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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

サイハテシリーズ

サイハテゾンビは夢を見る

 サイハテに一体のゾンビがいました。


 サイハテには何もなく茶色い地面が続くばかり。

 ゾンビはゾンビだったため、ただただ歩いてサイハテへと迷い込みました。


 サイハテには誰もがそのようにして訪れます。

 失望して絶望して渇望して餓えていくところで、地の上に立つ存在にサイハテはけして優しくありません。残った白い骨さえもサイハテは飲み込んでいくのです。

 サイハテはもしかすると微生物だけは愛していたのかもしれません。




 さて、迷い込んだゾンビですが。

 やはりゾンビであったため、サイハテに飲み込まれることはありませんでした。

 人間が迷い込めばゾンビは本能のままに仲間を増やせたかもしれません。ですが丁度、運の悪いことにサイハテに迷い込むのは人間以外の生き物ばかりでした。ですので、ゾンビはずっと長い間サイハテに、ただただゾンビとしてあり続けたのです。

 サイハテはもしかすると意外にゾンビも愛していたのかもしれません。




 ゾンビの瞳は虚ろで白くにごり、なにもゾンビに見せることはありません。

 見ることができなくてもゾンビは困りませんでした。困る脳みそが無かったからです。

 ところが、サイハテに長くあり続けたからですしょうか?

 ゾンビはある日から夢を見るようになりました。


 脳みそが無いのでゾンビはただ夢を見るだけです。まったく意味がありません。

 ゾンビなので眠ることもないのに夜が来て暗くなると毎日毎日、夢をみるのです。


 閉じる目蓋も無く、ぽっかり空いた隙間に残った眼球は、毎晩幸せな食卓の光景を映します。

 それはまだ若い男性が食卓に座り、テーブルに温かなスープとパン。若い女性と小さな子どもが賑やかに纏わりつく、とても幸せな光景でした。


 何度その幸せな夢を見たでしょうか?

 そのうちサイハテで小さな変化が起きました。

 ぐるぐるうろうろよたよたと、ただ歩くだけだったゾンビがまっすぐある方向へ歩き出したのです。




 それから。ゾンビはゾンビであったため、ただただサイハテを歩き続けました。

 まっすぐひたすらまっすぐ。

 いつしかサイハテが終わり、草が生え、木が茂り、川が流れました。

 それでもひたすらまっすぐ、よたよた歩いていくと、小さな道が現れました。

 ゾンビは道を歩きます。




 ある時、ただただ歩いていたゾンビは一面に広がるカボチャ畑で立ち止まりました。

 よろりよろりと農家の家を見つけ、ゆらりと近づきます。

 甘い人間の匂いがしました。ゾンビはゾンビであったため、迷うことなく部屋の隅で眠りこける男の元へと向かいます。

 そうして甘い匂いに齧りつこうとしたところで、ひとつのジャック・オー・ランタンと出会いました。


 ゾンビは道に戻り再び歩き出します。うろうろよたよた、だけどまっすぐ。

 なぜか頭には立派なジャック・オー・ランタンがいて、ゾンビと一緒に楽しそうにぐらぐら揺れるのでした。




 ジャック・オー・ランタンと出会ったゾンビは幸運でした。

 道は段々太くなり、家もぽつぽつ増えていきます。

 途中、村に近づき町を横切っても、ゾンビはジャック・オー・ランタンとして歩いて行けました。

 ただのゾンビでありましたなら、地に還させられていたかもしれません。

 人々はジャック・オー・ランタンを不気味に思いましたが、近寄ろうとはしなかったのです。




 まっすぐ、ひたすらまっすぐ歩いていたゾンビとジャック・オー・ランタンはとうとう、森の中にある一軒の家へとたどり着きました。

 その家は古く傷み廃れて、家であるのが不思議なほどです。

 しかし、ゾンビはゾンビでありましたため、少しも迷うことなく入っていったのでした。




 そこは朽ちたテーブルと壊れた椅子。落ちた天井裏と散乱した家具の残骸が広がる。もう終わった場所でした。

 割れた窓ガラスの向こうから明るい陽光が差し込むと、それに反応してホコリがちらちらと踊ります。

 ゾンビはその風景を静かに見つめました。ジャック・オー・ランタンはゆらゆら揺れましたが、ゾンビは何も答えませんでした。


 やがて日が落ち夜になると、家に変化が訪れました。

 テーブルも椅子も元通り。窓はしっかり閉められ、家具も綺麗に並び、部屋に明るい明かりが灯りました。

 ゾンビは静かに席に着くと、ジャック・オー・ランタンを優しく自分の隣に置きました。






 森の中にある廃屋の悪霊を除霊してほしい。


 テトラの受けた依頼は簡単なものでした。

 テトラは駆け出しプリーストで相棒のディガンは戦士です。

 いつもディガンに頼りっぱなしのテトラは久々に自分向けの依頼だと、大変意気込んで森に向かいました。


「おいおい、そんなに気負うなや。くだらねぇ失敗すんぞ」

「うるさい。ディガン人のやる気にケチつけないで」


 心配してくれるディガンに噛み付き、からかわれて、涙目になったところで廃屋に着きました。


「夜になると出る幽霊か。何も悪さするわけじゃねぇのなら、放っておけばいいのにな」

「しぃ~静かにして!そのうち本当の悪霊になってからじゃ、遅いじゃない」


 廃屋には明かりが灯り、中からは賑やかな声。二人はひっそりと、窓の下まで忍び寄り、そっと中を覗きました。




「なんだありゃ?」


 ディガンが間抜けな顔でテトラに聞きました。


「……ゾンビとジャック・オー・ランタンと悪霊ね」

「飯食ってるな」

「食事してるわね」


 廃屋の中には暖かな明かりが灯り。テーブルに暖かなスープとパン。ゾンビが虚ろな目でスープをすすり、女と子どもの霊がまとわりついています。ゾンビの隣ではジャック・オー・ランタンが楽しげにかたかたと揺れていました。


「どうしよう?」

「どうするんだよ?」


 二人は頭を抱えました。襲ってくるアンデットなら、いくらでも排除しますが、平和すぎるこの光景を見れば流石に良心が傷みます。

 ここで飛び込めば、まるで自分達が悪役のようですもの。

 しかし、このアンデットたちが何を考えて晩餐をしているのかが二人にはさっぱり分かりません。

 虚ろなゾンビの目は何故か幸せそうに見え、愛らしい子どもの笑顔が目に痛いです。


 結局、二人はアンデットたちの晩餐を見守ることにしました。

 何だかんだディガンもテトラもお人よしの冒険者だったのです。






 最後のひとさじを味わい、ゾンビはすっかり幸せな気持ちでスプーンをテーブルに置きました。

 久しぶりに着くテーブルはやはり賑やかで温かく。妻と子どもの笑顔に帰ってきて良かったと思いました。

 いつしか、窓の外は白みはじめ鳥が目を覚ましたのでしょう。チチチとかすかにさえずりが聞こえます。


 ゾンビは昔、この家にすむアレフという木こりでした。妻はエレナ、息子はリーン。

 いつもこうして家族で賑やかな食事を囲む幸せな家族でした。


「長く留守にしてすまなかった」

 アレフが謝るとエレナはにっこり笑い、

「おかえりなさい」とだけ言いました。リーンはアレフのお腹にぐりぐりと頭をこすり付けます。

「ただいま」とアレフが答えて。ようやく。サイハテゾンビの夢は終わりを迎えたのでした。






「結局、何もしてねぇのに終わっちまったな」

「そうね」

「まぁ、楽ちんな仕事で良かったじゃねぇの」

「そうね」


 不機嫌なテトラにディガンはニイと笑う。


「お前のターンアンデット見たことねぇな」

「!!」


 うるさい、うるさいと冒険者ギルドの前で若い男女が追いかけっこをしている。


 報酬は半分だけ受け取って、残りは廃屋の供養に回してもらことした。

 廃屋では昔、木こりの家族が盗賊に襲われ、惨殺されたらしい。

 妻と子どもの遺体は残されていたが、主人の遺体だけが長年見つからなかったそうだ。

 今回、ゾンビが還り一体分の遺骨が残った。

 骨はジャック・オー・ランタンと一緒に妻と子が眠る墓に埋葬するようにテトラは頼んでおいた。

 そのために報酬の半分を辞退したのだ。

 くれぐれも何もしなかったから、ではない!


 「くれぐれもくれぐれもお願いね!ぜったい一緒に埋葬するのよ」

 くどいくらいに念を押すテトラを生暖かく、けれどもディガンは面白そうに眺めている。





 サイハテは今日も静かにあり続ける。


 すぐに飲み込まれてしまう生き物と違い、いつまでもあり続けたゾンビは特別だったのかもしれない。

 サイハテは寂しがりやだった。さて、次にあり続けてくれるものにはどんな夢を見させよう。

 サイハテは今日も誰かを待っている。時にはサイハテだって夢を見るのだ。

小説を書いてみたら無駄に長くなる傾向が。なので短編に挑戦してみました。

短い内容で恋愛とか中身のあるものとか難しいですね。無理でした。

お見苦しい点も多いかと思いますが、楽しんでくださる方がいらっしゃいましたら嬉しいです。ありがとうございました。

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