それは、いつでもどこにでも
音楽をやっている人間というのは、総じて自分の耳に割合の自身を持っているものだ。
良くも悪くも、耳というのは自身の音楽能力に比例しない。
良い耳を持っていても、自分の限界や伸び代を正確に把握するものもいるし、良い腕を持っていても、必ずしも同じものに感じ入る訳ではないのだ。
万人受けする音楽、というのは、ありそうでそうない。
特にクラシックを中心とする音楽の世界にどぷりと浸かる者にとっては、ジャンル外で耳を打つ音楽というのは、殊の外良く響いた。
「へぇ」
ナポリタンを飲み込んで、黄波戸が感嘆の声を上げる。
特別な音楽でもなければ、特徴的な歌詞でもない。
子どもの頃にいたるところから聞こえていた、どこか懐かしく、もの悲しいメロディ。
大衆的で民俗的な、誰でも口ずさんだことのあるような歌詞。
透明感のある水のような声は、朗々と伸びてそれから空気に融けるようにふわりと消える。
「紅野、どうした?」
「え?」
慌てたような声に瞬くと、いつの間にか頬を暖かいものが伝っているのに気がついた。
「あれ?」
「目にゴミでも入ったのか?」
「そうみたいだね」
あっさりと答えながら、春真は掌で目を擦る。
自分が涙を零した理由が、春真には良く解らなかった。




