それは、わらにもすがるよう
眼前で笑いをかみ殺している緑川を睨んで、雪之丞は小さく溜息をつく。
「好い加減にしてください」
「いや、悪い」
「思っていもいないのに謝らないでください」
軽く睨むと、漸く衝動を収めたらしい緑川が手を合わせた。
「悪かったって。むくれるな」
「自分の人選ミスに腹が立ってるだけです」
「他に誰に相談するんだよ?」
問い返されて言葉に詰まる。
「デートだろ?」
「違います」
春真と出かけることになった、と報告するなりそう言った緑川に、雪之丞は眉を顰める。
「一緒に出掛けるなら、デートだろ」
「だから、違います。彼の友人が出ているヒーローショーの応援に行くんです」
「は? ヒーローショー?」
「えぇ。ヒーローショーです」
一瞬呆けた緑川が、次の瞬間に必死に笑いを噛み殺したのは先ほどの通りだ。
何故緑川に話したかと言えば、服装の相談だったのだが、もともと相談相手としては、青柳か緑川しかいないのだ。
かといって、青柳に相談するのは窮地に陥ることになるのが目に見えているので、遠慮したい。
自然、緑川に話すことになるのは致し方ないと思う。
「別に無理して、女装しなくていいだろ」
「そのつもりです」
「似合うから着ても構わないけどな。安売りしない方が良いと思うぜ。心配するな、普段の恰好でも十分美少女だ」
「嬉しくありません」
溜息を零して、雪之丞は視線を落とした。
最近の洋服は男女の差が激しくない。
男物にも熱心に、桃色あたりが取り入れられているのがいい証拠だろう。
雪之丞が女物の衣服を買うことは殆どないが、女の子が欲しかったという母親は、どちらを着せてもそれなりに似合う息子に満足しているようで、唐突に可愛らしい服を買ってくることもあった。
御蔭で、母親のクローゼットには、彼女は着ることのない若者向けの服が場所を占めている。
「本気で籠絡させるつもりか?」
「だから、そんな気はありません。とにかく、性格と気質を掴んで、真相を掴みたいだけです」
「それなら、もう少し歩み寄れ」
「はい?」
「お前、無意識だろうが壁が厚い。籠絡させるつもりなら、それでもいいが、違うなら手間がかかるだけだ」
突拍子もない緑川の言葉に目を丸くすると、彼は肩を竦めて溜息をついた。
「相手に興味があるなら、質問くらいしろよ」
「質問、ですか?」
「あぁ。それが、理解したいって合図だろ」
「そういうものですか」
「そう言うもんだ」
ふむと考え込んだ雪之丞に、緑川は小さく笑う。
「まぁ、今回は相手が相手だからな」
「?」
「百戦錬磨なんだろ」
「さぁ? あくまで青柳さんの印象なので」
「それなら、雪。お前の印象は?」
「百戦錬磨というよりは、興味がないような気がします」
「はぁ?」
「来るもの拒まず、去る者追わず、というか」
その答えに思い切り眉を顰めた緑川に気づいて、雪之丞は首を傾げた。
彼にしては珍しい反応だ。
「どうしました?」
「いや。なんでもねぇよ」
それきり話題を逸らした緑川に、雪之丞は何処か釈然としないものを感じていた。




