第12話 掃討開始
どうぞ読んでください。
「おっせぇーなぁー」
太陽はとっくに沈み、夜が十分に更けた頃高台で見張っていたジルが愚痴るように言った。とは言っても、ジルは見張りをせずに夜空を眺めているだけで、見張りをしているのはレンだけだった。
「なぁー、別にこんな所で待っている必要は無いんじゃねぇ―のかぁ?」
ジルはそう言いながら、隣で刀を抱えているレンに視線を向けた。
「そうかもしれないけど、あのままあそこにいたらうるさそうなのが絡んできそうだったからね」
レンはただ淡々と答えた。そんなレンを見ながらジルは深いため息をついて、夜空へ視線を戻した。
「おい、本当に大丈夫なのか?」
そんな事をしていると後ろに立っていたゴルバ・シギールが話しかけてきた。ここには現在レンとジルの他に、ゴルバ・シギールとウリウス・べリストがいた。
「何がですか?」
「だから、本当に2人だけでギガントスと黒死狼を相手出来るのかを聞いているんだ」
「愚問ですね」
声を荒げて聞いてくるゴルバにレンは呆れたように答えた。すると、それにジルも続いた。
「そうだぜぇ、先生。気にせずに寝てりゃーいいじゃねーかぁ。にしてもおせーなぁー」
「確かに遅いね。ルピヒュルの村だからここからそんなに遠くでも無いんだけどね」
ゴルバの事など気にもせずにレンとジルは話していた。そんな時間が続き、何かするでもなく、レンとジルは同じ態勢のまま、敵が来るのを待っていた。ゴルバとウリウスも何するでもなく石の上に座り、何やら話していた。しかし、魔物は一向に現れる気配がなく、夜がどんどんと明けてきた。
「おぃおぃ、空が白んできたぜぇー。そういやぁー他の生徒達は何してるんだ?」
「全員食堂に待機させておる。いつ襲撃があるか分からんからのぅ」
何気ない質問にウリウスは真剣な顔つきで答えた。
「あらら、それはそれはご苦労なこってぇ。休ませてやりゃーいいじゃねぇーか」
「そうはいかん。お前達が何するか知らんが、お前達が駄目だったら生徒達にも戦ってもらわねばならんからの」
ウリウスは2人の事を信じていないような口ぶりで答えた。しかし、ウリウス自身生徒達だけで戦えるとは思っていなかった。黒死狼だけで約半数が倒れたのだ。中には意識不明の生徒、腕を落とされた生徒、何か所も骨折をした生徒などの重傷者も多い。しかし、そんな状態でも今だ死者が出ていないのはルナシス・ルーナリアのおかげだったが、今度は黒死狼よりも強大なギガントスなのだ。死者が出ないなんてことはまずあり得ない。全滅してもおかしくないとウリウスは思っていた。
「信用ねぇ―なぁー」
そんな事を言いながらジルは山の向こう側から登ってきた日の出を眺めた。すると、レンが唐突に口を開いて、ゴルバとウリウスに言った。
「俺達に頼らず、生徒達を戦わせるのであれば、今すぐ起こしてきた方がいいですよ」
「何?」
「来ましたよ」
レンは先の戦いで荒れた草原の先を指さしながら呟いた。ゴルバとウリウスが同時に視線をレンが指さした方に向けると、朝日で目をしっかり開けられなかったが、そこには黒く、大きな影がいくつもあった。影はゆっくりだが確実にこちらに向かって来ていた。ゴルバとウリウスに緊張が走った。
「シギール先生、急いで生徒達を連れて来てくれ」
「は、はい」
「そんな必要ねぇ―のにぃ」
「いいんじゃない?俺達には関係の無いことだよ」
「確かにそうだなぁ」
レンとジルは立ちあがりながら呟いた。
「んでぇ、どうすんだぁ?」
「簡単に済ませよう。ジルがいって、残りは俺がやるよ」
「この数じゃぁ、全魔力を使ってやるしかないよなぁ」
「いいじゃないか。面倒臭い後始末は俺なんだから。・・・それに黒幕も俺がやることになるしね」
レンの付け足された言葉にジルとウリウスは反応した。
「黒幕ぅ?」
「なんじゃ?それは」
ジルとウリウスの質問にレンは無言だった。そんなレンを見て、ジルは息を吐き話を口を開いた。
「とにかく、俺がどでかいのをぶつけて、生き残ったのはお前が片付けるってことでいいんだなぁ?」
「あぁ」
戦い方の方針を固めた2人は構えるでもなく、自然体のまま魔物の大群を見つめた。魔物の姿は最早ハッキリと見えていた。
「なるほど。ギガントスのスピードに黒死狼は合わせていたんだね。それなら遅いはずだ」
「あぁ。ギガントスは俺も初めて見るが、想像以上に鈍かったなぁ」
「その分、パワーが凄いらしいけどね」
「それはお前が気をつけておくことだろぉ?お前は接近戦を仕掛けるんだからなぁ」
2人が話しているとゴルバが生徒達を連れて戻ってきた。そして、ゴルバは息をきらせながらウリウスに言った。
「べリスト先生、全員連れてきました」
「ご苦労じゃった」
「また、戦いか」
「もうやだ」
「帰りたい」
「ここで全員殺されるんだ」
「死にたくない」
生徒達の中には無理やり連れてこられ、泣きだす者たちすらいた。それを見たウリウスは何も言えずに黙していた。
「うるせ―ぇ、少し黙ってろ。・・・んじゃ、始めるかぁ」
「そうだね。それじゃ頼んだよ」
「まっかせとけぃ」
そう言いながらレンは下がり、代わりにジルが前に出た。すると、ジルは片手にはめているレベリー結晶に触れ、精神を集中させた。
「彼は何をする気なの、レン」
ジルによって沈黙した空間の中から、好奇心が勝ったのかメアリ・ブレイズールが口を開いた。
「直ぐに分かりますよ」
レンは簡潔にハッキリと答えた。その間にもどんどん近づいてくる魔物を見て、生徒の中には震えで立っていられなくなり、座り込んでしまう者、ギガントスが歩くことで生じる振動に小さな悲鳴を上げる者がいた。
「準備完了だ。放つぜぃ」
「分かった。じゃ、戦闘開始だ」
昨日の戦闘に比べて随分と気の抜けた号令だった。しかし、その後に起こった現象には生徒達はもちろん、教師陣ですら驚きを隠せなかった。
ジルの魔力がレベリー結晶に注ぎ込まれた瞬間、十の魔法陣の断片が生まれた。そして、その断片の魔法陣が合わさり合い、一つの魔法陣として完成した。
「なっ、何だこれは」
ウリウスから漏れた言葉を無視し、ジルは魔法を発動させた。
「流れろ、黄河の岩石よ、生命を飲み込め《流砂岩波》」
ジルが呪文を唱えた瞬間、ジルの前方を下から登ってきた砂や岩の壁が覆った。そして、それは前方に倒れて行き、大きな津波となって魔物に向かっていった。まさに一瞬だった。ジルが発動した砂や岩の大津波は五千もの魔物を飲み込み、草原すら飲み込んだ。
「え?」
そんな光景を見ていた生徒と教師は何が起こったのか分からなくなっていた。しかし、ジルはそのままもう片方の手にはめていたレベリー結晶に触れた。すると、そのレベリー結晶からも先ほど同じように断片の魔法陣が生まれ、一つの魔法陣となった。
「震えよ、大地は潰れ、生命を地に返せ《激震埋葬》」
ジルが魔法を発動させた瞬間、先の魔法のせいで盛り上がっていた大地が大きな音を立てながら元々の高低差の大地へと下がって行った。
「うおおおおおおお!!」
ジルは叫びながら大地をどんどん潰していった。レンはその光景を静観し、生徒や教師達は目や口を広げ、驚きに我を忘れていた。魔法によって生じた振動が収まる頃には、綺麗だった草原は砂と岩の大地に変貌していた。それを確認するとレンはジルに近付いて行った。すると、ジルの体は揺れ、その場に崩れそうになった所をレンがジルの背を受け止めた。
「お疲れ様」
「あ、あぁ・・・・・」
レンは受け止めたジルに労いの言葉を言うと、顔中汗だくのジルはぼんやりした目をレンに向けて返した。
「何が起こったというの?」
今だ驚きから我を取り戻せていない生徒や教師達の中でいち早く我を取り戻したメアリが言った。
「アースガンよ。お前最上級魔法を使えたのか」
メアリに続いて我を取り戻したゴルバがジルに聞いてきた。ジルはレンの肩を借り、何とか立ちあがると、近くにあった木にもたれかかるとぐったりと瞳を閉じた。そして、代わりにレンが答えた。
「いえ。今のは最上級魔法ではありません」
「何じゃと!!じゃが、しかしアースガンは流砂岩波、激震埋葬と言っておったではないか。どちらも最上級魔法じゃ。それにレベリー結晶では最上級魔法は扱えないはず、ならば本人の力としか考えられん」
「技術は日々進化しています。レベリー結晶でも最上級魔法を使えるようになりましたが今のはせいぜい上級魔法並です。なかなか上手くはいかないようですね」
ひとり言のように呟くレンの背中は最早質問を受け付けないというような空気を醸し出し、ゴルバやシリウスもそれ以上質問できなくなった。
「レベリー結晶がそこまで進化していたなんて初めて聞きましたわ。しかし、何故レンは私達すら知らないことを知っているのかしら」
そんな中でメアリは小さな声で言った。おそらくそれはこの場にいる誰もが思ってことだろう。レベリー結晶は今や魔法師達の必須アイテムになり始めている。レベリー結晶の新情報ならいち早く自分達の耳に来るように誰もが何かしらの手を打っているはずだ。それなのに今レンが言ったことはこの場にいる者達の誰も聞いたことが無い情報だとメアリなら表情から簡単に分かった。その事に思案しているメアリの隣で理由を知っていたシリカとリエラは他とは違い物言いたげにレンを見つめていた。
「とにかく、これでだいぶ片付いたな」
そう言いながら砂と岩だけとなった大地を見つめながらレンは言った。
「で、ではこれで終わったのか?」
「いえ、まだです」
一瞬、歓声が湧きあがろうとした所にレンはハッキリと答えた。
「良く見てください。ジルの力で大分数は減りましたが、それでも耐えた魔物もいるようです。それに予想以上にギガントスが残っていますね」
「ならばどっちにしろワシらは戦わねばならんと言う事じゃろ。アースガンはもう戦えないのか?」
「無理ですよ。流石に強力な魔法を二つも使ったんです。魔力切れでもう立つことすらできないでしょう」
「そうか。じゃが一気に数は減ったんじゃ。今ならなんとか出来るかもしれん。急いで戦闘準備をしよう」
「必要ありませんよ」
「と言うか邪魔だからこの場にいてくださいね」
レンはそう言い残すとその場を離れ、魔物の残党の方へ向かって歩きだした。そんなレンを呆気にとられて見つめていたウリウスは小さく嘆息し、ゴルバに言った。
「あ奴が何を考えておるのか知らんがとにかく戦闘準備じゃ」
「は、はい」
「必要、ねぇ―よ」
とにかく戦闘準備をさせようとするウリウスを木に背を預けていたジルが止めた。
「何故じゃ。さっきからお主らは、必要ない必要ないと言ってその理由を言わん。何故大丈夫なんじゃ」
「あいつが出るんなら、残りの魔物を、片付けてくれるさぁ」
切れ切れに喋るジルにその場にいた全員の視線が集まった。
グウォ―――――――――――!!
その時、魔物の咆哮が聞こえてきた。全員の視線がジルから外れ、砂漠となった大地に視線が集まった。するとギガントスが砂の中から次々と上体を起こしているのが見えた。どうやら黒死狼は先のジルの魔法で全滅したようだが、ギガントスは体に傷を負っただけで戦闘不能の状態にすることが出来ず、傷つけられたことに怒り威嚇のごとく吠えていた。その光景を見た生徒と教師は顔を青ざめた。しかし、ジルだけはその光景をただ静かに見つめ、鼻で笑った。
「ジル・アースガン。さっきの事はどういう意味かしら」
ジルは視線を戻すとシリカがジルにきつい視線を向けて聞いてきた。
「何がだぁ?」
「あいつが行けば大丈夫と言う事よ」
「その言葉のとうりだがぁ?」
「そんな事信じられるわけないじゃない。私はあいつを子供の頃から知っているけど魔法が使えない無能者なのよ!確かに科学者としては優秀かもしれないけどギガントスを倒すなんて到底出来るとは思えない」
「私も同意見です」
「俺もだ」
生徒達の中から頭に包帯を巻いたイルサと両腕に包帯を巻いたダイキと両腕・両足に包帯を巻いたホルヌが出てきて、シリカに同意した。
「あいつは基本魔法すら使えない上、運動音痴の弱虫だぜ?こんなさっさと退かした方がいいと思うけどね」
「えぇ。私も同じ意見ですね。それにあいつ1人にギガントスを任せた揚句、こちらが何もしなければこちらが痛い目を見ます。邪魔だからさっさと下がらせたほうがいいと思います」
「オラもそう思う」
次々に言われる言葉にジルは笑みを浮かべて笑った。
「お前らが知っているのは、ガキの頃のレンだろぉ?」
「それが何ですか?」
「お前らの事だから、ここ数年のレンの事なんか、気にした事すら、なかっただろぉ」
「どういうことか聞かせてもらえるかしら」
ブレイズールの面々の中からメアリが代表して聞いてきた。
「俺が、初めてあいつに会った時、正直俺は怖かったぜ」
「怖かった?」
「あぁ」
グウォ―――――――――――
話を聞いているとギガントスの鳴き声が聞こえてきた。生徒と教師達はジルの話に意識が集中し、ギガントスの存在を忘れかけていた。全員が急いで視線をギガントスに向けたが、そこで生徒と教師達は信じられない現象を目の当たりにした。とてつもない巨体を持っているギガントスが、縦に真っ二つにされていたのだ。リンゴを包丁で切るかのごとく綺麗に真っ二つになっていた。そんなことはあり得ない、出来るはずがないと思いながらも全員の脳はギガントスが真っ二つにされたのだと言う事を認識した。そして、その足元にはレンが刀を抜き、構えも取らずに佇んでいた。そして、先ほど聞こえた咆哮は怒りに任せて吠えていたのではなく恐怖に叫んだのだと今になって理解した。その場にいる全員が驚くことすら忘れ、茫然とその光景を見つめていた。
「これが、今のレンの力さぁ」
全員が茫然としている中で、ジルは笑いながら言った。
「あいつにとって、ギガントスも、黒死狼も敵じゃねぇ。これが、お前らの知らねー、この国最強の魔法師、レン・ルベリエールの力だ」
そう宣言するジルの言葉を聞きながらブレイズールの面々を始め、誰もがその光景から目が離せなくなっていた。レンは只佇んでいるだけなのにギガントスは襲いかかることすら出来ずにレンが一歩近づくにつれ、悲鳴を上げながら一歩、また一歩と後退をしていた。それでも少しずつレンはギガントスとの距離を縮めていった。
グウォ―――
すると今度はギガントスが自棄になったようにレンに襲いかかってきた。右手に持っている特大の金棒を振り上げた。レンはそれを見て、刀を横に振った。すると、ギガントスは金棒を振り上げたまま硬直し、上半身のみが地面に落ちた。下半身もグラグラと揺れ、倒れた。
「何が起きているの?」
力なく呟くように言ったシリカの言葉は今全員が思っている事と同じだった。すると、全員の疑問に答えるようにジルが口を開いた。
「お前らはぁ、属性魔力が、全部で何種類あるか、知ってるかぁ?」
「10種類でしょ?」
また全員の視線がジルに集まり、その中からメアリが答えた。その答えにジルは顔を伏せ小さく笑った。そうして笑い終わると顔を上げ、全員に視線を向け、口を開いた。
「はずれだ」
「え?」
「この世界には、属性魔力は10種類じゃない。全部で、11種類あるのさぁ」
「馬鹿な。そんな事あるはずがない。この世界に存在する属性魔力は10種類だ。過去、何人もの科学者がそれを証明している」
全員が驚く中、ゴルバがジルの言葉を否定した。だが、ジルはゴルバの言葉を笑い飛ばし、話を続けた。
「そうだなぁ。過去の科学者達は、自分達も使えるにも関わらず、それを属性魔力の枠内に入れなかった。だが、それは間違いなく属性魔力に属している。お前らだって使った時があるだろぉ。魔法陣を消す時に使う魔力、それが11番目の属性魔力さぁ」
全員が驚き半分、呆れ半分といった顔をした。その中で完全に呆れたような顔でシリカやイルサ達が反論してきた。
「そんな事出来るわけないわ。その魔力は確かにどの属性にも属さない魔力だけど、それは魔法陣に対してだけよ。魔法や人、ましてや魔物を倒せるとはとても思えない」
「俺も同感だ。下手をすると一生使わないような魔力をとても11番目の属性魔力とは言えねーよ」
「私も同意見です」
「オラも」
シリカの後にダイキ、イルサ、ホルヌが続いた。しかし、ジルはそんな4人を見て、ニヤリと笑い、レンの方に顔を向けた。
「お前らの考えは分からなくもない。俺も始めはそうだった。だが、11番目の属性魔力は存在し、実際にその力で戦っている奴がいる。それがレンさ」
「なっ!!」
全員がレンに視線を向けた。
「11番目の属性魔力、それを俺達の間では分離の魔力と呼んでいる」
「ぶ、分離の魔力ですか?」
「あぁ。分離魔力はその名の通り結合している物を引き離す。だからこそ魔力を結合させて生まれる魔法陣を消せる。だからこそレンは魔法が使えなかったのさぁ」
「どういう事?」
ジルの言葉にメアリ、シリカ、イルサ達が反応を示した。
「本来、分離魔力は1人当たり平均で一割も無く、俺達は魔法を生み出す時、魔法を消す時、無意識の内に魔力を使い分けている。だからこそ魔法を発動できるし、消すことも自由にできる。だが、レンの場合はその逆。あいつは魔力の九割以上、いやほぼ全てが分離魔力なのさぁ。だからこそ魔法陣を生み出しても分離魔力のせいで魔力が結合せず霧散してしまう。だからレンは魔法を発動することが出来なかったのさぁ」
全員が絶句した。絶句するしかなかった。全員の視線の先にはギガントスを次々と殺しているレンの姿が映っていた。
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