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 配達の仕事を終えた俺は、やれやれとばかりに、両手を伸ばしてうーんと伸びをした。

 ちょっとしたアクシデントはあったものの、なんとか無事にノルマを終えることが出来た。

 いちおう、助けに入ってくれたという礼も兼ねて、マルメオさんに貰った小遣いで、テリオには屋台で売っていた菓子パンを奢ってやった。

 昼飯を食っていなかったらしく、奴は素直に喜んでいた。


「お前、少し気をつけろよな。東方人ってだけで目立つんだから」


 菓子パンをもしゃもしゃやりながら、テリオがもっともらしいことを言ってきた。

 だけど、菓子パンを口いっぱいに頬張り、ハムスターみたいに頬を膨らませながらでは、せっかくの忠告にも説得力が無い。

 まあ、いちおう神妙に頷いては見せた。


「だいたい、目立つんだよ、その髪。いっそ、丸坊主にでもしたらどうだ?」


 しおらしくしていたら、調子に乗ってそんなふざけたことまで言ってきやがった。

 ……こいつは、将来絶対女にもてないな。

 サーラさんがこの場に居たら、間違いなくひっぱたかれていただろう。

 だが、こいつの言うことにも一理ある。

 丸坊主にするのは論外だけど、この街で髪が黒いのは俺だけなので、よく目立つ。

 頭巾とかカーチフとか、そんなものを被ったほうが良いのかもしれないな。


『今回の事は、みんなには黙ってて』


 東地区まで戻って来たところで、俺はテリオに伝えた。

 今回の事とは、もちろん、縦ロールに絡まれた一件のことだ。

 絡まれただけならまだしも、取っ組み合いの喧嘩にまで発展しているわけで、そんな事を団長やサルディーニャさんに知られるわけにはいかない。


「わあってるよ、そのくらい」


 仏頂面で答えるテリオに、俺は頷いた。

 わかっているなら、それでいい。

 二人一緒に帰るのも少しおかしいので、俺が先に帰り、暫くしたらテリオが帰るということにして、俺達は東地区の入り口あたりで別れた。


「マーヤ! お帰り!」


 仕事の完了報告のため、炊事場のテントをくぐったところで、サーラさんと遭遇した。


「ご苦労さん。何とも無かった?」


 相も変わらず心配そうなサーラさんに、俺は平気だよと笑いながら頷いた。


「本当に? 何だか、普段とちょっと様子が違うわよ」


 勘が鋭い人だ。

 それとも、俺の態度が分り安すぎるのかな。

 顎にできている痣を隠すため、俺はさり気なく顎を引いた。


『いつもどおりだよ。おかみさんは?』

「……それならいいんだけど。おかみさんなら奥よ」


 サーラさんに軽く頭を下げて、俺は普段サルディーニャさんがいるところに向かった。

 仕切り布を隔てた向こうで、サルディーニャさんは、家計簿とにらめっこをしているところだった。

 なにやら厳しい表情だったため、声を掛けるのを少しためらってしまう。

 物音で俺に気付いたらしく、顔を上げると穏やかな笑顔を浮かべた。


「おかえり、マーヤ。無事に済んだかい?」


 俺は頷きながら、配達先から受け取った受領証明書をサルディーニャさんに渡した。

 この証明書を元に、後から依頼主の元に代金の回収に行くので、無くすと大変なことになる。


「ひい、ふう、みい……うん。きちんと七つあるね。ご苦労さん。あとは、夕飯の支度まで自由にしてな」


 そう言うとサルディーニャさんは、こりを解すように肩を回した後、再び家計簿と対峙した。

 どうやら、肩がこっているみたいだ。

 一座の女衆を取り纏め、家計まで預かっているのだから無理も無い。

 そんな彼女の様子を見つめながら、俺はふと思いついたことがあった。

ひょっとしてこれは、俺のもう一つの、あるかもしれないチートスキル『超回復』を試してみるチャンスでは無いだろうか。

 『チートオンライン!』での『超回復』は、自分以外のキャラのありとあらゆるダメージや状態異常を回復することが出来た。

 ゲームでの状態異常には、毒や病気といったものも含まれていたが、肩こりだって症状という身体の状態異常なわけだし、ある意味怪我や病気の一種とも取れるんじゃないだろうか。

 もしもその理屈が当てはまるのなら、肩こりを俺のチートスキルで治せるかもしれない。

 俺はサルディーニャさんの背後に回ると、彼女の肩に手を伸ばした。


「おや。揉んでくれるのかい、マーヤ。悪いね」


 とはいうものの、どうやって使えばいいのだろう。

 俺はサルディーニャさんの肩を揉みながら、とりあえず肩こりが治るように念じてみた。

 そうすると、まるで石のように硬かったサルディーニャさんの肩のこりが、嘘のように引いていった。


「ん……んんっ……ふうう、んっ……?」


 心地良さそうに目を細めていたサルディーニャさんは、不思議そうに何度か瞬きした後、軽く首を回してみせた。


「ああ、こりゃすごい。肩の張りが全く無くなったよ!」


 俺はホッと胸を撫で下ろす。

 どうやら、効果があったみたいだ。


「あんた、マッサージが上手だねえ」


 彼女の反応を見る限りでは、かなり効果があったみたいだ。

 まだまだ検証が必要だけど、『生命感知』同様、『超回復』のスキルも使えるとみて良いだろう。

 いつまでもこの劇団に迷惑をかけるわけにもいかないし、何れは出て行かなくてはならない。

 このぶんなら、按摩師として食い扶持を稼げるかもしれない。

 そんな職業が成立すればの話だけど。


「ありがとう、マーヤ。また頼むよ!」


 上機嫌なサルディーニャさんに笑顔で頷いた後、俺は炊事場のほうに戻っていった。

 さて、夕飯の支度が始まるまで、何をして過ごそうかと、とりあえず炊事場のところまで戻ってきた。

 ちょうど、そこへテリオが戻ってきたところだった。

 そして、いつも通り、サーラさんと仲良く口喧嘩をしていた。

 本当にこの二人は姉弟みたいに仲が良い。

 周囲にいる人達の視線も、明らかに面白がってる節がある。


『おかえり』


 そんな二人に近づき、俺は黒板を掲げた。


「お、おう。ただいま」


 テリオは、ちょっと動揺気味に挨拶を返して来た。

 普通にしてろよ。怪しまれるだろう。そうでなくとも、サーラさんは勘が鋭いんだから。

 三人で他愛の無い雑談を交わした後、俺はいったん自室に戻って、この姿になってしまったときに身に着けていた巫女服を引っ張り出した。

 今朝起しに行ったときに、先生に巫女服を見せる約束をしていた事を思い出したからだ。

 どうせだし、ついでに夕食の準備が始まるまで、先生の蔵書でも読ませてもらおう。

 行きがけに、サーラさんとテリオの様子を伺ってみると、俺がいなくなった途端、またしても仲良く口喧嘩を開始していた。

 仲が良いのは良い事だけど、よく飽きないもんだ。


「何してんだ、マーヤ」


 こっちに気付いたテリオが声を掛けてきた。

 別に隠すことでもないので、先生のところに行って本を読むことを伝えた。


「遊んでばっかりのアンタと違って、マーヤは勉強家なのよ」


 サーラさんが見下すように鼻で笑った。

 明らかに気を悪くしたテリオは、むっとした顔でサーラさんを睨みつける。

 サーラさんも、あんまり挑発するようなことは言わないで欲しい。

 そうでなくとも、このぐらいの歳の男子は意固地になりやすいのだから。

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