第20話 治療と思い
忙しい中、少しずつ書いていったので、前後で文脈がおかしくなっている所があるかもしれません。
その時は連絡をお願いします。
世界が闇に包まれている。日は落ち、辺りには動く者が無く、静寂が訪れていた。そこはブレイズールの敷地内。辺りを見渡しても、あるのはししおどしの音だけだった。そんな中をレンはジル、ウラル、ユキの3人と一緒に若い女性の使用人の後ろに着いて歩いている。
「随分と時間たってからの呼び出しだなぁ」
ジルがぼやく。それはレン達全員が思っていた事だ。今から数刻前、日が落ちた頃に出立したブレイズール一族の面々が帰ってきた。しかし、それからレン達が呼ばれる事は無くずっと待たされ、現在ようやくお呼びがかかったのだ。4人とも既に気が抜けており、面倒くさい気持ちになっていた。ウラルなどは「もうブレイズールなど捨て置いて、帰ろう」と駄々を捏ねたりしていたが、レンが何とか説得して、渋々だが着いて来させた。
「申し訳ありません。当主様方も何やら想像だにしていなかった事態にあったようでして、皆様にはご迷惑をおかけします」
「全くじゃ!」
使用人の声にレンよりも先にウラルが答えた。それに使用人は肩を震わせ、眼が合わないようにレン達の方を向きながら顔を伏せている。レンは今なおブツブツと文句を言っているウラルの頭を撫でて取り合えずウラルを落ち着かせる。魔人であるウラルの不機嫌な声はブレイズールにいるとは言えとはいえただの使用人である彼女には少々刺激が強かったようだ。
「しかし、レン様。ウラル様の言う事ももっともではありませんか?招いておいていつまでも待たせるのは失礼です。レン様に対してあんまりな対応のように思います。そもそもここの者達は始めから・・・」
ウラルに続きユキまでも不満を言いだした。自分の主に対してブレイズールの今までの対応に相当不満に思っていたのだろう。それが今、爆発したようだ。ウラルだけでも怖がっていた使用人の彼女はユキが加わった事で眼に涙をため、今にも泣きだしそうになっている。
「お前達、不満は後で俺が聞くから落ちつけ」
レンは溜息交じりに2人を嗜める。2人はまだ言い足りないと言う様な表情だったが、レンの言う事に渋々ながら頷く。
「悪いね。大丈夫かい?」
レンは使用人の女性の近くに来ると手を差し出す。いつの間にか、恐ろしさに腰を抜かしていた使用人の女性はレンの手を涙目のまま茫然と見ている。
「君は確か隣のクラスの生徒さんだよね。ここで働いていたんだ」
使用人の女性は驚いた顔でレンを見返している。
「え、マジで?」
ジルが問い返してくる。
「そうだよ。気付かなかった?」
「気付くわけねぇーだろぉー。一々全校生徒なんか覚えていねぇよぉ」
レンの手を握りながら立ち上がる使用人の女性を見ながらジルが言い返す。
「名前は確か、リリス・ウェブエールだったかな?」
「は、はい」
リリスと呼ばれた使用人はレンに立たせてもらい、レンの問いかけに素早く頷く。
「よく使用人の名なんか覚えているなぁ」
「彼女は特別だからさ」
「ほぉーう」
ジルがいやらしく笑う。
「君はエルネール・ウェブエールさんの血縁じゃない?」
「え、お婆様をご存じなんですか?」
「まぁ、少しね。その話はまた今度。とにかく今は案内してくれるかな」
「あ、はい」
レンに言われ、リリスは「こちらです」と言って、案内を再会した。そして、少し歩いた時、一件の建物が見えてきた。その建物は外見からはただの物置のようにも見える。その建物には窓が一つも無く、辺りには光も無い。唯一の光は入口付近から立っている数十個の和灯の灯りのみで、それもぎりぎり足元が見えるほどしかない。そんな建物を見ながらレンはリリスに質問した。
「ウェブエールさん、この建物は?」
「あ、はい。この建物は外秘館と言いまして、ブレイズール一族内でも特に秘密にしなければならない話をする時に使われる屋敷です。そして、内外の光も音も何もかもがこの屋敷には届かないし、聞こえません」
「ふーん」
レンはリリスの話を聞き終わると、その外秘館と言う建物を眺める。
「レン、お前も知らねぇのかぁ?」
眺めているとジルが同じように建物を眺めながら聞いてきた。
「あぁ、ここでは自由に動く事を禁じられていたから知らない建物の方が多いさ」
「そうなのかぁ」
ジルはレンの言葉を聞くと納得したように頷く。
「しっかし、ここはすげぇなぁ。光も音も魔力の気配すら感じねぇ。こんな場所があるんだなぁ」
「そうだね。ルベリエールにも作ろうかな、こういう場所」
「無意味だと思うぞぉ。当主が当主だからなぁ」
レンはジルの言葉に笑いながら「そうだな」と答える。話しているとリリスが入口の前まで行き、「どうぞ」と扉を開けて招く。
「そんじゃ、行きますか」
レンはそう言いながら、建物内へと入ってく。レンに続き、ジル、ウラル、ユキが入ると扉を閉められた。建物無いに入ると、そこは漆黒の闇でその先に薄らとだがもう一つ、扉があるのが分かる。レンは迷い無くその扉を開くと、その先は座敷になっており、分家当主数名が左右に正座して座り、一番奥に本家の人間が鎮座していた。
「随分と遅かったですね」
「予想外の事があったのでな」
「そうですか」
「・・・我々が到着した時、術者は死にこれから魔力が送り込まれていた」
ヴァイアスはそう言うと懐から青いこぶし大の石を出し、レン達にも見えるように自分の目の前に置いた。
「魔石、ですか」
「そうだ。自然界の魔力が凝縮され結晶化した石。これが魔力の発生源だった」
「ふーん」
レンは魔石を見つめながら返事をする。
「それからもう一つ。こいつが魔石の近くにあった」
ヴァイアスがそう言って、使用人に持って来させたのは黒く塗装された棺桶だった。
「「うわぁー」」
それを見たレンとジルは渋い顔をして、それを見た。
「良く持って来たな、こんなもの。置いてくれば良かったのに・・」
「始めは私もそう思ってのだがな。これを見つけてその考えは捨てた」
そう言うとヴァイアスは懐から一枚の手紙をレン達に見せた。そこには、
『我、ブレイズールを生涯憎悪し続ける バン・エルメロイ』
と書かれていた。
「このバン・エルメロイという人物は?」
「我々の元同士だ」
「この一族の人間って事か。まぁ、貴方達がこの人に何をしたのか知らないが相当恨まれてたんだね。今も昔もやっている事は変わらない、か」
レンの言葉にヴァイアス達は渋った顔をした。
「じゃぁ、早速呪いを消しにかかるか。医者の用意は頼んだよ。俺に回復は出来ないからね」
そう言うとレンは他の三人を連れてその部屋から出て行くとメアリも立ち上がり、全体を見渡しながら、
「我々も行きましょう。今は過去の亡霊よりも優先する事があります」
「・・・そうだな。メアリ、シリカ、ホムラは私に着いてこい」
「「「はい」」」
「他の者は解散だ」
「「「はっ!」」」
ヴァイアスが全員に指示を出し終わると、メアリ達三人を連れてヴァイアスも急いで部
屋を出て、本邸に向かって向った。
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ヴァイアス達が部屋に着くと既にレンはイリアの隣に正座し、ジル達は邪魔にならないようにか少し離れた所に座っている。
「先生以外は少し離れていてもらうよ」
ヴァイアス達が部屋に入るとレンは手短に用件を言い、集中しているように眼を瞑った。ヴァイアスは言われた通りに医者の先生をレンの正面に座らせ、自分達はジル達とは少し距離を開け、正座した。
「それじゃ、始めましょうか。始めは頭頂部から徐々に下へ行きましょう。先生は出来たら俺の解呪した所からどんどん治していってください」
レンの言葉に正面に座る老齢の医師、バルボ・レイボ医師は頷く。それを確認し、レンはそっとイリアの顔の前に両手をかざし、ゆっくりと両手から魔力を放出し始めた。
「っ!!」
レンの両手から放出されている魔力を見つめ、メアリは息を飲んだ。魔力にはそれぞれ色があり、それは自身の髪の色と一緒である。つまり、レンの魔力の色は、白。滅多に見れる魔力ではないがそれでも息を飲むほどではない。メアリが驚いたのは色が白いからではなく、あまりにも純白だったからだ。
魔力にも純度と言う者は存在する。純度が高ければ少ない魔力量で魔法を発動させられるが、純度が低ければいくら魔力を送っても魔法は発動しない。そして、純度は感情によって大きく左右される。決意や決断、覚悟などと言った感情には純度が高く、迷いや悩み、不安と言った感情には純度が低くなる。
それをコントロールできてこそ一流の魔法師になれるのだが、それでも完全ではない。どんな一流にも完全にコントロールすることなど出来ない。せいぜい出来て純度70~80%が良いとこなのだが、メアリにはレンの放つ魔力はそれ以上に見えた。少なくとも90%以上の純度を保ちながらそれを事も無げに放出している。
「・・・すごい」
メアリは初めてレンの本質を見た気がした。さっきまで恐怖や悩み、罪悪感などに駆られる事もあったが、これがレン・ルベリエールなのか、と思うほどにレンの魔力には嘘が無かった。
ヴァイアスにもそれは十分に分かっていた。レンの放つ魔力に眼を向け、それをジッと見つめている。今ヴァイアスはレンとの約束の事を思い浮かべていた。屋敷を出立する前、門前でレンと交わした初めての約束、
(俺との一騎打ちを。真に命と命を賭けた戦いを申し込む、か。本当に強くなったのだな、レン。心も体も、私を恐れないほどに立派に成長した)
ヴァイアスはこの時初めてレンに父親の視線でレンを見た。
(私は父の言う事に従う事しか出来なかった。だが、お前は父である私に逆らった。私が撒いた種だとしてもそこに嬉しさを感じてしまうという事は私自身がお前をまだ息子と思ってしまっているという事なのだろうな)
ヴァイアスはレンに向けていた眼をゆっくりと閉じた。
(そうだな。私はもしかしたらお前に期待したのかもしれない。ブレイズールの今までの子と違う、掟から外れたお前に私は頼っていたのかもしれん)
ヴァイアスはそっと眼を開き、部屋の奥に掛けれれている掛け軸へ眼を向ける。掛け軸には鳥が太陽へ向かって飛んでいる絵が描かれている。レンの母、リサコが大好きだと言っていた絵だ。
(リサコ、私は今になってようやく分かった。お前との約束を破ってまでレンを追い出した理由。私はただ助けてほしかったのかもしれん。こんな一族から抜け出したかったのかもしれん。しかし、それは出来なかった。私にはそんな勇気は無かった。だからこそ私はお前に惚れ、欲した。どんな時も笑い、優しく、天真爛漫なお前は正に私にとっての太陽だった。そんなお前が欲しくて、期待して私は無理やりお前をブレイズールに連れてきた。そんなお前が死に今度はレンに期待した。全く勝手な考えがな)
ヴァイアスは小さく笑った。後ろにいたシリカとホムラは気付かなかったようだが隣で父親のそんな顔を初めて見たメアリは眼を瞠り、ヴァイアスに小さな声で尋ねた。
「どうかしましたか、お父様?」
「いや、ようやく分かったのでな。可笑しくなった」
ヴァイアスの言葉にメアリは茫然とした。そんな言葉ヴァイアスの口からは出るとは思わなかったからだ。茫然とした眼で見ているメアリを余所にヴァイアスは視線をレンに戻した。
(そうだな。リサコとの約束は何一つ守れなかったが、レンとの初めての約束。お前がそれを望むのなら、私は全力で相手をする。全力で・・・)
ヴァイアスは覚悟の決まった眼でレンを見た。睨むのではなく、蔑むでもなく、ただようやく出会った全力で戦える相手。最高のライバルへ向ける眼でレンを見つめた。その時、小さく笑う様な声が聞こえたような気がしたが、ヴァイアスも小さく笑う事で返した。
そして、イリアの治療は終盤に差し掛かっていた。
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空が白けてきた頃、ようやくイリアの全身の解呪が終わり、後は治療を残すのみとなった。
「後は任せますよ、バルボ医師」
解呪が終わるとレンは立ち上がりながら、バルボに言った。
「分かりました。お任せください、レン様」
「終わったのか?」
二人の会話を聞いていたヴァイアスがレンに聞いた。
「取り合えず解呪は完了。後は意識が戻ってからでなければ分からないでしょう」
「・・・そうか」
「少なくとももう命には別状は無い」
レンの言葉にヴァイアスとメアリ達三人は安堵の息を吐く。
「では、俺はいったん席を外すから意識が戻ったら呼んでください」
「何処かへ出かけるの?」
メアリが興味深げに聞いてきた。
「行きたい所があるんでね。それとも勝手に動かれるのは不味い?」
「そんな事は無いわ。でも、ここには今だに貴方に不満を持つ者はいるわ」
「別に敷地内をウロウロはしないさ。ただ、神飛山に行きたいと思ってね」
レンから言われた名にメアリ達は気まずい思いとなった。
神飛山はブレイズールの本邸の後方にある山でかつてそこには伝説の火の鳥が住んでいたとされる山でブレイズールの人間なら誰もがその山で修業し、腕を上げていく。しかしレンにとって、その山は故郷なのだ。物心着く前にその山に追いやられ、以来、他の子供達が無理矢理レンを敷地内へ連れて行く以外の時は、その山を探索したりして遊んでいた。そして、何よりそこにはレンを生み、育ててくれたリサコの墓があるのだ。
「少し墓参りに行ってくる」
「レン、俺達も行っていいかぁ?」
「私も良いでしょうか?」
「妾は無理矢理でも行くぞ」
ジル、ユキ、ウラルが次々と立ち上がりながら言った。
「あぁ、構わないよ。とは言っても、ただ墓参りに行くだけだよ?」
「構わねぇ―よ」
「じゃぁ、行こうか」
そう言って部屋から出て行こうとすると不意にメアリとシリカから声をかけられた。
「待ってください、レン」
「ちょっと待って、ルベリエール君」
二人同時に立ち上がり、レンを呼び止めた。
「何?」
「私も連れて行ってはくれないかしら」
メアリがレンを真っ直ぐ見ながら言う。
「なぜ?」
「貴方の育った環境に興味があるの」
「わ、私も。私も一緒に行ってもいい?」
自分も一緒に行きたいと言う二人を見て、レンはヴァイアスの方に視線を向けた。ヴァイアスはそれに首を縦に振って答えた。レンの住んでいた場所は立ち入り禁止になっている。子供の頃はそれを無視して進入してきていたが、今は違う。本来なら今のレンにはそんな事は気にすることでもないのだが、どうでもよくてもやはり少しは気になってしまう部分は残っていた。ヴァイアスから許しが出て、レンも構わないのなら断る理由は無い。
「お好きにどうぞ」
レンがそう言いながら部屋を出ていき、ほぼ無表情のメアリとホッとした表情のシリカがそれに続こうとした瞬間、二人の進路を一人の少年が塞いだ。
「お待ちください。メアリ姉様、シリカ姉様」
ホムラだ。ホムラは先の会談で頭は下げたが、それでも昔からの事はそう簡単に拭えるものでは無い。今だホムラの中には不満が残っているのだろう。
「姉様達は何故共に行こうとしているのですか。こいつは確かに母様を助けてくれた恩人かもしれません。けど、こいつは先ほどブレイズールに弓を引こうとしたんですよ?そんな奴と何故行動を共にしようとしているのですか!!」
ホムラが怒りの表情で二人の姉に詰め寄ってくる。
「ホムラ、貴方にも分かるでしょう?レンは確かに私達に弓を引きかけましたが私達にはそれを言う資格は無いのです。今あるのはレンに対し、私達は大恩があるという事だけ。それに・・・」
メアリはそこで言葉を詰まらせた。しかし、それは一瞬の事で、メアリはホムラを真っ直ぐ見つめ、言葉を続けた。
「それに、味方であろうと敵であろうと私達はレンの事を何も知らない。私達は知らなければならないのです。彼の事を・・・。それは私達の罰でもあるのだから」
優しく諭すようなメアリの言葉にホムラは悔しそうな視線を向ける。メアリの事を一番信頼しているのはホムラだ。だからこそメアリの言葉を否定することはホムラには出来なかった。また、自分がこういう時のメアリを止める事が出来ないことも良く分かっていた。ホムラは二重の意味での悔しさから黙る事しか出来無かった。
「お待たせしました」
メアリとシリカがレン達と合流すると六人は神飛山に向かう。夜も明け、太陽が辺りを薄ら照らし出していたので、歩くのには問題が無かった。山への入口は本邸の裏にあるので少し歩くだけで直ぐに見えてくる。入口には鳥居があり、道もちゃんと整備されているため、登るのも対して苦労は無い。
だが、六人の間には会話は無い。先頭を歩くレンも木々の影で出来た見えにくい道を迷わずに歩いているだけだった。
その後方で歩いているシリカは先の暗い道を見つめて、まるで真っ暗い闇に自ら向かっているような錯覚を起こしながらも自分から行くと言ったため、震える手足で何とか歩を進めている。その隣に並ぶメアリも、制服姿のシリカと違い着物を着ているため、歩きにくそうだが、それを感じさせない歩き方で歩いていた。
そうして、日が半分ほど出た頃に、目的の場所へと辿り着いた。
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