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「今日から、一緒に暮らすことになったマヤよ。仲良くしてあげるのよ」


 サーラから紹介されたのは、自分より年下に見える少女だった。

 顔立ちは、まあ可愛いように見えるが、何を考えているのか分らない薄ぼんやりとした眼つきが何となく嫌だった。

 なにより、綺麗に切り揃えられてはいるが、髪が真っ黒の人間なんて見たことが無い。

 肌の色も自分達のような白ではなく、少し黄味がかっていて奇妙な色合いだった。

 なんでも、ここイルベリア大陸の東の端から海を越えた先にある島国の出身で、東方人というらしい。

 マルメオが保護して連れてきたらしいが、なんか胡散臭い奴だ。

 マヤ――今ではマーヤと呼ばれているその少女と初めて対面したときのテリオの印象は、決して良いものではなかった。


「いじめたりしたら、承知しないからね!」


 こっちの気持ちを見透かしたように、サーラのやつが腰に手を当てて凄んできた。

 歳が一つしか違わないだけなのに、やたらと姉貴風をふかすのが気に入らない。

 当事者のマーヤは、相変わらずのぼんやりとした表情で、おずおずと頭を下げた。

 その後、首から掛けてある黒板に『よろしくお願いします』と書いて見せてきた。


「この子、口が利けないのよ。だから、いつも書く物を持ってなくちゃいけないの」


 サーラが気遣わしげに言うと、マヤはこくりと頷いた。

 サーラによると、言葉が喋れないというだけでなく、記憶も失っているのだという。

 テリオより1歳年下の12歳だというが、背が低く体格も華奢なので、もっと年下かと思っていた。

 そうして、劇団の雑用係として働き始めたマーヤだったが、始めのころは、とにかく何をするにもどん臭かった。

 何しろ、パンを焼くどころか竈に火をおこすことすら出来ない有様で、何度もサーラや母であるサルディーニャに手間をかけさせていた。

 マルメオや他の劇団員の話では、身なりからして東方人の貴族の娘かもしれないという話だったが、そう考えれば納得がいく。

 だが、貴族の娘だかなんだか知らないが、この劇団ではそんなことは関係ない。

 新入りは新入りらしく、ここのルールをきちんと教えてやらなくてはならない。

 初めて出来た年下に、テリオはいたくやる気を出していた。

 しかし、テリオの目論みは早くも崩れ去った。

 サーラがやたらとそいつに肩入れして、テリオにちょっかいを出す隙を与えないのだ。

 おかげで、1週間が過ぎても、新入りに先輩の威厳を示す機会を、得ることが出来ずにいた。

 せいぜい出来たのは、食事のときに自分の嫌いなものをこっそりとそいつの皿に放り込むことぐらいだった。

 そのせいなのか、近頃のマーヤは、年下のクセにやたらと反抗的だ。

 早朝の剣術の修行を邪魔しに来た時もそうだったし、今朝の朝食の時だってそうだ。

 今まではロップリを押し付けても、文句を言わず黙って食べていたのに、今日になって突然、サーラに密告しやがった。

 その時の、ざまあみろと言わんばかりの表情といったらなかった。年下のくせに。

 おかげで、サーラからはロップリの刑などという、ふざけた罰を言い渡されてしまった。

 ここいらで、自分の立場をしっかりと教えてやらないと、どんどん増長してしまう。


「テリオ、ちょっといい?」


 鬱屈した思いを抱えて一人悶々としていたところ、サーラに声を掛けられた。


「なんだよ?」


 面倒くさそうに睨み返してやると、サーラは眦を吊り上げ、腰に手を当てるいつものポーズで、やや背の低いテリオの顔を覗きこんだ。


「あんたにお使いを命じるわ」

「はあ!? ふざけんな!」

「いま、マーヤが配達の仕事に行ったのよ」


 テリオの抗議を無視して、サーラは用件を話し始めた。


「心配だから、こっそり付いて行ってもらえるかしら。どうせ暇なんだしさ」

「暇じゃねーよ!」

「言う事を聞いてくれたら、ロップリの刑は免除してあげるわ」

「ぐ……」


 露骨な取引を持ち出され、テリオは言葉に詰まった。

 ロップリの刑など御免だが、だからといって、女の言いなりになるのが気に入らない。


「やあ、二人してどうしたんだい?」


 通りがかったのは、マーヤをここに連れてきたマルメオだった。

 格好から見ると、これから隣村への配達に出掛けるところなのだろう。

 山賊が頻繁に出没しているため、街道沿いとはいえ、街から少しでも離れると危険が伴う。

 ゆったりとしたガウンの内側には、皮鎧を着込み、腰には剣を帯びていた。


「これから、テリオにマーヤのことをお願いしようと思ってたの。一人だと心配でしょ?」


 サーラの説明を受けたマルメオは、それは良いとばかりに笑顔で頷いた。


「ちょ、ちょっと待てよ! 何で俺が、アイツのお守りなんかしなきゃならないんだよ!」

「マーヤの面倒を見てくれたら、ちゃんとした剣術を教えてあげよう。どうだい?」

「う……!」


 マルメオの提示した条件に、テリオは唸った。

 女の言いなりにはなるのは癪だ。

 しかし、きちんとした剣術を教えてもらえるという条件は、非常に魅力的だ。

 今まで、どれだけせがんでも教えてもらえず、仕事の合間に自作の木偶人形に木剣を打ち込んで憂さ晴らしするしかなかったからだ。


「わ、わかったよ……」


 短い葛藤の末、テリオは二人の提案を受け入れることにした。

 サーラの指図を受けるのは気に入らないが、マルメオから剣術を教わる絶好の機会だ。

 どういう風の吹き回しかは知らないが、この機を逃すわけには行かない。

 そうだ。サーラの言いなりになるのではない。

 これは、いずれ師匠となるマルメオからの命令なのだ。

 そう思うことにした。


「ほら! ぼさっとしてないで、さっさと追いかける!」


 急き立てられるようにして、テリオは劇団のキャンプを後にした。

 マーヤはすぐに見つかった。

 劇団が間借りしている空き地を出てすぐのところを、のんびりとした足取りで市街地の方に向かっていた。

 マーヤは同年代の少女と比べても背が低く、人ごみに紛れるとすぐに見失ってしまう。

 大通りを歩くマーヤを何度か見失いそうになりながら、テリオは慎重に後を付けて行った。


「ねえ、見た? 今の子。髪が真っ黒だったわよ?」

「知らないの? 東地区の旅の一座が拾ってきた異教徒の娘よ」

「怖いわぁ。教会は何で野放しにしてるのかしら……」


 そんな会話が耳に入った。

 会話の主は、クルセーナ教のホーリーシンボルを首から提げている恰幅の良い女性達だった。おそらく、信者なのだろう。

 汚いものでも見るような目で眉をひそめ、遠ざかっていくマーヤの後姿を見ていた。

 思わず文句を言ってやりたくなったが、そうこうしている間にも、マーヤはどんどん先に行ってしまう。

 テリオは慌ててマーヤの後を追った。

 太陽が中天に差し掛かるまでの間、テリオは配達を行うマーヤの後を尾行した。

 依頼人や配達先の人間に絡まれるようなことは無く、ノルマの半分を順調に消化していた。

 ひと段落着いたことで、昼食を摂ろうとしているようだ。

 広場のベンチに腰を降ろして、出発前にサルディーニャから渡されたバスケットを開いていた。


「……別に何も起きねえじゃん」


 のんびりと昼食を摂りはじめたマーヤを物陰から見守りつつ、テリオはひとりごちた。

 腹の虫が情けない音を立てる。

 そういえば、自分の分の昼食を用意していなかった。

 仕方が無いので、なけなしの小遣いで近くの屋台から何かを買おうかと思った矢先の事だった。

 自分と同じぐらいの年齢の派手な身形の少女が、まるで子分のように二人の少年を引き連れて、マーヤのほうに近づいていった。

 そいつらの首からは、クルセーナ教の信徒であることをあらわす、ホーリーシンボルのネックレスがぶら下がっている。

 食事を終え、配達を続けようと腰を浮かしかけたマーヤの前に立ちはだかるようにして、3人は取り囲んだ。


「あらあら、こんなところに異教徒がいるわ」


 派手な服装の少女が、これ見よがしに手の甲を口許に当て、マーヤに向かってそんな台詞を吐いた。


「見てみなさい、お前達。この黒い髪。ああ、なんて汚らわしいんでしょう」


 少女の暴言に合わせるように、取り巻きの少年二人もマーヤを囃し立てた。

 状況が分っているのかいないのか、マーヤはそんなやり取りを、いつもの薄ぼんやりとした目で眺めている。


「こいつ知ってるぜ。最近、街外れの劇団に来た奴だろ。言葉が分らないらしいぜ!」

「へへ……じゃあ、俺達が何を言ってるかも分らないんだな」

「あらあら。異教徒はやっぱりおつむの出来が宜しくないのかしら。お父様の言ったとおりね」

「おい、異教徒。このマルーナお嬢様はな、北地区の司祭様のご息女様なんだ。と言ってもわかんねーか、ハハ!」


 3人は好き勝手な事を言って、マーヤをからかい始めた。

 マーヤは喋る事が出来ないだけで、言葉はきちんと理解できているのだ。

 その証拠に、明らかに気を悪くしたように口許をへの字に曲げている。


「あいつら、勝手なこと言いやがって!」


 憤然とテリオが歩み寄ろうとしたとき、マーヤが勢いよく立ち上がった。

 3人を無視して、立ち去ろうとしたようだ。


「おい、待ちやがれ!」


 それに気付いた取り巻きの片割れが、逃げるマーヤの首根っこを捕まえようと手を伸ばした。

 その手はマーヤを捉えることは無かったが、彼女が筆談用に首から提げている黒板の負い紐を掴んだ。

 その拍子に勢いよく引っ張られた黒板は、マーヤの顎を直撃してかなり大きな音を立てた。

 その音は、離れた場所にいたテリオの耳にも届いたくらいだった。

 マーヤは痛みに目を細めたあと、力なくその場に崩れ落ちるようにへたり込んだ。


「て、手前らああああっ!!」


 一瞬にして頭に血が上ったテリオは、叫び声を上げながら、3人に向かって突進していた。


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