それは、せんてをうつつもり
雪之丞が何か言うより先に、緑川がぱちんと手を合わせた。
「悪かった。あいつがあんまり熱心だから、つい。な」
「つい、じゃありませんよ」
額に手を当てて雪之丞は溜息をつく。
「因みに、喋ったんですか?」
流石に長い付き合いで、それが指すものを一瞬で理解した緑川は否定するように、ひらひらと手を振った。
「そこまで命知らずな真似は流石にな」
「嫌がると解っているのに、話を持ってくるのもどうかと思います」
「なんだよ。いつから仕事えり好みできるくらい偉くなったんだ?」
「そもそも、始めから納得した仕事しかしてません」
「まぁそうだな。だったら、良いものを作りたいあいつの気持ちは解るよな?」
返事をしないでいると、緑川が喉で笑う。
「いい加減自覚しろ。お前はお人よしなんだ。何だかんだはったりをかけるくせに、結局は断らないのが良い証拠だろ」
不機嫌に睨んだ雪之丞に、緑川は降参を示すように両手をあげた。
「褒めてるんだからな」
「思い当たる節があるだけに、否定できないところが大変に不愉快です」
「俺は、あのCDが気に入ってるからな。良い目の付け所だと思ったんだよ。まぁ無理強いはできないけどな」
大学時代に、地域に伝わる民話と民謡について研究していた友人に頼まれて、雪之丞は自分の知る物語を語り、民謡を歌ったことがある。
その音源が何故かあれよあれよと広がって、CDにしてもいいかと、友人には端からみても気の毒なくらい謝られて拝み倒された。
声の主の一切が不明のそのCDは、それでも適当に売れたらしい。
売上の何割かを無理矢理渡されて雪之丞も驚いた。
緑川は、その語り手が雪之丞であることを知る、数少ない人間の一人だ。
「あれは、やむにやまれずです」
「こっちもだ。まぁ、少し考えてくれ。お前の希望で名前は出さなくても良い。お前が訳した本をお前が読む。理に叶ってると思うけどな」
立ち上がった緑川は、不意にそうだと振り返る。
「首尾はどうなんだ?」
「何です?」
「噂のイケメン大学生だよ」
「相変わらず、耳が早いですね」
CDと絵本が汚れないようによけて、雪之丞はポテトオムレツを無造作に口に入れた。




