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 食事が終わると、その後の各員の行動予定の確認が行われる。

 公演が近いため、役者は台詞あわせやリハーサル、俺達のような裏方は、舞台の設営や買出しなんかを行う。

 また、劇団とはいえ、劇の収入だけでやっていけるわけではないので、劇団の外でアルバイトをする団員もいる。

 この街――シノダは、交易の中心として栄えている街だが、俺自身が山賊に襲われていたように、街の外はけっこう治安が悪い。

 領主の統治能力に問題があるかららしいが、お陰で街道の整備がおざなりになっていて、山賊や魔物が頻繁に出没するらしい。

 そのため、隣町への荷物の配送などでも、結構な危険が伴う。

 そういう仕事を手の空いている団員が請け負い、劇団の活動費を捻出しているのだ。

 仕事を斡旋する冒険者ギルドのような組合があり、そこに登録すれば、基本的に誰でも仕事を請け負えるようになっている。

 マルメオさんも、度々配送の仕事を請け負っており、俺を助けてくれたときも、その仕事の途中だったと聞いている。

テリオが言うには、マルメオさんは見掛けによらず剣の腕は一流らしく、その手の危険が伴う仕事を中心に請け負っているらしい。とてもそんなふうには見えないけど。

 主だった面子の今日の予定を確認し終えたところで、解散となる。

 男衆はそれぞれの仕事に赴き、俺達女衆は、食事の後片付けに入った。

 朝食の後片付け後の仕事の割り振りは、サルディーニャさんが、その時々に応じて臨機に割り振っている。

 その中に、配達の仕事がある。

 マルメオさん達が請け負う街の外とのやり取りではなく、街中での配達業務なので、それほど危険は無い。

 言ってみれば、宅配便みたいなものだ。


「頼んだよ、マーヤ。はい、お弁当」


 サルディーニャさんから、今日の配達予定が書かれた紙と、昼飯の入ったバスケットを受け取り、俺はしっかりと頷いた。

 紙に目を通してみると、今日の配達の件数は7件だった。

 基本的に、このノルマを終わらせてしまえば、夕食の準備までの間は、自由に過ごして良い事になっている。

 どう回れば効率的に配達できるか考えつつ、身支度に取り掛かった。


「マーヤ、これから配達に行くの?」


 声を掛けてきたサーラさんに俺は頷いた。


「一人で大丈夫? 一緒に行こうか?」


 心配そうなサーラさんに、俺は苦笑しながら首を振った。

 ここに来たばかりの頃、色々と面倒を見てくれたこともあってか、何かと気に掛けてくれる。


『ありがとう。でも大丈夫』


 そう書いた黒板を彼女に見せる。

 サーラさんには彼女の仕事があるんだし、配達の仕事だって、今日が初めてというわけじゃない。

 その申し出は丁重に断った。


「気をつけてね」


 不安そうなサーラさんに見送られながら、俺は仕事に向かった。

 宅配のような仕事と言っても、日本の宅配便のように、集配所にいったん配送物が集められ、そこから配達先に配送されるというわけではない。

 直接依頼主の元に訪れ、配達する物品を受け取って、配送先に直送するやり方だ。

 そのため、効率よく配送するためには、荷物の受け取りや配送の順番が重要になってくる。


「分ってると思うけど、北地区には近づかないようにね!」


 俺の背にサーラさんの声が掛かった。

 シノダは、東西南北4つの地区に大きく分けられる。

 その中の北地区と呼ばれる一帯は、領主の一族や貴族、政商といった、やんごとない身分の方々が多く住んでいる。

 一般人立ち入りお断りな区画というわけだ。

 さらに、そういった人達の多くは、クルセーナ教の熱心な信徒であることが多く、教会にも多額のお布施をしている。

 この辺の教区を仕切っている司教サマだとか司祭サマだとかも、その区画に豪邸をおっ立てて生活している。

 平民であり、異教徒でもある俺が、のこのことそんなところに顔を出したらどうなるかなんて、火を見るよりも明らかだ。

 ちなみに、東西の地区は、中流階級の人々が暮らしており、北地区より一番離れている南地区はスラム街となっており、あまり治安が宜しくない。

 また、劇団が間借りしているのは、東地区の外れにある空き地だ。

 今回の配達エリアから外れているし、元から近づく気は無いけれど、さり気なくフラグを立てるのはやめて欲しいよ、サーラさん。

 そんな事を考えながら、俺は振り返って大きく頷いて、手を振ってみせた。




 街と言っても、当然、俺が日本で生活していた頃のそれとは大きく異なる。

 きちんと区画整理されているわけでは無いので、街の目抜き通りなんかは、常に人でごった返していて、背の低い俺はただ歩くだけでも一苦労だ。

 当然、道交法なんてものはあるはずもなく、余所見をしていて、人ごみの中を平気で進行して来る馬車や荷車に引っ掛けられそうになった事も一度や二度じゃない。

 道の端には縁日でもないのに様々な屋台が立ち並んでおり、客引きが競い合うように声を張り上げている。

 人や物で溢れかえっているため、非常に歩きづらいが、1ヶ月もこの街で暮らしていれば、裏道なんかもそこそこ分るようになっているので、慣れればそれほど支障は無い。

 その日も順調に配達の仕事をこなし、正午までに4件を終えることが出来た。

 このペースで行けば、残りの3件もわりと早く片付けることが出来そうだ。

 俺は一休みして昼飯にするべく、街の噴水広場にやってきた。

 心の中で、よっこいしょなどとおっさん臭い事を呟きながら、ベンチに腰を降ろす。

 バスケットをあけると、そこにはサルディーニャさんが作ってくれたサンドウィッチが、規則正しく収まっていた。

 フランスパンのような若干固めのパンには、レタスそっくりの野菜と炙ってハムのように薄く切った肉が挟んである。

 一切れ摘んで齧りつき、もぐもぐと咀嚼しながら、行きかう通行人をぼんやりと眺める。

 俺がこの世界に来てから、早1ヶ月が経過した。

 それだけ日数が経てば、否が応でも、今の生活に順応せざるを得なくなる。

 この身体に対する違和感も、完全になくなったわけではないが、かなり薄らいでいる。

 言葉が話せないという不自由はあるが、それでも親切な人達に拾ってもらえたおかげで、何とかやっていくことが出来ている。

 案外、この生活もそれほど悪いものではないと思い始めていた。


(だけど、なぁ……)


 口の中で咀嚼していたものを飲み込み、軽く溜息を吐く。

 日本に帰りたい。

 無理な話だと分っていても、切実にそう思う。

 一切不満が無かったといえばさすがに嘘になるが、日本での生活に、それほど大きな不満は感じていなかった。

 仕事の給料は大して高くは無かったし、修羅場のときは現場に缶詰にはなるが、そのぶん、後からまとまった休みはもらえたし、残業代だってきっちりと出ていた。

 ネットでよく見るブラック企業に比べれば、残業代も代休も出るだけずっとましだ。

 住んでいるマンションだって、駅はすぐ近くだったし、なにより敷金礼金ゼロで、しかも月々の家賃が半額だった。

 先輩の相手をしなければならなかったが、そこはまあ、家賃をまけてもらっていたわけだし、持ちつ持たれつといったところだと割り切れていた。

 そういえば、先輩は元気にやってるだろうか。

 案外、あの人のことだから、早々に俺に変わる新しい便利君を見つけて、変わらず悠々自適の富裕ニート生活を愉しんでいるのかもしれない。

 あの先輩が、俺が死んだぐらいで、塞ぎこんでめそめそしたりする場面がどうしても想像できなかった。

 まあ、完全に忘れ去られるのも、それはそれで悲しいものがあるので、命日の日ぐらい、俺のことを少しは思い出してほしいが。


(今更考えたってしょうがないかぁ)


 自分の足元に視線を落としつつ、最後の一切れにぱくついた。

 埒も無い考えをめぐらせてしまった事に苦笑する。

 さっさと、残りの配達を終わらせてしまおう。

 食べかけのサンドウィッチを一気に頬張った。

 膝の上のパンくずを払い落とし、残りの配達を終えるべく腰を浮かそうとした時、俺の上に影が差した。

 何かと思って顔を上げると、俺の正面に立っている人物が目に入った。

 もし、口が利ける状態だったら、思わずうわぁと声を上げてしまったかもしれない。

 何しろ、目の前に金髪の縦ロールの少女が立っていたからだ。

 そんな髪型をリアルで見たのは、もちろん初めてのことだ。

 服装もどピンク色のフリルの付いた目に痛いドレスで、これまた色々とすごい。

 色やデザインは残念な感じだが、生地の仕立ては良さそうだ。どこぞのお嬢様かなにかだろうか。

 俺よりも少し年上に見えるその女の子は、口の片方を吊り上げ、腕組みをしながら見下すように俺を見下ろしていた。

 俺の正面には縦ロールの金髪少女、その左右に取り巻きのように、それぞれ赤毛と茶髪の少年が立っていた。

 いづれも、見たことの無い顔だ。

 よく見ると、3人とも首からネックレスのようなものをぶら下げている。

 ケルト十字に似たデザインのそれは、クルセーナ教のホーリーシンボルだ。


「あらあら、こんなところに異教徒がいるわ」


 縦ロールは、手の甲を口許に当てて俺を見下ろしながら、そんな台詞を吐いた。


「見てみなさい、お前達。この黒い髪。ああ、なんて汚らわしいんでしょう」


 両脇に侍っている取巻きの二人は、追従するような笑みを浮かべていた。

 うーん、面倒くさそうな連中に目を付けられてしまった。

 これまで、陰口を叩かれることはあったけど、直接何かされることが無かったので、完全に油断していた。


「こいつ知ってるぜ。最近、街外れの劇団に来た奴だろ。言葉が分らないらしいぜ!」


 取巻きのうち赤毛のほうが、得意げに言った。

 言葉が分らない? 別にそんなことは無いんだけど。

 口が利けないというのが、そういうふうに伝わっているのかな。


「へへ……じゃあ、俺達が何を言ってるかも分らないんだな」


 もう片方の茶髪の奴が、ニヤニヤしながら俺の顔を覗きこんできた。


「あらあら。異教徒はやっぱりおつむの出来が宜しくないのかしら。お父様の言ったとおりね」


 お父様ねえ。大方、教団のお偉いさんの娘かなんかなんだろうな。

 それで、たまたま見かけた異教徒を苛めてみようと思い立ったんだろう。

 面倒くさい奴らに絡まれてしまったな。


「おい、異教徒。このマルーナお嬢様はな、北地区の司祭様のご息女様なんだ。と言ってもわかんねーか、ハハ!」


 うぜえ。

 蹴りでも入れてやりたいところだけど、そんな事をしたら劇団に迷惑が掛かるだろうし、そうでなくとも、取っ組み合いの喧嘩になったら俺に勝ち目は無い。

 ここは穏便に、無視して立ち去るのが一番だろう。

 第一、まだ仕事が残ってる。

 意地の悪い笑みを浮かべる3人を完全にシカトし、縦ロールの横をすり抜けてその場を立ち去ろうとした。


「おい、待ちやがれ!」


 赤毛のほうが俺に手を伸ばしてきた。

 身を屈めて躱そうとしたが一瞬遅く、そいつの手は首から掛けられている黒板の負い紐の部分を掴んだ。

 そこを力いっぱい引っ張られたせいで、胸元の黒板が引き上げられるかたちになり、黒板の硬い木枠の部分が、俺の顎を直撃した。


(あ、やば……)


 顎の先端部分にクリーンヒットしたせいで、軽い脳震盪でもおこしてしまったのか、一瞬気が遠くなった俺は、崩れ落ちるようにその場にへたり込んでしまった。

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