それは、ながれぼしをさがして
「意味が解りませんが、」
苦笑した雪之丞に、夏葉は肩を竦めて、ちらりとピアノを弾く春真を見遣った。
「ずっと他人事だったの。空から下界を眺めてるように、春真はピアノ以外に興味がなさそうだった。少なくとも、私が知る限り貴方に会うまでは」
「何もしていませんよ」
首を振って、雪之丞は目を細める。
そう。
何もしていない。
近づいたのは、青柳の頼みを断れなかったからで、感謝されるような要素は万に一つもないのだ。
「したのよ」
言葉を遮るように立ちはだかった台詞は、安易なことでは、退いてはくれないらしかった。
「貴方は、多分春真に憧れて、でも気づいてもらえなかった女の子の誰かのために動いてるのよね。試みは成功よ。だって春真は立ち止まって振り向いたもの」
「紅野君は、最初から人でしたよ」
本当に、心からそう言えば、夏葉は少しだけ傷ついたような顔をする。
「違うわ」
「どうしてですか?」
「子どもは誰でも、早く大人になりたいと思う。大人は誰でも、一日だけでもあの頃に戻りたいと思う。けれど春真は、ずっと子どもでいることを望んでた。それは、酷く歪な思考だわ。だってそれを考えている春真自身は、もうすっかり大人になっていた筈なんだもの」
言葉を切って、夏葉は温くなった水に手を伸ばすと、それを一息で飲み干した。
まるで、箱庭の公開演説のようだ。
スポットライトは夏葉から離れないのに、誰もこちらに目を向ける様子もない。
「だから、春真は純粋で、無神経で、無関心だった。来る夜も来る夜も、その姿に焦れる女の子たちの必死の告白も届かない。いくら星に手を伸ばしても、人間の短い手で届くはずがないんだから。星自身が、現状を打ち崩してまで流れ落ちる気にならなければ」
「大胆なご意見ですね。でも、やっぱり紅野君に影響を与えたとは思えません」
なんとなく状況を把握しつつも、雪之丞はお手上げだと両手を上げた。
夏葉は顔を上げてくすりと笑う。
「ふたつよ」
「ふたつ、ですか?」
「”墨吉雪”は春真に何も押しつけなかった。そして、あなたは春真に過ぎ去った子ども時代を思い出させてくれたのよ、”IS”」
唐突な夏葉の言葉に、雪之丞は驚いて目を丸くした。




