第16話 時が来た
読んでもらえれば幸いです。
今朝は清々しい陽気に包まれている。しかし、レンの心は何故かスッキリしなかった。今日は授業は無く、全学年集まっての合宿終了式だけで終わる。大抵の者はその後、各自普段はあまり使用できない学校の施設を使って魔法の訓練をしている。しかし、レンは別に魔法の訓練をするつもりが無いため、直ぐに帰ってこようと思っている。それでも、一応は学校に行かなければいけないため、レンは日課である朝の訓練をした後、シャワーを浴び、身支度を早々に済ませる。そして、食堂に行くとリサリーとジルが朝食を食べていた。レン自身は訓練前に朝食をとっているため、家を出るまでの間コーヒーを飲んで喉を潤わせている。
「おはようございます。リサリー姉様、ジル」
レンは短く挨拶をし、席に付くと使用人が慣れた手つきでいれたてのコーヒーを持ってくる。それをレンはゆっくりと飲み、喉を潤わせていく。
「レン」
コーヒーを飲んでいると新聞から目を離したリサリーが話しかけてきた。
「どうかしたんですか、姉様」
リサリーの深刻なそうな顔を見て、レンも自然と顔を引き締めた。
「これを見ろ」
そう言うとリサリーは自分が読んでいた新聞を投げて寄こしてきた。レンはそれをなんなく受け取ると、新聞に目を通す。
「これは・・・」
レンが新聞を読んでいるとある記事に目が止まった。
「どうかしたのかぁ?」
2人の様子を見ていたジルが気になったのか、レンの隣に来て新聞を覗き込んだ。
「そうかぁ」
新聞を覗き込んだジルが何か残念そうに言った。2人が見た新聞にはこう書かれていた。
”昨日の深夜、ウースの森にてフォルティス王国の国王一家が発見され、それを追っていた新生フォルティス王国軍によって、処刑された。処刑されたのは元国王アーサ・ロード・フォルティス、その妃であるサリー・メイス・フォルティス、その息子で第一皇子のアルンスト・メノウ・フォルティスの三名。処刑した軍の人間は「抵抗されたためその場で処刑するしかなかった」とコメントしている。その場には王に付き従っていた近衛騎士達の死体もあり、壮絶な戦いが起こったと思われる。そんな中、只一人逃げ延びたティーナ・エメル・フォルティス元王女は消息不明となり、軍は捜索範囲を広げての捜索を開始した”
レンはその記事を読み終えると静かに閉じ、ジルに渡した。
「ウースの森まで来て見つかるとは災難でしたね」
ウースの森はアルファスの隣国に広がる広大な森で、アルファスからも半日程度で着く所にある。レンは静かにリサリーの方に視線を向けると、リサリーはいきなり立ち上がり、何も言わずに部屋を出ていった。
「何にも言えなくなるさぁ。俺達はその人との関係は無いが姐さんにとっては関係ありまくりみたいだったしなぁ」
ジルは新聞から顔を上げ、リサリーが出ていった扉の方を見ながら呟いた。
「そうだね」
レンも小さな声で言うと、残っていたコーヒーを一気に飲み干し、席を立った。
「そろそろ行く時間だよ」
「オーライ。行きますかぁ」
ジルも立ち上がり、2人は食堂を出ていった。
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ルベリエール魔法学校には学校行事には必ず参加しなければならないという決まりごとがある。合宿終了式も例外はでは無い。いくら面倒くさいと言っても、行事に出なければ大きく単位が減らされる。これはリサリーが決めた事で、過去にたった一度行事をサボっただけで卒業させなかったという者がいた例もある。だが、今回の合宿終了式には参加人数が極端に少なくなっていた。特に一年生の所がガラ空き状態となっている。レンとジルは合宿終了式の行われる大講堂に並んでいる椅子に座りながら、それを静かに見渡していた。
「ま、無理もないかな。あの戦いの後、たった数日で完治して来れるわけもないか」
レンは静かに呟いた。一年生の席がガラ空きなのは先の戦いのせいだからだ。八割近くの生徒が倒れ、確かに死者は出なかったがそれ以外なら数えきれない人数が今だ予断を許さない状態にいる。そんな生徒達を思いながらもレンは気にした様子すらなく言い放ったのだ。
「そりゃぁ、そうだろう。そう言えば聞いたか、レン。あの戦いの事を世間は[鮮血の戦い]なんて呼ばれてるらしいぜぇ」
「鮮血の戦い?」
「あぁ。双方とも血を流し、更に戦場跡には赤い大地が広がっている。だから、そう呼ばれるようになったらしいぜぇ」
「くだらないネーミングだね」
「醒めてるなぁ。どうかしたのか?」
「今更興味無いね。もう終わった事だから」
「かっこいいねぇ。でも、あちらさんは違うみたいだぜぇ」
そう言うとジルは反対側に座っている三年生の方に視線を向けながら言う。レンもチラリとそちらの方に視線を向ける。すると、此方を凝視している者やチラチラと見ている者がいた。
「その鮮血の戦いの詳細を知られたのかな」
「そりゃぁ、そうだろぅ。ここ最近では一番の大事件になったからなぁ。誰でも詳細を知りたくもなるさぁ。もしくはウラルの事が関係しているのかもなぁ」
「ま、絡んでこない限り興味無いね」
「じゃぁ、あちらの方のは気にしているかぁ?」
ジルは視線を動かさないままいきなり別の人間の話に変える。レンにはそれが誰の事か分かっている。レンはジルの言葉を聞いて、顔を動かさないまま視線を後ろに向ける。
そこにはシリカが座っている。顔は暗くてよく見えないが此方に視線を向けている事は分かった。
「何見てんだろうなぁ」
「さぁね」
レンは短く答えると視線を正面に向けた。すると、壇上には先生が既に上っており、合宿終了式が始まった。
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レンは合宿終了式で先生達の話を肘を付きながら聞き流していた。隣ではジルがだらけた格好で寝息を立てながら眠っている。それでも合宿終了式が進んでいき、数時間たつとようやく終わりを迎えた。
「起きろ、ジル。終わったぞ」
レンは隣で寝ているジルを揺する。しかし、ジルは起きる様子が無く、そんなジルを見てレンは呆れたように溜息をついた。すると、後ろの方から1人の生徒が近づいてきた。レンがそちらに視線を向けると近づいてきたシリカが少し立ち退き、しかし意を決したように更に近づいてきた。そして、レンの正面まで来ると引き攣った顔でシリカはレンをしっかり見つめてきた。
「何か?」
「・・・あの、この後時間ありますか?」
シリカはほぼ棒読みで聞いてきた。
「ありますが・・・」
そんなシリカにレンは坦々と答えた。
「話したい事があります。校門まで来ていただけますか」
緊張したように言うシリカにレンは冷ややかな視線を向ける。そして、少し考えると・・
「いいですよ」
と、レンは答えた。
「待っています」
シリカは小さく息を吐くと堅い動きでその場を去って行く。そんなシリカをレンは見送るとジルに視線を戻した。
「盗み聞きかい?」
「ちげーよぅ」
レンの質問に狸寝入りをしていたジルは目を開けてレンを見返してきた。
「行くのかぁ?」
「行くよ。その時が来たってことだろうね」
「そっか。そんじゃぁ行くとしますか」
ジルは椅子から立ち上がる。そして、2人は大講堂の入口へと向かい歩き始めた。
レンとジルは教室に戻ると荷物をまとめ、校門へと向かった。その間、2人の間には会話は無く、かと言って重苦しい空気にもなっていない。玄関を抜け、校門が見えてくるとそこにはシリカだけがおり、レンを待っている。レンとジルが出てきたのに気付いたシリカはレンの方に体を向けた。そして、レン達はシリカの正面まで行くと立ち止り、シリカの視線を正面から受け止めている。
「待っていました」
レンを見ながらシリカが口を開く。
「それで話とは?」
レンは早速本題に入る。シリカは少し気まずい顔をするとゆっくり口を開いた。
「実は我が一族の当主から貴方を呼んでこいと言われました。来ていただけますか」
当主と聞いた瞬間、レンの眉間に小さな皺が浮かぶ。シリカは気付かなかったようだが、長い付き合いのジルには容易に分かった。
「いいでしょう。今すぐ行くんですか?」
「えぇ。迎えがあと少しで来るから待っていてください」
言い終わると同時にお迎えが来た。そして、3人はブレイズール家に向かう。沈黙が訪れる中、レンは1人過去を思い出していた。
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