それは、いんしょうをうらがえす
今日は木曜日ということもあって、お客はそう多くない。
元々、通り沿いにある訳でもないので、団体でふらりと入ってくるお客が少ないのだ。
時折、新規のお客が一人で入口を潜る。
程よい喧噪に、ピアノの音が混ざった。
意味ありげな女性客の視線が連れとピアニストの間を揺れては、アルコールの中に落ちる。
伺うような男性客の視線に営業スマイルを返しながら、雪之丞はピアノとお客を繋ぐ空気の妨げにならないように料理を運んでいた。
「おう、兄ちゃん。いつもの弾いてくれよ」
曲の合間にタイミングよくかけられた顔馴染みらしい男の言葉に頷いて、春真が引き出したのは、少し前の時代の歌謡曲をジャズチックにアレンジしたもの。
先ほどまで、奥さんの寝起きが悪いことを愚痴っていた男は、それも忘れたように調子を取りながら聞き惚れている。
ホールの端を通って男のテーブルに追加のアルコールを静かに置くと、雪之丞はカウンターの横まで下がって壁に控えた。
「ありがとな。いつも聞き惚れちまうぜ」
「こちらこそ」
暫く曲のリクエストもオーダーもなく、店内を流れる曲が単調になり始めた頃に、不意に入口に影がさした。
複数の高い声に少しだけ眉を顰めて、雪之丞はホールを横切る。
「え、此処?」
「そうだよ。此処のはず」
「いらっしゃいませ」
入口で屯ろする5人組の少女たちに声をかけると、彼女たちは一瞬驚いてから、与しやすしと踏んだのか中の勝気そうな一人が、店の名前を告げて、それは此処の事かと尋ねた。
「はい。この店です」
「あ、ピアノの音がする!」
「え? 本当?」
「やったぁ」
店内を覗き込んだ少女達が、ピアノの影にいる春真に気が付くのは早かった。
黄色い声を上げる四人を尻目に、先ほどの少女がピアノの横。
奏者側の空いた四人掛けの机を指差して、雪之丞を見た。
「あそこ、予約席?」
「いえ」
今日の二組の予約は既に席について、食事を始めている。
意味を測り兼ねた雪之丞に、少女はあっさりと頷いた。
「じゃあ、あそこが良いです」
「あちらは四人掛けですが」
「隣の席の椅子、一つ使ってないから、それ持って行けばいいでしょう?」
そんなことも解らないの? というように紡がれた言葉に、雪之丞は一瞬言葉に詰まる。
確かに隣のテーブルは四人掛けを二人で使っていたが、その椅子を動かせばいい、というのは頷けなかった。
始めに案内しようとした奥の角席は、壁に接した長椅子で、動かせるものではない。
少しだけ悩んで、けれど雪之丞は少女達に頭を下げた。
「申し訳ありませんが、ご案内出来兼ねます」
「え?」
「は? なに?」
今しも店の中に踏み込もうとしていた少女達は呆気にとられたように足を止める。
「ただ今五名様をご案内できるのは、奥の六人掛けの御席になります。それ以外の御席にはご案内できません。申し訳ありませんが、また改めてご来店ください」
少女達の視線を受けて、雪之丞はそう言ってもう一度深く頭を下げた。




