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 テリオがマルメオさんからまともな剣術を教えてもらうようになってから、暫くが経った。

 テリオの奴はけっこう本格的に剣術を教わっているようで、素振りや型といった基本はもう終わり、最近では朝飯を呼びにいくと、マルメオさん相手に木剣で打ち込みをやっている姿を良く見かけるようになった。

 そのせいなのか、打ち身や生傷が耐えない。

 それでも、根を上げずに毎日続けているのだから、大したものだ。


『大丈夫なの?』


 少しは見直したけど、ちょっと心配になった。

 その日もけっこう激しい稽古だったようで、新しい傷をこさえていたからだ。


「へっ。こんなの屁でもねえよ」


 テリオは引き攣ったような笑みを浮かべて見せた。

 きっと本人は、不敵な笑みを浮かべたつもりなんだろうけど、痩せ我慢しているのが見え見えだった。


「何格好つけてんの。やせ我慢してるは見え見えよ!」

「そんなんじゃねえよ!」


 テリオの剣術の修行が本格的になったころから、朝みんなを起して戻ってくる時、サーラさんが出迎えに来てくれるようになった。

 何のかんのと憎まれ口を叩いてはいるけれど、テリオのことが心配なんだろう。

 そんな二人の様子に内心ニヤニヤしながら、顔を突き合わせて睨みあう二人の間に、まあまあとばかりに俺は割って入った。

 近頃は、こうやって二人のフォローに入ることが多くなってきた気がする。

 そんな時、俺はさりげなくテリオに『超回復』を使う。

 ここのところ、この能力を使って、さりげなくテリオの怪我を治したり、疲労を回復したりしていた。

 あからさまにやるわけにはいかないので、目立たない怪我や痣に限るけど。

 まあ、頑張っているテリオを影ながら手伝ってやっているわけだ。

 俺ってば、何て健気でいじらしいんだろうね。

 決して、テリオを実験台にして、自分の能力を試しているわけではない。




 いつもの朝食の後、俺とサーラさんとテリオは、三人揃ってサルディーニャさんに呼ばれた。


「三人とも、今日は街の外で薬草集めをしてもらうよ」


 街の外で薬草集め? 俺達だけで? 俺達は顔を見合わせた。

 街の外は結構治安が悪かったはずだ。俺も山賊に襲われたし。


「もちろん、お前たちだけじゃないよ。マルメオが一緒だ」


 サルディーニャさんは付け加えるように言った。

 何でも、近いうちに街の大聖堂で盛大なミサが行われるらしい。

 クルセーナ教の偉い坊さんがありがたい説法を垂れる場で、香を焚くらしいんだが、その原材料となる薬草が大量に必要になるのだという。

 生えている場所も比較的街の傍なので、それほど危険は無いらしく、街の人達も小遣い稼ぎ感覚で採集に行くらしい。


「結構いい稼ぎになるからね。お前達も採集に行って欲しいんだよ」


 まあ、街の人達が採集に行くぐらいなんだし、危険は無いんだろうな。


「私は別に構わないけど。どうする?」


 問いかけるサーラさんに、俺は別に構わないというふうに頷いた。


「薬草採りなんて、つまんねえよ。どうせなら、モンスター退治とか……いてえ!」


 調子こいた事を言って、台詞の途中でサルディーニャさんの拳骨を喰らったのが誰かは、あえて言わない。

 でも、モンスターか。この世界はモンスターがいるんだな。

 どんなのがいるんだろう。

 ゲームに登場していたようなやつなんだろうか。

 この世界に来てから、一度も遭遇したことが無いから、ちょっと興味があるな。

 涙目で頭をさするテリオを眺めながら思った。


「おかみさん。馬車の用意は済んでますよ」


 そこへマルメオさんがやってきた。

 皮鎧を着込んで、腰には剣をぶら下げている。

 比較的安全だとはいうけれど、いちおう武装はするみたいだ。


「お前達も準備をしておいで。用意が出来たら早速向かってくれ」


 俺達三人に言いながら、サルディーニャさんはマルメオさんに四人分の弁当を手渡した。

 まあ、準備と言っても別段、何か特別なものを用意するわけでもなく、俺達は普段着に着替えると、マルメオさんの待つ馬車の元に向かった。

 もちろん、カーチフで髪を隠すことは忘れない。

 テリオの奴は、生意気にも腰に稽古に使っている木剣を吊っている。

 俺の視線に気付くと、得意げに胸を逸らして、ドヤ顔をを決めて見せた。

 わかる。わかるよ。女の子の前で格好付けたいって気持ちは。少しイラっとしたけど。


「……あんたねぇ。薬草集めにそんな玩具持っていってどうすんのよ」

「玩具じゃねー!」


 そんな男のちっぽけな自尊心を知ってか知らずか、サーラさんは容赦なくケチをつけた。


「玩具じゃなきゃ、何だって言うのよ?」

「街の外に出るんだぞ!? どんな危険があるか分からないだろ!」

「マルメオさんがいるんだから、大丈夫よ。アンタなんか宛にしないわよ」

「な、なんだと!」


 いつもどおりの言い争いが始まってしまった。

 サーラさん。少しは粋がってみせたい男心を理解してやってくれ。


「ほらほら、二人共そのぐらいにするんだ。出発するよ」


 マルメオさんに促され、俺達三人は馬車に乗り込んだ。

 馬車に乗るのなんて、山賊に襲われていたところをマルメオさんに助けられて以来だ。

 相変わらずじゃれあっている二人を尻目に、俺は御者台で馬車を操るマルメオさんの隣に座った。

 危ないから中に戻りなさいといわれるかと思ったけど、マルメオさんは俺のほうをチラ見しただけで、特に何も言わなかった。

 馬車の上からだと、見慣れた街の景色も随分と違って見える。

 俺自身の背が低いせいもあって、余計にそう感じた。

 程なくして、町の門が見えてくる。

 ほんの数ヶ月前、あの門を潜って、この街にやってきたのだ。

 なんだか、随分と昔のような気がしてならない。


「やあ、カイウスさん」


 マルメオさんは、門の傍で警備をしている衛兵に声を掛けた。

 今日の当番は、俺が街にやって来た時に対応したカイウスさんだった。


「おっ、マルメオ。お前んとこも薬草採りか?」

「まあね。そんなことろ」


 カイウスさんに手渡された書類に何事かサインしながら、マルメオさんは答えた。


『こんにちは、カイウスさん』


 マルメオさんの隣で、俺は黒板に書いた文字を見せて挨拶した。

 普段の配達の仕事では、門の詰所宛の配達も何件かこなしている。

 そのため、カイウスさんともすっかり顔馴染みになっていた。


「お、マーヤも手伝いか。気をつけるんだぞ」

『マルメオさんがついてるから大丈夫』

「いやいや、だからこそだよ。コイツがどんな人間かは分かってるだろう?」

「ちょっと、なにそれ! 酷い!」


 手続きがてらにそんな馬鹿なやり取りを済ませ、馬車は再び走り出した。

 走り出して100メートルぐらいは、きちんと煉瓦で舗装されて走りやすかったが、次第に欠けが目立ち始め、そこかしこから雑草が噴き出してしまっている。

 もちろん、馬車の乗り心地は最悪だ。


「揺れるから気をつけるんだよ、マーヤ」


 マルメオさんの注意に頷き、俺は後ろを振り返った。

 あの二人、景色のあまり見えない馬車の中で揺られて大丈夫だろうか。

 この揺れで外の景色が見れないとなると、俺だったら間違いなく酔ってしまう。

 見たところ、相変わらず、喧々諤々と仲良く喧嘩していた。

 あのぶんなら、大丈夫かな。


『どのあたりで採るの?』


 視線を前に戻すと、マルメオさんに質問した。


「ああ、採集する薬草はカプセラって言うんだけど、この時期になると何処にでも生えている野草なんだ。ほら、あそこ」


 手綱を操りながら、マルメオさんは道端を指さした。

 その先には、鈴なりに小さな白い花をつけている白い花が咲いていた。

 見た目がナズナに良く似ている。


『採らないの?』

「道端に咲いているのは避けたほうが良い。埃や馬糞なんかを被って汚れてる可能性があるからね」


 なるほど。そんなのを触るのは、確かに御免被りたいな。


「もう少し行った所に群生しているところがあるんだ。そこで採集しよう」


 更にもう暫くいくと、まばらに木が生えている平地が広がっていた。

 そこにはあたり一面、見渡す限りカプセラが生い茂っていた。

 街の住人らしい人々が、思い思いの場所で採集に勤しんでいる。

 これだけ大量にあれば、採り合いになることも無さそうだ。


「さあ、着いたぞ。それじゃ、始めようか」


 俺は頷き、二人を呼びに馬車の中に戻った。


(ありゃ……)


 馬車の中では、サーラさんとテリオが青い顔でぐったりしていた。

 どうやら、馬車に酔ったみたいだ。


「うう……気持ち悪い……」

「うっ、ぷっ……」


 涙目で呻くサーラさんと、何かを必死に我慢しているテリオ。

 こんな所でリバースされたら大変だ。

 俺は様子を見るふうを装って、二人の頬の辺りに軽く手を当てた。


「ん……あ、あれ?」

「うう……?」


 青かった二人の顔に赤みが戻ってきた。

 乗り物酔いって、病気や状態異常に含まれるのかなという一抹の不安があったけど、問題なく効果があった。


『着いたよ』

「え? ああ、うん。ごめん、マーヤ。ほら! アンタも早く起きなさい」

「お、おう……」


 二人は首を傾げながら、のろのろと身体を起こした。

 さっきまでの吐き気が嘘のように収まったことに、戸惑っているようだった。

 俺は気付かないふりをして、淡々と馬車から採集道具を降ろし始めた。


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