それは、せかいをいろどる
珍しくまともな時間に鳴った電話を取ると、緑川が電話口で小さく笑って、一度だけ家に来た例の後輩と電話を変わる。
彼は入社したての社員に良くある初々しさと、若干仰ぎたくなるような熱心さで持って、先日のCDについてべた褒めともいうべき言葉を口にするので、雪之丞は若干閉口してしまった。
「あの、」
『素敵な方を紹介していただいてありがとうございました。絵本の方の売り上げも随分伸びていますから、今回の企画は成功したと言っていいと思います。いや、あのCD聞いたときは、びっくりしました』
「そうですか。気に入っていただけたようで、よかったです」
『あの、墨吉さんとISさんは御親類ですか?』
遠慮がちに聞こえた言葉に、言葉を探していると、電話口の向こうで、多分緑川が遠慮なく彼の背中を叩いたらしい。
『こら、詮索しない約束でもらってきてやったんだろうが』
『す、すみません。だけど、ISって、伝説の人じゃないですか』
『伝説?』
「伝説?」
電話のあちらとこちらで、緑川と雪之丞の声が被った。
『なんだ、そりゃ』
『知らないんですか? 緑川さん、出身大学って』
緑川が告げた懐かしい大学の名は、雪之丞も嘗て通っていた所だ。
だから、電話口の少年が、自分もその大学出身だと言った時は驚いた。
『緑川さんの頃って、それこそIS世代でしょう?』
『なんだよ、IS世代って』
『調度、大本のあるゼミのサイトで、あの曲が使われ出したころですよ。ええと、確か日本文学科の有名な教授の民間歌謡伝承研究会でしたっけ?』
『良く覚えてるな』
呆れたような緑川の言葉と同様に、雪之丞も少年の言葉に驚きを覚える。
まさかそんな風に、身近な人間にまで影が残っているとは思わなかった。
もともと今回のようにCDにするつもりで録った音源でもなかったし、売れるものという認識もなかったあれの残り香は思わぬところまで派生しているようだった。
『覚えてますよ。俺、CD欲しかったですもん。残念ながら手には入れられませんでしたけど。俺、墨吉さんに紹介してもらった前の日に、調度大学の友達と電話でISさんの事話してたんですよ。ISさんの声って、いろんな色をしてるっていうか、光景が頭に浮かぶっていうか。本当、墨吉さんに会った時は、俺の考えるISさんの見た目にぴったりだし、声もなんとなく似通ったところがある気がするし、本当ストライクだったんですよ。だから、これは、と思って社長に今回の企画押し通したんです。まさか、本当にISさんにやってもらえるとは思ってませんでした。感激です』
感極まったような物言いに、雪之丞はちょっと困って言葉を飲み込んだ。
ありがとうございました、という言葉の後で、電話が取り上げられた気配がして、聞き慣れた声が苦笑する。
『だとよ』
「貴方のせいで、余計厄介になった気がします」
『そういうな。俺も予想外だった』
緑川の呟きに、雪之丞は増えた気がする厄介ごとに目を瞬かせた。




