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綺羅と嘘とその先  作者: 蛍灯 もゆる
嘘つきの承
21/102

それは、くちをかるくして


「ピスナー追加で!」

「こっちはウインナー盛り合わせ」

「チーズとクラッカー頂戴」

「はい、ただいま」


乱れ飛ぶ注文に、雪之丞は手早く伝票を捌くと、マスターの元へ向かう。


「あ、雪ちゃん。コレ、7番テーブルの赤ワインね」

「了解です。こっちが追加オーダーです」

「ありがと」


注文用紙と引き換えにグラスワインを受け取って、雪之丞はホールへと踵を返した。

週四のシフト制のため、三日ぶりだが、やけに混んでいる。

今日は春真がいないので、ピアノの代わりに、マスターの選んだレコードの音源が室内にはしっとりと流れていた。


「赤ワインのグラス、お待たせしました」

「あ、きたきた」

「こっちと、その奥にお願いね」


示された二人の前にグラスを出して、雪之丞はすぐさまカウンターに取って返す。

今日は貸切で、同窓会の二次会だそうだ。

定年後を迎えたばかりらしい、男性女性が20名ほど。

店に迎えた時には、既に何割かは出来上がっていた。

今は酔っていない人はいないと思われるほど、どんちゃん騒ぎを繰り広げている。


「ピスナーと、チーズ盛り合わせにクラッカーね」

「はい」


次から次へと繰り出される注文を熟しながら、雪之丞は笑顔を絶やさずに接客に努めた。


「お待たせいたしました。ピスナーです」

「あ、僕。僕」

「こちら、チーズ盛り合わせとクラッカーになります」

「真ん中置いてー」

「ねぇねぇ、店員さん」


不意に呼びかけられて、雪之丞は声の主を振り返る。

落ち着いた紺のボレロを纏う老婦人が、梅酒のグラスを掴んだまま雪之丞を見上げた。


「どうかされましたか?」

「貴女、美人ねぇ」

「ありがとうございます」


曖昧に微笑むと、老婦人は目を細めて楽しそうに笑う。


「さっきから見ていたんだけど、くるくる良く働くし、笑顔も素敵よね」


結論を掴みかねて反応を躊躇うが、老婦人は気にした様子もなく言葉を続けた。


「幾つ?」

「二十五になります」

「まぁ。もっとお若いかと思ったけど。でも、良いわね」

「はい?」

「恋人はいるのかしら? うちの孫がね。今年、二十九なのよ。四大を出て、銀行員をやってるんだけど、良かったら今度会ってみない?」


唐突なお見合い話に、雪之丞が断ろうと口を開くより早く、隣にいたぽっちゃりした老婦人が目を光らせる。


「あらやだ。だったら、私の孫はどうかしら? 二十六で、弁護士をやってるのよぉ」

「それなら、うちは外科医だけど、どう?」

「私の所は歌舞伎役者なんだけど」


だんだんと孫自慢と化してきた集団は、雪之丞のことを忘れたかのように会話に花を咲かせ始めたので、雪之丞は静かに頭を下げて、マスターの所へ戻った。


「すみません」

「いいえ。絡まれちゃったみたいだね」


ウインナー盛り合わせを差し出して、マスターが微かに苦笑する。


「皆さん、お孫さんが可愛くて仕方ないようです」

「まぁ、そうだよね。自分の子どもほど責任がいらないから、孫っていうのはただ純粋に愛でていられるんだよね」

「そんなものですか?」

「そうだね。特に今は親の職業をつがなくちゃいけないこともないしね。厳しくしなくても大丈夫なんだよね。僕もそうだしね」


驚いてきょとんと顔を上げると、マスターは小さく笑った。


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