それは、にげばもないことを
「いらっしゃ、あれ? 墨吉チャン?」
「お疲れ様です。強力な助っ人がいらっしゃったので、ビラ撒き、予想以上に早く終ってしまいました」
くすくすと笑う彼女が、こちらを振り向くとつられたように紫村の視線が向く。
「助っ人? あぁ、春真。やぁ、久しぶりだね」
「こんにちは」
「珍しいな。どした?」
「駅前に用があって、たまたま雪さんがチラシ配ってるのに出くわしたから」
「春真兄ちゃんが配ると、あっという間になくなったんだぜ」
自慢げな少年に、紫村は豪快に笑った。
「だろうね。春真は男にもモテるからなぁ」
「え!? そうなの?」
「そう言う少年も、春真にくっついてるよね」
「僕、春真兄ちゃん好きだもん」
「そういうことだよ」
「あ、そっか。お兄さんも、春真兄ちゃん好き?」
「勿論。春真イケメンだしね」
「お姉ちゃんは?」
「え?」
給仕に戻ろうとしていた彼女は唐突な言葉に振り返る。
「お姉ちゃんも、春真兄ちゃん好き?」
「えぇ。とても優しい方だと思います」
笑って頷いて、彼女は空いた席を示した。
「どうぞ、座ってください。今おしぼりお持ちしますね」
「こっちがランチメニューだよ。ごゆっくり」
「ありがとう」
紫村からメニューを受け取った少年が、春真を見てそれからきょとんと首を傾げる。
「春真兄ちゃん、どうしたの?」
「どう?」
「なんか、顔赤くない? 風邪?」
「え? そんなことないよ。何食べるか決まった?」
「あ、待って」
慌てて視線をメニューに落とした少年から、まともに風の入ってくる窓へと顔を向けて、春真は妙な心臓の鼓動に内心驚きながら、困ったように眉を顰めた。




