第2話 火の一族
どうぞ読んでください。
「がっ!! 熱い、あついー!!」
そこは、この国でも指折りの豪華な屋敷の庭。その端の方で、1人の白髪の少年が5人の紅い髪の少年達に追いかけられていた。少年達は全員、10歳位の年齢に見えた。
そんな少年達の目の前で白髪の少年は地面に倒れ、煙の上がっている体を地面に転がりながら擦り付けていた。そして、少年達の中で小太りの少年が高笑いしながら、手を上に上げていた。
「よっしゃー、また俺の勝ち!」
「ちぇっ、またダイキ兄の勝ちかよ」
「ハッハハハー!ふてくされるなイナキ、俺様が強いんだから仕方ない」
と、ダイキ・スフレーヌは弟のイナキ・スフレーヌに笑いながら言った。
「つーかよ、コイツが逃げるからいけないんだろ。ったく、使えねーな」
と、5人の中で一番身長の低い少年が、白髪の少年の腹部を蹴り上げた。
「うっ!」
白髪の少年は小さく呻き、咳き込んだ。少年の体はあちこち火傷しており、服も泥だらけになっていた。
「おいヴァリー、あんまり痛めつけると的にならなくなるだろ」
「大丈夫だよ、イルサ。また魔法で狙えば勝手に立ち上がるさ。それよりホルス、お前の魔法はいつまでたっても遅いな」
「しょうがないだろ、コイツが逃げるからいけないんだ。俺、走るの苦手なのに、ほんっとにムカつく、な!」
5人の中で1人遅れて来た少年、ホルス・ネイチャールが白髪の少年の髪を掴み、顔を地面に叩きつけながら言った。そんな様子を笑いながら見ているのがヴァリー・カキヌース、冷静な目で小さく笑っているのがイルサ・アイリス。2人はホルスによって顔を地面に擦り付けている少年を、ただ笑いながら見ていた。
「そんじゃ~、続きやりますか。おら、さっさと立てよ、レン」
ダイキはホルスによって、顔を押し付けられているレンの脇腹を蹴りつけた。
「グッッッッ!!」
レンはもう呻き声すら出なくなった声で悲鳴を上げた。
「もっ、もう許してください、お願いします。お願いします」
レンは顔を擦り付けられたまま、声にならない声で言った。その様子は既に子供のイジメの範疇を超えていたが、ダイキはレンの言葉に苛立ちを覚え、レンの腹部を更に蹴りつけた。
「ふざけるな、テメーみたいな魔法が使えない落ちこぼれが俺に意見してんじゃねーよ。ここブレイズール一族にお前みたいな落ちこぼれが役に立つ方法なんて、俺らの実験体になるしかねーんだよ」
ダイキはそう言いながら、レンを蹴り続けた。
「おい、ゲームは終わりにしてコイツに身の程ってのを教えてやろうぜ」
「ダイキ兄、それ賛成。コイツ、最近調子乗ってるからな。少し懲らしめてやろうぜ」
「はっはー、これはまた楽しそうだな。一発で落としてやる」
「ヴァリー、身の程を教えるなら一発じゃいけない。じっくり時間をかけてやっていくのさ」
「おー怖、イルサは根暗だからな。まー教えるのには俺も賛成だ。先ずは俺からでいいよな、な!」
5人の少年達は嬉々として話していた。そして、レンは既に朦朧としている意識の中で、最早何も言えず、何も考えられなくなっていた。
そんなとき、
「何をしているのですか?」
その場にとても透き通った声が響いた。5人の少年達は緊張した顔で声のした方へ振り向いた。
そこには、少年達より少し年が上の少女が立っていた。少女は赤い髪を腰まで垂らし、白い体に赤い着物を着ており、その後ろにはスーツの屈強な男を2人引き連れて立っていた。
「メッ、メアリ様!!」
少年達は緊張した面持ちでその場で直立不動の体勢をとった。
「貴方達は分家の者達ですね。今は訓練の時間のはずです。こんな所で何をしているのですか」
「申し訳ありません。時間の事を失念していました」
額にうっすら汗を滲ませている少年達の中から、一番落ち着いているイルサが代表して言った。
「次からは気をつけるように」
「はい。失礼します」
「「「「し、失礼します」」」」
イルサに続いて、他の4人も挨拶をし、その場を去って行った。そして、メアリは地面に倒れているレンに目を向けた。
「ブレイズール家の直系のくせに無様ですね」
メアリは眉を吊り上げ、レンを見下ろしながら言った。
「メアリ姉様」
レンは地面に押し付けられていた顔を少し持ち上げ、最早声を出すのが精一杯の状態で少女の名を呼んだ。それに対し、少女は吊り上げていた眉を更に吊り上げ、不愉快という顔をした。
「気安く呼ばないでくださる!貴方なんかに私の名を呼ばれるのは不愉快です。何故貴方がブレイズールの直系に産まれてきたのかしら?ブレイズールの恥ですわ。お父様も何故貴方みたいな落ちこぼれを何時までも飼っているのか理解に苦しみます」
少女は殺気の籠もった目でレンを見ていた。その少女こそ、ブレイズール家の直系にして、次期頭首の有力候補にして、レン・ブレイズールの義姉メアリ・ブレイズールだった。
そんなメアリの殺気の籠もった目をレンはただ受け止めるしかできなかった。
その時、後ろの方から少女の声がした。
「お姉様!」
メアリは声がした方へ振り向いた。そこには、10歳位の少女と7歳位の少年が手をつないで歩いてきた。
「シリカ、ホムラ。こんな所で何をしているの?今は宿題の時間でしょう?」
メアリはレンを見ていた殺気の籠もった目とは違い、優しい誰もが見ほれてしまう微笑みを2人に向けた。この2人はメアリの実の兄弟で、少女の名はシリカ・ブレイズール、少年の名はホムラ・ブレイズール。メアリ、シリカ、ホムラの3人とレンは異母兄弟だ。
「宿題が終わったので、残りの時間をホムラと散歩をしようと思ったらお姉様が見えたので追いかけて来ました」
「そう、なら一緒に行きましょうか」
メアリは笑いながら言い、2人は飛び跳ねて喜んでいた。その時、2人はようやく倒れているレンに気付き、レンに歩み寄った。
「あらお義兄様、また分家の人達に修行をつけてもらったの?羨ましいですね、私じゃー分家の人達に相手できる人がいないから、相手できる人がいるのは本当に羨ましいわ」
「僕達にはお父様がいるから大丈夫さ、シリカ姉様。でも、コイツの母親のリサコも役立たずを残して死んだもんですよ。ゴミを残してどうするんでしょうね」
レンを見ながらシリカは小さく笑い、ホムラは大笑いしていた。
「さぁ-2人とも、散歩に行くのでしょ?早く行かないと時間が無くなってしまうわよ」
「「はぁーい」」
メアリは微笑みながら2人に言った。そして、シリカとホムラを連れて行こうとしたとき、メアリは何かを思い出したかのようにレンを見た。
「そう言えば、先程お父様が探してらしたわよ。さっさと行きなさい」
メアリはそう言い残し、他を連れその場から去って行った。その場に放置されたレンは顔を地面につけ、口からは嗚咽を漏らし、肩を小さく震わせていた。
それから一時間後、レンは動かなかった体を何とか動かして自分の部屋に向かった。そこで、体の傷に応急処置をし、服を着替え、父親の部屋へ向かった。
その日、レンは全てを失った。
「父様、今なんと?」
そこはレンの父で、ブレイズール家の現頭首ヴァイアス・ブレイズールの部屋、外は大雨が降っていた。部屋内の空気は重く、ただ座っているだけで体力が削られていった。その部屋でヴァイアスは腕を組み、胡座をかいていた。ただ、その場に座っているだけでも、ヴァイアスの日焼けた肌、筋肉で覆われた体、鋭い眼光、燃え盛るように逆立った赤い髪は相手を縮込ませるには十分な迫力があった。そんなヴァイアスは少しずつ目を開き、目の前で正座しているレンを見て、重い声で言った。。
「貴様はもうブレイズール家にはいらん。所詮役立たずは役立たず、使えるまで鍛えようとした私がバカだった。今すぐこの家から出て行け」
レンは何を言われたのか分からなかった。頭が真っ白になり、目の前が真っ暗になった。
「話は以上だ」
そう言って、ヴァイアスは戸の前まで行き、戸を開けようとしたとき、ようやくレンは我に返り、ヴァイアスに向かって頭を下げた。
「お待ちください、父様。お願いします。私にもう一度チャンスを。お願いします」
レンは額を床に押し当てながらヴァイアスに言った。
「もう私と貴様は親子ではない。今後、父と呼ぶことは許さん」
ヴァイアスはそう言い残し、部屋から出て行った。しかし、レンも簡単に諦められるはずもなく、部屋を飛び出し、ヴァイアスの腕をつかみ、ヴァイアスの歩みを止め、その場にひざを折り、頭を下げた。
「お願いします。どうか、もう一度チャンスを」
それを見下ろしていたヴァイアスは、無言で歩みを再開させた。しかし、レンも立ち上がり、今度は腕を掴んだまま、頭を下げた。
「父様。どうか、もう一度チャンスを」
「離せ!」
ヴァイアスは腕を振り、レンを振り飛ばした。
それでも立ち上がろうとしたレンの髪をつかみ、レンの上半身を起こし、レンの腹部を膝で蹴りつけた。
「ガハッッッッ!!!」
少年達とは違い、大人の、それも筋肉で固められた体の蹴りはレンの体にめり込み、肺からは空気が一気になくなり、口からは血と胃液を吐き出した。しかし、ヴァイアスはそれだけに止まらず、蹴り上げたレンの体を上から拳で床に叩きつけた。床に激突した衝撃で、レンは意識を失いかけ、体を起こすことが出来なくなった。しかし、それでも何とか立ち上がろうとするレンを見て、ヴァイアスはレンの髪を掴み、もがくレンをブレイズール一族の出入り門へと引きずって行った。そして門を開け、レンを大雨の中敷地外に放り捨てた。レンは濡れた地面に転がりながらも何とか立ち上がり、ヴァイアスを見ながら、門の方へ歩を進めた。体はびしょ濡れで、口の周りには血の跡が残っていた。腹部を抑え、フラフラな状態でもレンは歩を緩めることはなかった。それを冷ややかな視線で見たヴァイアスは、
「2度と敷居を跨ぐことは許さん。その時は敵として排除する」
と言い残し、門を閉め、鍵をかけて去って行った。ヴァイアスが去っていく足音が聞こえるにも関わらず、レンは門の前まで行き、その場で膝をついた。そして、片手を門につけたまま、レンは大声を上げながら泣いた。今まで、ずっと我慢してきたが全てを無くした日、レンは初めて声を上げ、泣いた。その声は誰にも聞こえる事なく、雨音にかき消された。
ヴァイアスが屋敷に戻ると3人の兄弟が立っていた。
「お父様もようやく決心なさったのですね。あんな無能者、ブレイズールにはいりませんでしたからね」
「メアリ姉様、見ました?あの無様な格好。やっとブレイズールから消えてくれると思うとうれしいですね」
「同じ男でも僕はあの様な男にはなりたくありませんね。お父様がアイツを追い出した時、気分が晴れました。メアリ姉様とシリカ姉様はどうでした?」
「私も、よ」「そうね」
3人兄弟は笑いながら先程の様子を話していた。そんな3人を見て、ヴァイアスは静かに屋敷内に入り、
「黙れ!」
と、言い残し、歩いていった。そんなヴァイアスを見て、3人は笑うのを止め、目を見合わせながら父の後を追っていった。
大雨の中、レンはおぼつかない足取りで歩いていた。今のレンには何もない。お金もない、魔法もない、他家との繋がりもない、親もいない、友達もいない、帰る家もない。レンはただ呆然と歩き続け、いつしかそこは街からあぶれた人たちが集まるゴミ溜めに着いていた。
(ゴミ溜めか、今の俺には・・・いや、僕にはピッタリな場所だな)
レンは止まっていた足を動かし、ゴミ溜めの一角に腰を下ろし、ただ呆然と空を見上げ、そのまま眠りについた。
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