それは、きょひけんをもたない
数少ない友人たちが、口を揃えて言うことがある。
『墨吉雪之丞は、美少女だ』
男として生まれた自分に、美少女、という評価はいかがなものかと思うのだが、街に出る度に増えるスカウトの名刺と、声をかけてくる男達の数を考えると、友人達の異口同音も確かに総評といえるのかもしれないと思うほどには、この容姿で生きてきた。
人に頭を触られるのが嫌で、避けることの多い散髪のせいもある。
背中に落ちる長い亜麻色の髪、武術を嗜んでも華奢なままの身体、声変わりを経てもなお中性的な声、目立たない喉仏。
要所要所が、雪之丞を否応なく美少女に仕立てあげた。
今はもう、諦めて受け入れてはいるが、それでも男らしさに憧れないかといえば、嘘になる。
ただ、そんな自分に、「相手を騙せ」というのだから、それは勿論、そういうことだ。
「雪ちゃんは、頭の回転が速くて助かるわ」
雪ちゃん、と呼ぶのは何も彼女だけではない。
友人はもとより、両親でさえ「雪之丞」とは呼ばない。
ユキ、あるいは、ユキノ。
たまに冗談半分に、ユキ嬢とかユキノ嬢と呼ばれることがあるが、同じ音でも何となく相手の言い方でそれは解る。
もともと時代がかって役者染みた名前である自覚はあるので、別段気にもせず呼びたいように呼んでもらっていた。
「それで、青柳さんは彼を騙して何がしたいんですか?」
途轍もない厄介事の気配に心底席を立ちたかったが、この二人を相手にそれが許されるとは自分自身とても思えなかった。
二人が月なら、こちらは鼈。
立場は、そこはかとなく相手が上だ。
諦めてそう尋ねた途端に、青柳の表情が崩れた。
しまったと思った時には、彼女は思い切り机を叩こうとしていて、けれど隣の男にやんわりと手を取られる。
「公共の場で器物損害はいただけないね」
「私、そんなに力はありませんよ」
照れ隠しのように膨れてみせた青柳に、なんとなく一つの仮説が思い浮かんだ。
彼女について、持っているデータの中で彼女の顔色を変えさせるものはひとつしかない。
「妹さんと彼の間に、何かあったんですか?」
「そうよ! そうなのよ! ちょっと、聞いてよ。雪ちゃん!」
仕事が出来て、気配りもできて、負けん気の強い姉御肌の彼女の唯一の欠点というか、人前で平気で公言する弱点が、15歳年の離れた彼女の妹に対する大変な溺愛っぷりだった。