ。

 問題なのは、もう一つのチート能力『超回復』だ。

 『生命感知』と同様に機能するのかどうか確かめてみたいところでは歩けど、この能力、ゲームでは自分自身には効果が出ない仕様だった。

 そのため、わざとちょっとした怪我をして、治療して確かめてみるということが出来ない。

 だからといって、まさか、他人にそれを試すわけにも行かない。

 それに、もしもゲームと遜色の無いチートな回復能力を発揮したとしても、それはそれで厄介なことになりそうだ。

 機会があれば確かめてみたいとは思うけど、『生命感知』と違って効果が目に見える分、慎重にならないといけない。

 そして、もうひとつ。

 ある意味、一番重要なのが、この世界がどういうところなのかだ。

 「チートオンライン!」に良く似た世界なのかもしれないが、正直よく分らない。

 というのも、あのゲームは先輩に強引に誘われてやっていただけなので、ゲームの設定やら世界観やらはまるで覚える気が無かったからだ。

 狩りの拠点にしている街や、いつも行く狩場マップの名前ぐらいは知っているが、せいぜいそのくらいだ。少なくとも、今から向かうシノダという街は、狩りの拠点にしていた街じゃない。

 こんなことになるなら、少しぐらいは頭に入れておけばよかった。


「さあ、見えてきたぞ。あれがシノダだよ」


 マルメオさんの声に、俺は頭を上げた。

 彼の肩越しに城壁と大きな門が見えてきた。

 多くの馬車や人々が出入りしており、結構賑やかそうな街のようだ。

 中世っぽいファンタジーの世界って、大きな街に入るときは通行料みたいな物を取られるんじゃないだろうか。

 俺、この世界の通貨なんて持ってないけど、大丈夫なんだろうか。

 そんな俺の心配を余所に、マルメオさんの操る馬車は街の大門へと近づいていった。

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