それは、ときどきせつなさをつれ
「(また、やってしまいましたね)」
空いたテーブルを片付けながら、雪之丞はため息をつく。
ヒーロー、というのに雪之丞は今もある種の憧れを抱いていた。
雪之丞とて、無性に男らしさに憧れていた時期がある。
高校の半ばにはあきらめが勝っていたが、それまではこの容姿が本当にコンプレックスで、様々な武道や運動に手を出した。
結局華奢なままではあるが、この容姿を甘く見て突っかかってくるような輩の対処には結構役にたっている。
剣道、柔道、合気道、弓道、空手、新体操、と上げれば枚挙にいとまがない。
そう言う点では、あの母の血を継いでいるな、と思うのだ。
高校の文化祭の時、それこそクラスの出し物で戦隊モノの演劇をやることになったのだ。
五人の主役は希望者のクラス投票だった。
身軽さには自信があったのだけれど、やはり容姿が邪魔をした。
「雪君は、ヒーローっていうより、ヒロインだと思うの」
「そうそう。雪君は、普通の女の子よりも可愛いもん!」
結局それからは、ヒーローにも男らしさにも近づかなくなった。
それでも、ヒーローは未だに憧れとして雪之丞の中にある。
だからこそ、平均身長より低いらしい、春真の友人が主役を張ると聞いて、なんだか懐かしくて、羨ましくなった。
結局今も、雪之丞が出来るのは、ヒロイン役しかない。
「(全く、正しいですよね)」
図らずも、あの時のクラスメイトの少女達の言葉は的を射ていたのだろう。
「御馳走様でした」
「ありがとうございました。またのご来店、お待ちしております」
最後の一組を見送って頭を上げる。
モップ掛けを終えて戻ると、ピアノを片付け終えたらしい春真が気付いて顔を上げた。
「お疲れさま」
「お疲れ様です」
「雪さん、ヒーローショー好き?」
「え?」
不意に蒸し返された話題に一瞬言葉を探すと、春真がひらひらと細長い紙を揺らす。
「今回、黄波戸、ってさっきの知り合いが初めて主役だから、応援に来いっていうんだよね。こどもばっかりより、一人くらい美少女の応援があるとやる気出ると思うから、好きだったら来てねって」
ひょいと渡された整理券に、雪之丞は目を瞬いた。
普段のヒーローショーは子どもがメインなので、なかなか足を運ぶのには勇気がいるのだけれど。
「え? 行っても良いんですか?」
「うん。逆に、誘ったら迷惑かなって気にしてたけど」
「いえ、嬉しいです。ありがとうございます」
原稿も終わったばかりなので、大丈夫だろう。
日付と時間をチェックして、一人微笑んだ雪之丞は、次の瞬間唐突な春真の言葉に思わず咽た。
「雪さん、彼氏いる?」
「と、突然なんですか?」
「お互い人避けになるから、雪さんさえよければ一緒に行かない?」
あくまで自然体な春真に、雪之丞は微かに目を細める。
「紅野君の方が、大丈夫なんですか?」
「え?」
「彼女とか、一緒に行く予定の方はいないんですか?」
「いないよ。だから、大丈夫」
これも一つの好機だろう。
雪之丞は、にこりと笑うとよろしくお願いしますと頭を下げた。




