それは、あいじょうにひれいする
捻った蛇口のように、勢いをつけて溢れ出した言葉は取り敢えず落ち着くのを待つ方が良い。
そう長くない青柳との付き合いで、それを学んだ。
青柳は海外製の雑貨の輸入販売をしている。
オーナー自体が彼女になるのだが、取り扱う品は全て、彼女が現地まで出向いて直接交渉して買い付けたものだ。
そのせいもあって、彼女の店で扱うのは中小企業や個人経営のものが多く、大手のチェーンなどとは品揃えが異なる。
その各国に広がる交友関係に、絵本の翻訳が結びついて知り合った。
なんだかんだ、彼女から齎された仕事は少なくない。
てきぱきと仕事を熟す彼女は、普段は隙のないキャリアウーマンである。
それが妹の話となると、形無しだ。
本当に可愛くて仕方がないらしい。
「ちょっと雪ちゃん、聞いてる?」
「聞いてますよ」
酔って絡まれているような気分になって、小さく苦笑する。
彼女の話を要約すると、紅野春真という人物像がなんとなく形を成してきていた。
芸術大学に現役合格しており、現在は大学三年生。
専攻はピアノで、将来を嘱望されているらしい。
なんとはなしに渡された写真に視線を落とす。
写真から受ける印象としては、何処か人懐っこさを感じる人当たりのよさそうなタイプに見えた。
この容貌でそのスキルがあれば、異性に人気がない方がおかしい。
「女の子が傍にいない日なんかないんじゃないかと思うわ。いっつも、とっかえひっかえ。遊びだって公言してて、女の子が本気になったらポイなのよ!」
「妹さんは、その、紅野君とは」
「去年、大学見学に行った時に会ったらしいんだけど、」
心底嫌そうに呟いて、青柳は大きなため息をつく。
妹とは一度だけ会ったことがあるが、どちらかと言えば物静かなタイプで、追っかけになるようなタイプには見えなかった。
その困惑を察したのか、青柳が違うのよ、とひらひらと手を振る。
「あの子、追っかけとかはできないの。本当、一途に憧れててね」
「そうですか」
「その純情を、踏みにじったのよ。あのプレイボーイは!」
「具体的には?」
「この間、誕生日だったらしいの。雪ちゃん、誰かにプレゼント貰ったらどうする?」
「お礼をいいますけど」
くすりと笑った男の横で、青柳はばしばしと机を叩いた。
「確かにお礼は言うけど! ていうか、お礼も言わなかったらしいけど! 信じられる!? 目の前で、他の女の子に横流ししたのよ!?」
目を瞬くと、青柳は顔を歪める。
「あの子、一生懸命作ってたのに」
「手作りだったんですか?」
「そう。ほら、ミサンガってあるでしょう? あれのもっと凝ったやつだったのよ。言わなかったけど、多分結構時間かけて作ってたと思うわ」
溜息をついた青柳に、駆ける言葉が見つからない。
物事は確かに見る角度で答えが変わることがある。
青柳の話は大袈裟に脚色している部分がないとは言い切れないが、それでも彼女の妹が傷ついたのは確かなのだろう。
「良く話してくれましたね」
「帰ってくるなり部屋に引きこもって、扉明けたら声を殺して泣いてるんだもの。全部は言わなかったから、調べたところもあるけど。本当、私、腸が煮えくり返ってるんだから」
そう言って顔を上げた青柳は、有無を言わせぬようににっこりと笑った。
「雪ちゃん。協力してちょうだい」