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 そんな感じで朝の弱い人達を起こして周り、最後の一人のところへ向かった。

 最後の一人は、正確には寝坊しているわけではない。

 実はとっくに目を覚ましているんだけど、俺が呼びに行くまで食堂に出てこようとしないけしからん奴だ。

 俺の向かう先から、やっとうの掛け声と共に、何か硬いものを打ち付けるような乾いた音が響いている。

 そいつが暴れている音だ。

 音の発信源にたどり着くと、俺と同じぐらいの年頃の少年が、木材を組み合わせて作った木偶人形相手に、木剣を振りかぶって挑みかかっていた。

 俺に気付いた少年は、ちらりとこちらに視線を飛ばすが、すぐにまた目前の木偶人形に木剣を振るう。

 シカトされてむっとした俺は、ずかずかとそいつの近づくと、これ見よがしに鍋を叩きまくった。


「うるさい!」


 堪りかねた少年は、勢いよく俺のほうを振り返り怒鳴り声を上げた。

 すかさず俺は、「朝ごはん」と書かれた黒板を鼻先に突きつけてやる。


「わかってるよ、毎朝毎朝うるせえな」


 僅かに仰け反りながら、少年は顔を顰めた。

 うるせえだと。これが俺の仕事だ。

 だいたいお前、起きてるなら遊んでないでさっさと食堂に来やがれ。

 そんな思いを込めて、俺は黒板に「さっさとしろ」と書きなぐって突きつけてやった。


「年下のクセに……」


 少年は憎たらしそうに零した。

 さっきから、いちいち反抗的なこいつの名前はテリオという。

 団長夫妻の一人息子で、年は俺より1個上ぐらいだ。

 幸いなことに、容姿はサルディーニャさんに似ているので、今は小生意気なガキだが、将来はそこそこイケメンになるだろう。

 冒険者か騎士にでも憧れてるのか、いつもちゃんばらごっこに余念がない。

 俺がこの劇団に厄介になるまでは、劇団の中で最年少だったためか、何かにつけて年上ぶった態度を取りたがる。

 まあ、このぐらいの歳の男子にはありがちかもしれない。

 そういう態度を取りたがるのは別に構わないが、だったら朝飯のときぐらい、呼びに行かなくても自分から顔を出すようにしてほしい。

 もっともそれは、団長や先生にも言えることだけど。

 それにしても、団長はともかくとして、サルディーニャさんに俺と同い年ぐらいの子供がいるなんて未だに信じられない。

 見た目はどう見ても、20代の若い女性なのに。実年齢はいったいいくつなんだろう。

 気にはなるが、さすがに好き好んで地雷を踏みにいく勇気はない。

 新入りのくせにだとか女のくせにだとか、ぶつくさと文句を垂れるテリオに背を向け、俺は食堂のテントのほうに足を向けた。

 するとテリオは、すかさず俺の前に出て、先を歩き始めた。

 年下の俺に前を歩かれるのが気に入らないらしい。


「おかえり、マーヤ。ご苦労さん!」


 食堂に使っている大テントには、既に俺達以外のメンバーは揃っていた。

 サーラさんに促されて、急いで自分の席に着く。


「ほら! あんたもさっさと席に着いて!」


 俺の時とは打って変わったぞんざいな口調で、一緒にいたテリオを急かした。


「うっせーな、わかってるよ!」

「わかってるなら、手間かけさせないで!」


 二人のそんなやり取りを横目に、俺は自分の席についた。

 席の順番は、サーラさん、俺、テリオという並びだ。

 テリオは団長夫妻の息子ではあるが、だからといって特別扱いされているわけではなく、一部の人からの扱いはけっこうぞんざいだ。

 特にサーラさんは、テリオのことを出来の悪い弟のように扱っている。

 テリオが俺に対してやけに年上ぶるのも、それに対する不満の裏返しなのかもしれない。

 同じ男(元だけど)として、年長とはいえ、女にあれこれ指図されるのが気に食わないという感情は、まあ理解できなくもない。


「みんな揃ったね。それじゃ、頂くとしようか」


 サルディーニャさんの合図に、皆でお祈りが始まる。

 キリスト教徒が食事の前に神様に感謝のお祈りを捧げる的なあれだ。

 この大陸で広く信仰されているクルセーナ教にも似たようなものがあり、その教えが浸透している地域では、一般的な朝の風景だ。

 この劇団でも信者が多いためか、毎朝朝食の前にみんなでこれをやっている。

 俺は信者ではないが、周りに合わせてお祈りの言葉を呟く。口パクだけだが。

 特定の宗教を信仰していない俺にとって、最初の頃は若干抵抗があったものの、今では朝の頂きますの挨拶だと思って割り切っている。

 お祈りが終わると、ようやく、食事が始まる。

 朝の労働のお陰で、腹ペコだった俺は、すぐさま朝飯に取り掛かった。

 今朝の献立は、パンとスープに、干し肉と野菜を炒めた野菜炒めだ。

 パンは、俺が知っているものに比べて塩気が多く少し固めなので、少しずつちぎりながら、スープに浸して食べる。

 野菜炒めの具材には、ロップリという食感や味がピーマンそっくりの野菜がふんだんに使われている。

 俺の左隣に座っているテリオの奴は、このロップリが大嫌いらしく、隙を見ては、俺の皿にロップリを押し付けてくるのだ。

 来たばかりの頃、新入りなんだしと我慢していたら、それがどんどんエスカレートし、食事のたびに自分の嫌いなものを押し付けてくるようになった。

 今日も同じように、周囲に視線を走らせた後、フォークに突き刺してロップリを俺の皿に放り入れてきた。

 いい加減、この辺で甘やかすのを止めないと、際限がなくなるな。

 そう判断した俺は、テリオがせっせとロップリの移動を行っている時を見計らって、サーラさんの肘の辺りを掴んで引いた。


「どうしたの、マーヤ?」


 首をかしげながらこちらを見るサーラさんに、俺は自分の皿を指さした。

 俺の指さす先では、今まさに、テリオがフォークで突き刺したロップリを俺の皿に投入しようとしているところだった。

 途端にサーラさんは眦を吊り上げた。


「ちょっと! 何してんのよ、あんたは!」


 テリオは恨めしそうに俺を睨みつけるが、俺は「ざまぁ」とばかりのドヤ顔で(成功したかは分らないが)それに応えた。


「テリオ! 罰としてあんたは、今日のお昼ご飯以降、ロップリ炒めの刑に処するわ!」

「ちょっと待て、ふざけんなよ!」

「ふざけてんのは、あんたよ、アンタ!」


 この手のやり取りは、わりと日常茶飯事なので、誰も止めようとはしない。

 それどころか、割と生暖かい目で見守っているぐらいだ。

 そんな感じでじゃれあう二人を尻目に、俺は朝飯を再開した。

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