それは、にちじょうのどこかとおく
二時限目の講義は酷く眠かった。
いつの間にか、教授の話は夏休みに出かけたパリでの失敗談から良く解らない方向にそれていって、小さく欠伸をかみ殺す。
「そこで私は思ったわけです。うつ病にかかって厭世観を持っていたり、自殺をしたりする音楽家は少なくない。それでも生きてさえいれば、彼らはもっと名曲をかけたのではないかとね」
「眠そうね、春真」
不意に隣から聞こえた笑い声に顔を向けると、見知った顔があった。
「いつ来たの、桃澤」
「今さっきよ。ねぇ、今日のお昼食堂?」
「そうだよ」
「じゃあ、私も食堂行こうっと」
教科書をぺらぺらと捲って、桃澤がそういえば、と声を顰める。
「まぁた、隣の専門の子に告られたんでしょ?」
「良く知ってるね」
「友達が見てたらしいわ。そのあとすぐ、逆ナンされてたって聞いたけど」
苦笑すれば、桃澤が呆れたように肩を竦めた。
「また遊び相手増やしたの?」
「可愛い女の子は好きだよ」
「まあいいけど。たまには私ともデートしてよ」
「いいよ。声かけて」
チャイムの音に被って、教授が今日はここまでと声を張り上げる。
一斉に筆記具を片付ける音と椅子を引く音が教室を占拠した。
「あ、紅野君だ!やっほー」
「こんにちは、春真君」
「「春真先ぱーい、こんにちはー」」
廊下を歩いていると、別のクラスから顔を出したり、向こうから歩いていたりする女の子たちが口ぐちに声をかけてくる。
こちらが顔を知らない子も結構いた。
思えば、中学校に上がったころから、周りはこんな風だった気がする。
「いたいた。紅野!」
「げ、黄波戸」
前から現れた黄波戸に、桃澤が嫌そう呻いた。
これは結構お決まりのパターンだから、気にはしない。
「なんだ、また桃澤にくっつかれてんのかよ」
「煩いわね! あたしが春真といたって勝手でしょ」
「お前がいても、女避けにならないじゃんよ」
「覚悟は良いんでしょうね、黄波戸!」
「うわっ、暴力反対だっ」
ふざけている二人を少しは慣れて眺めていると、不意に伸びてきた手が両方から腕を掴んだ。
「はーるまさん。こんにちは。今日もカッコいいですね」
「ちょっと、それこっちの台詞なのに!」
「こんにちは、白輪さん。茶本さん。相変わらず元気だね」
「そんな素っ気ないところも素敵ですわ」
「今日もカッコ良いよー! 春真先輩!」
「どうもありがとう」
にこりと笑うと、ピアノ専攻の後輩は二人して慌てて手を離して視線を逸らす。
きょとんと覗き込むと、二人は顔の前でぶんぶんと手を振った。
「だ、だめです。いけませんわ」
「春真先輩の神々しいまでのスマイルは目に毒だよー」
「そう?」
「私、出直しますわ」
「右に同じ!」
ぱたぱたと廊下をかけていく少女達はを見送るとなく見送ってから、思わずふありと欠伸を零した。