第11話 戦争の開戦
どうぞ読んでください。
合宿場全体に鐘の音が鳴り止む頃、生徒達は訓練場に整列して待機させられており、レンとジルも既に他の生徒達と合流していた。生徒達は各々現状の状況をそれぞれ推測したり、前に立っているルナシス・ルーナリアに質問したりしていたが、ルナシスは「静かに整列していてください」としか言わなかった。
「シリカさん、一体何が起こっているのでしょう」
リエラは不安そうに自分の両手を体の前で組んで、隣にいるシリカに聞いた。
「分からないわ。ただ先生達のあの慌てようは尋常じゃない」
シリカの真剣な眼差しにリエラは更に不安の色を濃くした顔でシリカを見ていた。
「それに・・・、授業をサボっていたあの2人が走って合流してきたことを考えると、あの2人は状況を知っていると言う事。そして、異常事態と言う事よ」
シリカは真剣な眼差しを少し離れたレンとジルに向けた。リエラはいよいよ泣きそうな顔で息を飲み込み、シリカの視線の先を追った。
そうしていると、校舎から教師達と管理人のセネール・ベルナディンが出てきた。そして、教師達とセネールが生徒達の前で足を止めると、その中からゴルバ・シギールが一歩進み出て生徒達を見渡した。そして・・・、
「まず全員に報告しなければならないことがある。それは、現在北よりこの合宿場に向かって魔物の大群、約一万が向かってきている」
生徒達の間にどよめきが生じた。
「ここより先には北方の大都市[ノルシス]があり、そこには王立魔法師団第一支部があるが、現在東の大都市[イルエス]との合同演習でほとんどの魔法師が東に行っている。そのため、支部には最低限の戦力しか揃っていないらしい。そこで、支部から「この場所で魔物を殲滅してほしい」と通達が来た」
生徒達のどよめきが更に大きくなった。そんな中、1人の男子生徒が手を挙げてゴルバに聞いてきた。
「そ、それは僕達だけで魔物を倒せってことですか?」
「そうだ」
挙げた手が震えているのに気付きながらも、ゴルバははっきりと言った。
「む、無理です。数十体位ならなんとかなるかもしれませんが、私達は実戦経験も魔物退治の経験も無いんですよ?そんな状態で一万もの魔物と戦う事なんて無謀としか言えません」
手を挙げていた男子生徒は堪らず、教師達に向かって叫んだ。それは、生徒達全員が思っていた事だった。ほとんどの魔物退治の場合、最低でも一匹に対し、2・3人のチームで倒すのがこの国での魔物退治だった。つまり、今回の場合は2・3万の魔法師が必要になる。それなのに今回の魔法師は実戦も知らない魔法師の卵で生徒達の約32倍の魔物が相手となるのだ。誰もが「そんなこと出来るはず無い」と思っていた。しかし、ゴルバはその生徒の言葉を目を閉じたまま聞いた後、ゆっくり目を開け、静かに答えた。
「お前達はルベリエール魔法学校の生徒で魔法師だろ、自信を持て。それに最悪と言うにはまだ早い」
ゴルバは生徒達を見渡しながら小さな笑みを浮かべて言った。
「今回の作戦指揮は実戦経験のあるウリウス・べリスト先生にお願いできる上、理事長からこちらに二年生を向かわせると連絡もあった。更に一万の魔物が向かって来ているのは事実だがいきなり一万の魔物が襲ってくるわけではないようだ」
ゴルバがそう言うと隣にいたガイウス・ローランに持ってきた地図を開かせ、ゴルバが続けて話した。
「どうやら今回の魔物達は長距離を移動して来たらしい。そのせいで足並みが揃っておらず、バラバラになりながらこちらに向かって来ているらしい。これなら乱闘にならずに各個撃破出来ると考えられる。初めに遠距離魔法で出来るだけ数を減らし、近距離魔法で一気に殲滅する。これなら被害は少ない。分かったか?」
「はい」
男子生徒はまだ不安がぬぐえないような顔をしていたが先ほどよりは明るくなった顔色で返事を返した。それに満足したようにゴルバは一回頷き、更に前に出た。
「迎え撃つ場所はこの先にある高台。そこで魔物共を迎え撃つ。行くぞー」
「「「「「おーーーーーー」」」」」
教師達と生徒達が気合が入るように叫んだ。しかし、レンはそれに乗らず、ただ何かを考えていた。
(おかしい。ノルシスが目的なら他にもルートが存在するのに、何故このルートを選んだんだ?)
「どうかしたのかぁ?レン」
取り合えず便乗して小さく叫んでいたジルが隣が静かな事に気付き、隣にいたレンに聞いてきた。
「なー、なんで魔物達はこのルートを選んだと思う?」
「あぁ?そりゃー巣からまっすぐ行けるからなんじゃねぇーのぉー?」
「この先に魔物の巣があるなんて聞いたことが無いし、長距離を移動して来たんだぞ?それに魔物達は魔力を敏感に感知する。これだけの生徒達の魔力を感知出来なかったとは思えない」
「確かに・・。じゃーこのルートを選んだ理由って一体・・・?」
真剣な眼差しで言ってくるレンにジルは自分の考えが甘かったこと気付いた。そして、ジルは顎に手を当てて考え始めた。すると、直ぐにジルがハッとなってレンを見つめ返した。
「おいレン。魔物共の狙いってまさか・・・!!!」
「可能性はある。その考えが当たっていたら俺達は魔物を侮り過ぎていたかもね」
レンとジルが話している中、生徒達は教師達を先頭に魔物を迎え撃つ高台へ移動して行った。
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「第一部隊、配置完了しました」
静まり返る空気の中、シリカはウリウス・べリストに走り寄りながら言い、ウリウスは小さく「分かった」と言った。ウリウスは今回の作戦で学生達を四つの部隊に分けた。
第一部隊は遠距離魔法を得意とする部隊。この部隊の隊長にはシリカ・ブレイズールが任された。生徒ではあったが実戦経験もあり、成績優秀者であるシリカに誰も文句を言わずに納得した。始めはウリウスがこの部隊の隊長になるはずだったのだが、各部隊の指揮があるためウリウスはシリカに任せたのだ。
『こちら第二部隊、配置完了』
ウリウスの発動させている水を使った遠距離通信魔法でガイウスが配置完了の報告をした。ウリウスはそれに、「分かった」と一言だけ述べ、通信を切った。
第二部隊は近距離魔法を得意とする魔法師が集められた。部隊長はガイウス・ローランが任された。真正面から魔物と対峙する危険な部隊のため、教師であるガイウスが任された。これには第二部隊に配置されたミクサ・イフルートが駄々をこねたが、何とか納得させ、ガイウスの指揮下に渋々入った。
『第三部隊も配置完了しました』
更にルナシスが答えた。ウリウスはこれにも「分かった」と言うだけで通信を切った。
第三部隊は医療部隊。部隊長はルナシス・ルーナリアだ。これには誰も文句なく、「当然だ」と全員が思った。ルベリエール魔法学校の保険医で、月魔法最強のルーナリア家。文句の出ようも無かった。
『こちらも配置完了です』
最後にゴルバの声が聞こえてきた。それを聞いたウリウスは、今度は遠距離通信魔法で全部隊に向かって、「全部隊配置完了した」と答えた。
第四部隊は最終防衛ラインを守る部隊で、部隊長にはゴルバ・シギールが任された。この部隊は前線で取り逃がした魔物の掃討を担当する部隊で、防御系・攻撃系魔法の使い手を合わせた部隊だ。魔物に対する最後の防波堤となる部隊がこの部隊だ。
「全部隊、現状のまま待機じゃ」
ウリウスは全部隊に指示を出し、正面を見続けた。正面には森があり、その先には草原が広がったいる。第二部隊はその草原に配置され、その後ろの森には第一部隊半数と第三部隊半数が配置された。第二部隊への援護のためだ。そして、残る第一部隊の半数は森の後ろにある高台に配置され、第三部隊の半数と第四部隊は合宿場付近に配置された。ウリウスも本来ならば様々な策を用いて、生徒達を出来るだけ最小限の被害で済ませたかったのだが、ここは山の麓で、目の前には広大な森と草原が広がっているため、策を隠す所も準備する時間も無かったのだ。そのため、正面から対峙するしか無かった。ウリウスはそれが申し訳なく感じていた。すると・・・
『こちら偵察班、魔物を視認した。数は約二百、二キロ地点まで接近』
レンの声だった。レンは部隊編成の時、「俺は魔法が使えないので魔物が接近してきた時の報告係をします」と言いだした。それはウリウスからすれば嬉しい申し出だった。ウリウスは今回の偵察班は超少数の人数に任せ、残りすべての戦力を迎え撃つのに使おうとウリウスは思っていた。しかし、偵察班は魔物と一番初めに当たるポジションになる。そんな所誰もやりたがらないし、教師が指名で生徒を危険な場所に行かせるわけにもいかず、結局貴重な戦力である教師陣の誰かにやってもらおうと考えていた矢先にその申し出があったのだ。「本当にいいのか?」とウリウスが何度言ってもレンはニコニコしながら首を縦に振った。しかし、只でさえ危険な偵察に生徒であり、更に魔法も使えない生徒に行かせるのは危険と言う事、そして大事な偵察を1人に任せるという不安からウリウスは1人の護衛をつけることにした。それでもまだ不安はあったが・・・。
「報告ご苦労。そっちは大丈夫か?」
ウリウスはレンのいる草原に生えている大杉林の方を見ながら聞いた。二キロ先と言う事はもうすぐ視認できる距離まで来ていると言う事だ。
『一匹の黒死狼が襲ってきましたが、何とか大丈夫です。護衛が役に立ちました』
「了解じゃ。そのまま偵察を続けてくれ」
『はい』
取り合えず偵察の2人が無事であることが分かって、ウリウスはひとまず小さな笑みで息を吐いた。
「護衛にジル・アースガンを付けたのはあたりだったかのぅ」
ウリウスは偵察を引き受けた時のレンとジルを思い出しながら小さな声で呟いた。そして、顔を引き締め、遠距離通信魔法で全部隊に言った。
「もう直ぐ魔物が来る。数は二百。戦闘準備じゃ」
『了解』
そう連絡した直後、遠くに魔物の大群が見えた。黒い狼のような外見で瞳は紅く、尖った牙と鋭い爪が太陽の光で光っていた。黒死狼と呼ばれる狼のような外見の魔物で、この国では良く出没する魔物だ。その牙に毒を持ち、噛まれれば体中に毒が回り、一日も持たずに死に絶え、その爪は鋼鉄すら切り裂く。その黒死狼が草原を生徒達の方へ真っすぐ向かってきた。それをウリウスは静かに見つめ、隣にいたシリカへ声をかけた。
「ブレイズール、まずはお主の魔法で数を減らす。思いっきりぶちかましたれぃ」
「はい」
シリカはそう言うとウリウスより前に出て、両の掌を魔物達へ向けた。
「集え、爆裂する炎《爆裂散火》」
一瞬にして魔力を練り上げ、手首に付けていたレベリー結晶に送り込むと掌の先に魔法陣が浮かび上がった。そこに発動させるための呪文を唱えるとその魔法陣からいくつもの火球が生まれ、真っ直ぐに黒死狼の群れの方に飛んで行った。そして、群れの中心辺りに着弾すると、半径数メートルの円状に爆発を起こした。シリカが放った魔法は全てが目標地点に当たり、群れの数を確実に減らした。火属性和式中級遠距離魔法《爆裂散火》。和式とは東方の国で生まれた魔法で、世界中の魔法が集まるアルファス王国には東方で生まれた和式魔法、西方で生まれた洋式魔法があるのだ。
「凄いのぅ。その歳で爆裂散火を使えるのか」
「ありがとうございます」
爆裂散火は魔力の制御力の高さが要求される魔法で少しでも制御が甘いと放つ前に火球が爆発してしまうのだ。そんな魔法を当然のように使いこなしているシリカにいつの間にか隣に立っていたウリウスは嬉しそうに笑みを浮かべた。そして、次の瞬間顔を引き締めて、土煙りで何も見えない前方に視線を向けた。シリカも真っ直ぐ目を反らさずに前方を見続け、後方に指示を出した。
「遠距離魔法発動準備」
「「「「「はい」」」」」
シリカの一言で後方にいた第一部隊の面々は緊張した面持ちでシリカとウリウスの隣に一列に整列した。そして、全員片方の掌を前方に向けて、シリカの合図を待った。すると、土煙りはまだ上がっていたがそれを突き抜けて、黒死狼の群れがこちらに向かってきた。
「魔法発動」
黒死狼が見えた瞬間、シリカは全員に号令を飛ばし、それを聞いた生徒達は自分の使える遠距離魔法を放った。
「火弾」
「水弾」
「ファイヤブリット」
「土弾」
「アイスランス」
「木の葉玉」
「ウォーターブリット」
「暗玉」
「雷閃」
他の生徒達の放つ魔法は全てが下級遠距離魔法で一回当った程度では魔物は倒せない威力だったが、何度も魔法が当たり、倒れていく魔物が少しずつ増えていった。
「発動、止め」
黒死狼が第二部隊の数百メートルにまで接近した瞬間、シリカは生徒達に魔法の発動を止めさせた。これ以上魔法を発動し続ければ、第二部隊が突撃する絶好の瞬間を邪魔することになったしまうからだ。シリカとしてはもう少し魔物の数を減らしたかったのだが、それでも黒死狼の群れの半数以上を仕留めたのでシリカはそれで納得することにした。すると・・・
「突撃ーーーーーーー!!」
第一部隊のいる高台にまで響く声が聞こえてきた。第二部隊隊長のガイウスの声だ。シリカがそちらに目を向けると、第二部隊は数十メートルまで接近していた黒死狼の群れに向かって突撃していた。第二部隊の生徒はそれぞれ魔法を発動させ、炎の剣、水の鞭、雷の槍、木の棍棒など各々が得意とする武器の形に魔法を発動させた。第一部隊の活躍で多いに数の減った黒死狼の群れは、第二部隊に簡単に数を減らされていった。第二部隊の戦い方は基本に忠実で、黒死狼一匹に対し、3・4人のグループで倒していった。
「「「「「ヲーーーーーーーー」」」」」
高台まで聞こえてくる声にシリカは少し圧倒された。
「うむ、しっかりグループとなって魔物を倒しておるな」
隣で感心したように言うウリウスにシリカは内心で同意した。少ない時間の中、ウリウスが指示した戦い方を忠実に実行している生徒達にウリウスとシリカは感心していた。しかし、その戦い方を忠実に実行できている理由は一目了然だった。黒死狼を前に大立ち回りをしている3人の存在だ。その3人が黒死狼の一匹一匹を孤立させるように戦っている事は全体を見渡せる高台にいる者達には分かっていた。
「オラーーーーー!!!」
拳に炎を纏わせ、黒死狼の群れに突っ込んでいるガイウス。ガイウスが使っている魔法は一般的な魔法、火属性洋式下級近距離魔法ナックルフレイム。相手を殴りつけた瞬間爆発させ、相手を吹き飛ばす魔法だが、ガイウスは拳を黒死狼の上から叩きつけ、同じように何度も上から拳を叩きこむことで、黒死狼を倒していっている。あまりにも力技だったが、それを可能にする肉体をガイウスは持っていた。そして、たった一人で黒死狼の真ん中をどんどんと突っ込んで数を減らしていっている。
「おーーほほほほほほ」
そして、群れの側面を高笑いしながら攻撃しているのはミクサ・イフルートだった。ミクサの両側には魔法陣が浮かび上がっており、そこから4本ずつ、計8本の炎の鞭が出ており、黒死狼を一匹残らず倒していっていた。イフルート家の独自の魔法、火属性近距離魔法、八炎鞭形。この魔法はイフルート家しかその魔法の陣を継承しておらず、使える者はイフルート家の人間しかおらず、この魔法がイフルート家を名門としている理由の一つだ。8本の鞭はミクサの意識一つで自由に動き、威力は黒死狼を一撃で倒していった。近距離魔法において、アルファスの中でもトップクラスの魔法だ。更にその魔法は全方位が攻撃範囲なため、黒死狼を一匹も逃さずに倒す事が可能なのだ。
「・・・・・・・・」
さらに、ミクサの反対側の側面には黙々と黒死狼を倒している女子生徒がいた。合宿場に到着した時にミクサに付き従っていた女子生徒だ。青い髪のポニーテイルは腰まで届いており、顔は誰もが綺麗と評価するほどの顔立ちだったが、瞳の暗さがその顔立ちの美しさを下げていた。その女子生徒は魔法で水を刀の形にして戦っていたかと思ったら、刀がまるで鞭のように伸び、遠くの黒死狼を倒した。これには流石にシリカとウリウスは驚愕した。
「まさか・・・、」
「これは驚いたわぃ。まさか、あの歳で魔法変換が使えるとはのぅ」
魔法変換とは魔法陣を新たに生み出すのではなく、元々発動している魔法陣の一部を改変する事で別の魔法へと変える方法だ。しかし、この方法を使える者は国内にもあまりに少ない。なぜならこの方法は天賦の才と経験に依存するからだ。例えばクッキー生地(魔力)から型抜き(魔法陣)を用いてクッキーの形(魔法)にする過程で、型抜きから取り出し、別の形の型抜きと寸分も違わぬ形に整えると同じことなのだ。それを彼女は実戦の中で平然と使いこなしているのだ。
「あの子はいったい何者じゃ?」
「さぁ、私にも分かりません。合宿前にミクサ・イフルートさんと一緒にいたところしか見ていませんから」
ウリウスとシリカがその女子生徒を見ているとトランシーバーから通信が入ってきた。
『こちら偵察班。魔物を視認。距離三キロ先から数は五百、その後ろ百メートル位から千の魔物が接近中』
通信からは落ち着いた声で報告が来たが、ウリウスはその通信を聞き間違いであってほしかった。現在は二百だったから負傷者も無く、魔物を掃討しきれているが今度はその数を遥かに上回る数が来ていたのだ。第一部隊が出来るだけ数を減らすと言っても先ほどは百体と少ししか倒せていない。ウリウスはどうするか考えていると偵察班から更に最悪な報告が入ってきた。
『報告、千体の魔物の後方一キロから更に魔物三千が接近中』
「三千じゃと・・!!間違いないのか」
『はい、間違いありません』
ウリウスは頭が真っ白になりそうなのを必死に押し堪え、どうするかを考えた。二百体の魔物はいまだに掃討されておらず、戦いの音は鳴り響いていた。
「先生・・・」
第一部隊の生徒達の中から不安の声が聞こえてきた。その声にウリウスは聞こえないふりをして、打開策を考え続けた。そして、第二部隊が魔物掃討を終えたのを確認すると、意を決したように前方を睨みながら各部隊に指示を出した。
「全部隊、聞いてくれ。一か八かじゃ。今から魔物が五百、千、三千と連続で到来する。第二部隊はそのまま戦闘態勢をキープ。第三部隊は全員を合流させ、第一部隊のいる高台の下方の森に集合。第四部隊は第二部隊と合流じゃ。そして、高台にいる第一部隊は半数を第二部隊に合流させる。急いで行動してくれ」
『第二部隊、了解』
『第三部隊、了解しました』
『第四部隊、了解です』
各部隊から連絡が来るとウリウスは隣にいるシリカに視線を向けた。
「こちらの第一部隊は儂が指示を出す。お主は第二部隊に合流する隊の指示を出してくれ」
「分かりました」
ウリウスの指示にシリカはハッキリと答えて、高台にいる第一部隊の半数を引き連れて、高台を降りて行った。
「ふーーーーー」
ウリウスは小さく息を吐くと空を仰ぎ見た。
(二年が到着するまで、何とかこの態勢で耐えたいものじゃ)
ウリウスはそう考えながら、胸ポケットからレベリー結晶の付いた指輪を二つ、指にはめた。
(本来なら作戦指示を出す者は戦闘に参加しないんじゃが今回はそうも言ってられないからのぅ。久々じゃがやるしかないの)
ウリウスは全隊の配置状況を確認していると間もなく、遠距離通信魔法で声が聞こえてきた。
『第二部隊、配置完了』
『第一部隊、指定位置に到着しました』
『第四部隊、配置完了です』
『第三部隊も配置完了しました』
「よし、全隊配置完了。魔物の到来に備えてくれ」
ウリウスがそう返し、通信を切った。
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大杉の枝に腰を下ろしているレンは接近している魔物の大群を眺めていた。すると。隣で木に背を預けているジルが声をかけてきた。
「随分と大量に向かってくるなぁ。やはり、奴らの狙いは俺ら生徒かぁ?」
「さーね。生徒達が狙いでも俺は興味無いよ。ただ生徒を狙う事を思いつく脳みそがあったんだと思うだけだよ」
危機感無く、いつもの会話のように呑気に会話をしていた。レン達の近くを黒死狼が駆け抜けていても、まったく興味を見せず、前方を見ている。黒死狼の群れも近くに2人の生徒がいるにもかかわらず、走り去っていった。
「二年が来るまでもつのかぁ?あいつらぁ・・」
「無理だろうね。五千近い魔物を一年だけで倒すなんて無理無理。教師達もそれは分かっているから何とか二年が来るまで耐えるって所じゃない?」
「俺とお前が加わればいいだけじゃないのかぁ?」
ジルの質問にレンは嘆息し、ジルに顔を向けて答えた。
「忘れていないか?ジル。俺は雪姫を持ってきていないし、お前だって玉を持ってきていないだろ?」
「確かに。けど、俺はともかくお前は関係ないと思うんだけどなぁ」
「面倒くさいのはヤダ」
顔を正面に向けながらハッキリ答えたレンに今度はジルが嘆息しながら言った。
「お前っていつもは分厚い研究書を読んでいるのに変な所で怠けるよなぁ」
それにレンは答えなかった。ジルも追及することではないので、レンと同じ方角を見つめた。すると一匹の黒死狼が大杉の木を登ってレンとジルに襲いかかってきた。
「・・・・・」
「・・・・・」
しかし2人はピクリとも動かなかった。それでも近づいてくる黒死狼が2人に襲いかかろうとした瞬間、
黒死狼は無音でバラバラの肉塊へと変わった。肉塊にも目をくれずに一方を見続けるレンとジル、その2人の下には赤黒い肉塊が散らばっていた。
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「シ、シリカさん」
第一部隊と第三部隊が第二部隊と合流し、待機していたシリカに後ろからリエラが話しかけてきた。
「リエラ、第三部隊も合流し終えたの?」
「はい、全員配置し終えました」
「そう。じゃあ、あなたはここの配置なの?」
「はい、シリカさんと同じですね」
リエラは笑みを浮かべて、シリカの方に向いた。シリカもその笑みに答えたが、次の瞬間には真剣な眼差しで正面に向き直った。
「リエラが一緒なのは心強いけど、相手が相手だから気を付けてね」
「はっ、はい」
リエラが返事をいた瞬間、ウリウス・べリストからの通信が入ってきた。
『魔物が見えたぞ。全部隊戦闘準備』
ウリウスからの通信を聞いた各隊長達は瞬時に自分の部隊へ通達し、生徒達は緊張を強めた。
(来た)
シリカは鋭くした目で正面を睨みつけた。正面からは、まるで草原一面を黒く塗りつぶしていくように魔物の群れが生徒達の方へ向かってきた。見えている草原の三分の一位が黒く染まった時、高台にいた第一部隊が攻撃を開始した。始めに魔法を放ったのはウリウスだった。ウリウスの魔法は一直線に魔物の群れの中心に向かっていき、大質量の水が魔物を押しつぶし、また吹き飛ばしていった。
「すっ、凄い」
シリカの後ろにいたリエラが唖然として呟いた。シリカもこれには唖然としそうになったが、何とか押し堪え、魔物を睨み続けた。その後も第一部隊が続けて放った魔法は先ほどと同じように何発か当たり、ようやく一匹を倒しただけだったが、それでもシリカが指揮していた時より魔物の倒した数は、遙かに多かった。
(悔しい、これが実力と経験の差なの!)
シリカは心の中で悔しさを感じていたが、今はそんなことを考えていられる状況では無いため、その気持ちを何とか飲み込み、戦闘に備えた。すでに魔物は眼前にまで迫っており、シリカはいつでも魔法を発動できるように準備をした。そして、ガイウス・ローランは全員に聞こえるように大声で叫んだ。
「突撃ーーー!」
ガイウスの声を合図に全員が魔物の群れに突撃を開始した。第一部隊の働きでかなり数は減ったが、魔物達はまだ千、三千と増えていく。第一部隊は今回、味方に当たるリスクを無視し、魔法を撃ち続けていた。生徒達は大声を上げながら魔物の群れに突っ込んでいった。最早、ウリウスが恐れていた乱戦状態になってしまった。
「全軍突撃」
第二部隊に少し遅れるようにシリカは第一部隊を率いて、群れの中に突撃していった。
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「べリスト先生、魔物が千体見えました」
高台にいた第一部隊の男子生徒がウリウスに魔物の接近を告げた。ウリウスは舌打ちしながら魔法の発動を中断し、乱戦状態の戦場から視線を外した。そして、視線を遠くに向けると先ほどの倍の魔物がこちらに向かってきていた。しかも、それだけではなかった。三キロ先にいたはずの三千の魔物の群れが千の魔物の後方、数十メートルの所まで接近していた。
「馬鹿な、なぜあんな直ぐ後ろにおるのじゃ」
ウリウスは声を震わせながら呟いた。
「まさか、第二波の群れに追いついたのか。撃ち方やめ。新たに接近してくる魔物に向かって魔法を放つのじゃ」
ウリウスは生徒達に急いで指示を出した。生徒達は急いで第二派の群れに向かって魔法を発動した。ウリウスも魔法を発動させ群れを攻撃していたが、視線はたった今乱戦状態の戦場に向いていた。戦場では先の戦闘で活躍した第二部隊の3人に加え、ブレイズール家やハイヒール家の人間も入り魔物の掃討は早くなってはいるが、それでも合流する前に倒し切れるかウリウスは心配していた。
「合流されたら厄介すぎる。何か策を考えねばならん」
ウリウスは魔法を発動させながら考えていた。
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魔物との乱戦は困難を極めていた。誰もが一発で魔物を倒すことは出来ない。また前方の黒死狼に集中し過ぎて背後から襲ってきた黒死狼に気付かずにやられていく生徒が続出していた。生徒が倒れて行くたびに近くの生徒は第三部隊の所へ連れて行っているが、倒れて行く生徒が50人を超えるのに対し、第三部隊はたった数名しかいない。それでも手遅れにならない程度に隊長であるルナシス・ルーナリアがなんとか繋いでいた。しかし、戦場では生徒が徐々にジリ貧になってきていた。それはシリカや戦線を繋いでいた生徒達にも言えることだった。
「シリカさん、大丈夫ですか?」
「えぇ。ありがとう、リエラ」
リエラはシリカの背後から襲おうとしていた黒死狼を倒し、シリカに近付いてきた。
「まったく、切りがない」
「そうですね。徐々に倒れて行く人も増えています」
「二年生はまだ来ないの?」
「このままでは押し切られます」
シリカとリエラが背中合わせで厳しい顔をして、辺りを見回した。周りで戦っているのは既に数名しかいなかった。そのほとんどが傷を負いながらも何とか意識を保っている状態だった。シリカ達の所だけではない。ミクサ・イフルートの所も、ガイウス・ローランやゴルバ・シギールの所も、刀を変形させて戦っていた女子生徒の所も生徒が倒されていっていた。
「リエラ、少し私から離れてもらえる?」
「えっ、何故ですか?」
「今から少し危険は魔法を使うから下手すると貴方も巻き込んでしまうかもしれないの」
「わっ、分かりました」
シリカからのお願いをリエラは素直に聞き、直ぐにその場から離れた。1人となったシリカを黒死狼は見逃すはずもなく、十数体の黒死狼がシリカに襲いかかった。
「炎舞、《ブレイズ・ダンサー》」
シリカは襲いかかる黒死狼に目もくれず、魔法を発動した。しかし、その瞬間襲いかかってきた黒死狼数体が一瞬で灰と化した。シリカの周りには九個の火球が回っていた。まるで太陽系のように太陽を中心に他の天体が回っているようだった。その光景を見ていたリエラと他の生徒達は戦闘中にも関わらず、茫然としていた。火属性近距離魔法、ブレイズ・ダンサー。ブレイズール家が火属性最強たる所以だ。自分を中心に超高温の火球を生み出し、範囲に入った者を一瞬で焼き尽くす魔法だ。火球は一つ一つが異なる軌道をとっており、術者が認識しなくても自動的に攻撃する。それは魔法だろうと人だろうと魔物だろうと関係なく、その姿はまるで火球が術者の周りを舞っているようだった。
「す、凄いです」
茫然とする生徒達の中からリエラが呟いた。リエラ達が茫然とするのは当然だった。シリカはただ歩いているだけなのに、辺り一面にいた黒死狼が次々と灰になっていった。ブレイズ・ダンサーの恐ろしさは威力などでは無い。ブレイズ・ダンサーは発動させれば魔力が尽きるか、術者が発動を止めなければ半永久的に発動し続ける所だ。本来、魔法は一度に一つの魔法しか使えない。しかし、この魔法は発動させれば後は自動で発動し続けるため、同時に二つの魔法が使えるようになるのだ。つまり、敵陣の中心に単身で突撃しても無傷で勝利することが出来るのだ。生徒達はその魔法を発動し、単身で魔物を燃やしていくシリカを近くで目撃し、恐怖を覚えた。
「黒死狼がドンドン少なくなっています」
リエラはいち早く我を取り戻し、周りの状況を確認した。しかし、既に襲ってくる黒死狼はおらず、その全てがシリカ1人に焼き払われていた。
「フー。リエラ、大丈夫?」
周りに黒死狼がいなくなったのを確認すると、シリカは《ブレイズ・ダンサー》の発動を止め、リエラ達の方へ戻ってきた。
「は、はい。大丈夫です。シリカさんの方は大丈夫ですか?」
「ブレイズ・ダンサーを発動させていたから大丈夫よ」
リエラの問いにシリカは笑顔で返したが、その顔は少し疲れているようだった。
「本当に大丈夫ですか?足がふらついていますよ。少し休んだ方がいいのではないですか?」
「大丈夫、まだやれるわ。それに休んでいるなんて言ってられない。直ぐそこに黒死狼約三千が来ているんだもの」
そう言うとシリカは接近してきている黒死狼の群れを睨みつけながら言った。そんなシリカを見て、リエラは更に心配そうにシリカを見た。現在、他の所でも黒死狼が少なくなっていたが、こちらも怪我人が増え、直ぐそこには三千の魔物の群れが来ている。このままシリカにだけ任せていたらシリカは確実に死んでしまう。リエラはたった一人の友人の助けになるいい方法は無いか必死で考えた。
「来たわ」
しかし、考える暇なく、第二派の黒死狼の群れが襲いかかってきた。シリカはまた全員の前に立ち、魔法を発動させた。
「炎舞、《ブレイズ・ダンサー》」
魔法を発動させたシリカは黒死狼の群れに単身で突っ込んだ。第一部隊が群れの数を減らしていたとしてもせいぜい五百、残り二千五百の黒死狼が生徒達に襲いかかった。
「ギャーー」
「イヤー」
「く、来るな―」
「助けてくれー」
「死にたくないー」
あちこちから叫び声が聞こえてきた。シリカも急いで助けに行きたいがあまりの数に押され始めていた。どんな魔法にも弱点があるようにブレイズ・ダンサーにも弱点が存在する。それは発動時生み出す火球の数によって、対処する数が決まってしまうのだ。つまり六個の火球を生み出すと同時に六つの対象しか燃やせないのだ。今回、シリカが生み出した火球は五個、明らかに疲れている証拠だった。そんなシリカに数十体の黒死狼が襲いかかった。
「くっ、間に合わない」
今まで何とか避けていたシリカは、疲労で態勢を崩した。そこを狙ったように黒死狼は襲いかかって来たのだ。
「ッ!!」
目を閉じて覚悟を決めたが・・・、
「・・・」
いつまでたっても衝撃は襲ってこなかった。シリカはゆっくりと目を開くと、そこには無残に切り裂かれた黒死狼の死骸があった。
「え?なんで・・・、」
「大丈夫ですか、シリカさん」
シリカは何が起こったのか分からずにいると後ろからリエラが呼びかけた。
「え、えぇ」
「良かったです」
リエラは返事をしたシリカを見てホッと肩を下ろした。シリカはいまだに状況が掴めていないようだったがリエラに視線を向けた瞬間、リエラが魔法を発動しているのに気付き、シリカは我を取り戻した。
「リエラ。それってまさか・・・、結界魔法?それじゃ、黒死狼を倒したのは貴方?」
「え?あ、はい。結界魔法を応用した結界の刃、《エリア・スラッシャー》です」
リエラの答えにシリカは納得した。いつも頼りなく、気弱で、小動物みたいなリエラだが、リエラは光属性最強のハイヒール家の人間なのだ。弱いはずが無い。シリカは自身の考えを改めることにした。自分の近くに心強いパートナーがいたことをしっかりと認識した。
「リエラ、私1人ではこの数を相手しきれない。手伝ってもらえる?」
「もちろんです」
シリカのお願いにリエラは満面の笑みで答え、黒死狼に向かって行った。
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「おかしいねー」
大杉の上からレンは隣にいるジルに話しかけた。
「なにがだぁ?」
隣で幹に背を預け、大欠伸をしながらジルは答えた。
「さっきの魔物の群れからもう一刻は過ぎているのに他の魔物の姿が見えない」
「そういやぁー、そうだなぁ。飽きて帰っちまったんじゃないのか?もしくは他の誰かに倒されたのか・・」
適当に答えているジルにレンは双眼鏡から目を外し、視線を向けた。
「真面目な話なんだけど・・・」
「はいはい、悪かった悪かったぁ。じゃぁー真面目に答えると、分からん」
「はぁー」
「だって仕方無いだろぉ。他にどう解釈すりゃーいいんだよぉ?」
姿勢を変えないまま、ダラケきっているジルの姿はレンには真面目に考えているようには見えなかった。
「まー、簡単に想像できるのは向かって来ているのは黒死狼だけでは無いんだろうね」
「何故だぁ?」
「はぁー、全く。黒死狼は魔物の中でも足が速い方だ。それよりも余程足の遅い魔物が向かって来ているって事」
「なるほどぉー」
「少しはシャキッとしなよ。一応偵察は重要な仕事なんだからね?」
ジルに注意しながらレンはまた、双眼鏡で辺りを見渡し始めた。
「シャキッとしようにも正直、暇だぁ」
「なら、戻って参戦してくれば?」
「断る!」
「そこはハッキリ言うんだ」
心底呆れたようにレンは呟いた。その時、レンは接近してくるモノに気付いた。
「お!!」
「どうしたぁ?」
レンの驚いた声にジルは興味を示した。
「アレを見てみなよ」
レンはそう言うと今まで使っていた双眼鏡をジルに投げて寄こした。
「わっとっと。どれどれ」
危なく受け取るとジルはレンの見ていた方へ双眼鏡を向けた。
「わぁーおー。お早いお着きだったなぁ」
「余程飛ばしてきたんだろうね。もしくは偶然が重なったのかな?」
「どちらにしろ、今の戦闘はこれで終わりだなぁ」
「そうだね」
2人は同じ方向を見ながら、いやらしく笑っていた。
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「シリカさん、そちらに向かいました」
「任せて!」
シリカとリエラはお互いをカバーしながら何とか大きな傷を負わずに戦っていた。だが、2人の疲労はピークに達しようとしていた。五千もの魔物の大群を相手に魔法の連発に永続魔法の使用、2人は今にも倒れそうな体を何とか押しとどめていた。
「クッ!!」
しかし、倒しても倒しても限が無かった。既にシリカとリエラの配置された場所は2人だけしか残っていなかった。他の所でも残り数人で何とか堪えているがそれも時間の問題だった。そして、何より今なら容易に突破出来る人数なのに魔物達は突破せず、必要以上に生徒達に襲いかかってきた。これにはどんなに鈍い人でも気がついた。
(やはり魔物の目的はノルシスじゃなくて、私達生徒達だったのね)
少し前から「もしかしたら」と思っていたシリカはここへきて、それが確信へと変わった。そして、魔物を侮っていた自分に腹が立った。
「キャーーーー」
「リエラ!!」
倒れたリエラに襲いかかってきた黒死狼を倒し、シリカはリエラを助け起こした。そして、リエラは疲れ切った表情でシリカに話しかけてきた。
「シリカさん、やはり魔物の狙いは私達ってことですか?」
「そうね。ここまで来るともう間違いないでしょうね。魔物の脅威となる魔法師を未熟なうちに殺しておこうということかしら・・」
「そんな・・・」
リエラはシリカに担ぎ起こされながら絶望したような表情をしていた。それでもリエラは何とか立ち上がったが足が疲労で震えており、今にも倒れそうだ。
「大丈夫?リエラ」
「ハァ、ハァ、ハァ、すいません。正直言いますとそろそろ限界です」
「仕方ないわ。光と月は他の属性魔法に比べて、魔力消費が激しいんだからッ!!」
襲いかかってくる黒死狼を倒しながらシリカはリエラを担ぎ直した。そしてそのまま少しずつ後退し、黒死狼と距離をとろうとしたが、激戦の中魔力も体力も限界のシリカは足を一歩下げた瞬間、バランスを崩した。
「ッ!!」
シリカはとっさに手をついて倒れる事は避けたが、体中泥だらけで今にも気を失いそうだった。更に魔力の限界でシリカとリエラが発動していた魔法は両方とも消えてしまった。その瞬間を魔物が見逃すはずもなく、辺りにいた黒死狼が一斉に襲いかかった。
「クッ!!」
「ッ!!」
2人は最早逃げられないと覚悟を決めた。
しかしその瞬間、圧倒的な火力が2人を包み込み、黒死狼を灰も残らず消滅させた。まさに一瞬の事だった。まるで風が吹き抜けるように炎が走り、2人は助け、黒死狼を消滅させた。シリカとリエラはその圧倒的な火力にただただ放心するしかなかった。
「2人とも怪我は無いわね?」
2人が放心していると隣から優しく語りかけてくる声がした。
「へ?」
随分と気の抜けた返事をしてしまったシリカは声の主を見た瞬間、安心と喜びの表情で目に涙を浮かべた。
「メアリお姉様」
2人を助けたのはシリカの姉であるメアリ・ブレイズールだった。
「随分頑張ったみたいね。流石私の妹だわ」
体中泥や傷だらけで、顔をクシャクシャに歪ませているシリカにメアリは近づき、シリカをそっと抱いた。シリカはメアリに抱かれた瞬間、目から涙を流した。メアリが来てくれたことで安心して泣いてしまったのだ。
「助けに来てくれたんですか?メアリお姉様」
「もちろんよ。後は私達に任せて休んでいなさい」
メアリはそう言うとシリカから離れ、向かってくる黒死狼の群れへと視線を向けた。
「炎舞、《ブレイズ・ダンサー》」
メアリが始めに発動させた魔法はシリカも使っていたブレイズ・ダンサーだった。しかし、決定的に違うのは火の玉の数と火の玉が描く軌道の範囲だった。シリカは火球を最大で九個しか生み出せないのに対し、メアリは現状で二十個もの火球を生み出していた。更にシリカは火球の軌道を自分の数十センチ離れた所で描いていたのに対し、メアリは数メートル離れた所で描いていた。つまりブレイズ・ダンサーの効果範囲がシリカの倍以上あることになる。
「舞いなさい」
メアリは一言いった瞬間、ブレイズ・ダンサーの火球の軌道範囲が更に膨れ上がり、辺り一帯にいた黒死狼が瞬時に消滅した。その凄まじさにシリカとリエラはただ茫然とした。シリカの《ブレイズ・ダンサー》も凄かったのだが、メアリのブレイズ・ダンサーは規模も火力もその全てがシリカを上回っていた。
「す、すごいですね、シリカさんのお姉さんは・・」
茫然と呟いたリエラにシリカは心の中で同意していた。しかし、それと同時に自分が情けないと思ってしまった。使えば、これほどまでに圧倒的な力なのだが、シリカはまだブレイズ・ダンサーを使いこなせていないことをいやと言うほど痛感させられた。更にメアリはブレイズ・ダンサーの長所である二つの魔法の併用を平気で行っていた。それを見て、シリカはリエラや他の生徒達と一緒にこの場をぎりぎりで守っていたのに対し、メアリはたった一人でしかも余裕を持って守りきっている現実に、悔しい思いを抱いていた。しかもメアリだけではなく、周りを見渡すと他の所でも二年生が合流し、一年生を庇いながらも平気で戦っていた。たった一年の違いだけでここまで実力差があることにシリカだけではなくリエラや他の生徒達も痛感し、悔しそうな表情をしていた。
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二年生が合流してから数刻と経たずに黒死狼は殲滅された。日は既に沈みかけており、全員休息が必要だと判断したウリウス・べリストは監視要員を残し、一時合宿場へ撤退することにした。この戦闘で二年と一年の教師達には被害は無かったが、一年は269名、二年生も52名の生徒が戦闘不能になった。
「ルーナリア先生、負傷した生徒達はどうかのぉ?」
ウリウスは治療を担当しているルナシス・ルーナリアの下を訪れて、質問した。
「重傷者が多いですが全員命は取り留めました。大丈夫です」
「そうか。では、少し外しても構わんのなら今後の対策を決めたいから来てもらえるかのぉ」
ルナシスの答えにウリウスは一安心したように小さく息を吐き、真面目な表情で話した。
「分かりました。後はお願いしますね」
「「はい」」
ルナシスは直ぐに返事をして、怪我人を見ている2人の女子生徒に指示を出して、部屋を出て行った。
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現在、生徒や教師達は食堂に集められており、静かに席についていた。そして、ウリウスが戻ってきて、全員の前にたった。一緒に来たルナシスが座ったのを確認するとウリウスは口を開いた。
「現在、我々は魔物の脅威にさらされておる。魔物の目的はまだ未熟な生徒諸君を殺すことであることは昼の戦いで明確となった。しかし、その昼間の戦いで魔物の半数を倒すことに成功した。負傷した生徒達も命に別状はないそうじゃ。駆けつけてくれた二年生には本当に感謝する」
そう言うとウリウスは深々と礼をした。二年生もそのお礼を素直に受け取り、礼で返した。
「しかし、現在偵察に行っている者の情報では残り半数の魔物は今だ確認出来ないそうじゃ。少し調べてから戻ると連絡があった。それまで、体を休めておいてくれ」
そう言うとウリウスも自分の席に戻り、フーッと息を吐いていた。そして、生徒達は食堂で思い思いの時間を過ごしていた。とは言っても、そのほとんどが机に突っ伏して寝始めていた。そんな中、シリカはリエラと共にメアリに魔物が襲ってくるまでの流れを説明していた。
「そう、リエラさんと一緒に戦っていたのね」
「はい。リエラが一緒にいてくれたおかげで何とか大怪我をせずにすみました」
「い、いぇ。それは私も同じです。シリカさんがいなければ私なんて直ぐにやられていました」
真剣に聞いているメアリに同じく真剣に答えるシリカとリエラ。全てを聞き終えるとメアリはリエラに向き直り笑みを浮かべた。
「シリカを助けてくれてありがとう、リエラさん。私からもお礼を言います」
そう言って小さく頭を下げるメアリにリエラは慌てて手を振った。
「いぇ、そっそんな。助けてもらったのはむしろ私の方です。それにブレイズール先輩が来てくれなければ私なんて只の足手まといになっていました」
急いで弁解するリエラを見て、メアリは可笑しくなっとように小さく「フフフッ」と笑いリエラを見た。
「いいえ。貴方がシリカの助けになったのは本当なのでしょ?だからお礼を言わせて・・・。それにシリカのお友達なのだから私の事はメアリでいいわ。なかよくしましょ?」
「え、あ、はい。えっと、メ、メアリ先輩」
そう言うと仲良く握手をして、メアリは席を外した。
「凄くお綺麗な方ですね、メアリ先輩って・・」
「もちろんよ。私の自慢のお姉様なんだから・・」
顔を赤らめて話すリエラに子供っぽい喋り方をしているシリカは頷いた。それを見たリエラは可笑しそうに笑い、それにつられてシリカも笑った。そうこうしていると食堂に管理人であるセネール・ベルナディンが入ってきて、ウリウスに近づいて何やら小さな声で話しかけていた。セネールの話を耳元で聞いたウリウスは小さく「分かった」と告げると自分の席を立ち、セネールは食堂を出て行った。
「全員聞いてくれ。偵察に行っていた者が帰ってきた。近くにいる者は寝ている者を起こしてくれ」
セネールの話を聞いたウリウスは食堂の前に立ち、全員に報告をした。丁度ウリウスが話し終わるのと同時に2人の生徒が食堂に入ってきた。レンとジルだ。一年生は何度か見ているが今日始めてみる二年生はレンの白色の髪を見て、驚いていた。そして、ざわめき始めた食堂から1人の女子生徒が立ちあがりながら口を開いた。
「貴方、もしかしてレン?」
二年生の中には当然知っている者がいる。メアリだ。メアリはレンの姿を見た瞬間、驚愕した顔で聞いてきた。
「えぇ、そうです。お久しぶりですね、メアリ・ブレイズール様」
レンはニヤリと笑いながら答えた。その表情にメアリは更に驚愕した。今までどんな表情でも笑う事が無かったレンが、不気味な笑みで言ってきたのだ。昔のレンを良く知るメアリには別人のようにしか映らなかった。そして、更に言葉を発しようとした瞬間、ウリウスに止められた。
「どういう間柄か知らんが今は報告を聞かせてくれ」
「分かりました」
レンはウリウスに返事をすると最早興味が無くなったようにメアリから視線を外した。
「ではまず、黒死狼三千が通過してからずっと監視を続けていましたが、魔物が来る気配はありませんでした。戦闘が終わったと報告を受け取ってからも続けましたが影も形も見えませんでした」
レンが報告すると先ほどとは別のざわめきが食堂内に響いた。
「本当に見えんかったのか?」
全員が確認したいことをウリウスは代表して聞いてきた。
「間違いありません。その後、近場の山に登り、更に遠くを見渡しましたが、全く見えませんでした」
「では、もう魔物は襲ってこないのか?」
生徒の中から男子生徒が勢いよく立ちあがり、聞いてきた。その言葉に触発されたように食堂内にいる全員が希望の籠った視線をレンに向けてきた。それにレンは小さく息を吐き、ハッキリと宣言した。
「いや、魔物は来る」
レンの言葉を聞いた瞬間、全員の希望は絶望へと変わった。
「何故、そう思うのじゃ」
絞り出すような声でウリウスは聞いてきた。
「実は山を降りた時、行商人と会いましてその行商人から聞いた話ではルピヒュルの村が巨人に襲われて逃げてきた所だと言っていました」
「巨人?」
「まず、間違いなくギガントスの事でしょうね」
「なっ!!!!!!」
食堂内にいた全員が言葉を失った。ギガントスはディアマンテ最大の魔物だ。全長約15メートルもある巨体から生み出す一撃は建物を一撃で破壊してしまうほどの威力を持ち、辺りに腐臭をまき散らす。黒死狼など足元にも及ばないほどの脅威である。熟練の魔法師でも数十人集まって、ようやく倒せるかもしれないというほどの魔物なのだ。魔法師であっても、未熟な生徒たちではとても倒せる魔物ではない。
「ギガントスが五千体・・・」
ウリウスは只茫然と呟いた。他の生徒達も同じ反応で、誰も口を開けなかった。
「いえ、残り五千体全てがギガントスでは無いようです」
そんな静寂の中、俯きながら茫然と呟いたウリウスの言葉にレンが答えた。その瞬間、何か希望を持ったようにウリウスは勢いよく頭を挙げた。
「どういう事じゃ」
「確かにギガントスはいるのですが聞いた話ではギガントスは約百体、残りは黒死狼の群れだったそうです」
「百体・・・」
聞いた瞬間ウリウスは希望が無くなったようにまたも俯いた。
「確かに皆さんの気持ちは分かります。ギガントスが百体襲ってくるなんて過去に例がありませんからね」
ただ淡々と呟くようにレンは言った。しかし、レンの言ってことは本当だった。過去、十数体のギガントスが襲ってきたことは何度かあったが、その約十倍の数が襲ってくる
ことは今までは無かった。ウリウスも数体のギガントスならばなんとかなるのではないかと考えていたが、百体もいるのでは生徒達ではどうしようも無かった。
「い、いやだ。私、死にたくない」
「俺もいやだー」
「おい、この責任どう取ってくれるんだよー」
「誰か、助けてくれよーー」
食堂内にいた生徒達がついに栓が外れたように騒ぎ出し、中には教師達に掴みかかっていく者達も出始めた。
「落ち着け、お前達」
「おら、席に戻れ。戻れと言っているんだ」
教師が何とか掴みかかってくる生徒達を止めようとしているが、なかなか鎮められずにいた。
「おい、なんでそんなに落ち着いているんだよ」
生徒達が騒ぎ暴れている中、ただ静かにその光景を眺めていたレンとジルにダイキが突っかかってきた。ダイキの大声を聞いた瞬間、全員の視線がレンとジルの方に向いた。
「そうよ、戦闘参加しなかったくせに何落ち着いてるのよ」
「そうだ、魔法も使えない屑のくせに・・」
「貴方、ルベリエールの人間でしょ。何とかしなさいよ」
「おい、何とか言えよ」
レンとジルに視線が集まった瞬間、全員の不安の矛先が2人に向き、糾弾してきた。
「ちょっとー、何とか言いなさいよ」
「そうだ、なにすかしてんだよ」
「黙れ」
どんどん叫びになってきている声を制し、レンは只一言呟いた。その言葉に全員が呑まれた。たった一言に込められた殺気に食堂内は静寂に包まれた。
「まだ、報告が終わってねーだろ。おら、席に着け」
レンの言葉とは思えない声に全員が何も言葉を発せられずに各々の席へと戻って行った。それを確認するとレンは報告を続けた。
「先ほども言ったようにギガントスが百体、こちらに向かって来ているのは異常だと判断した俺達は理事長に連絡をした」
「理事長に・・?」
「あぁ・・」
言葉を返してきたのはシリカだった。流石トップクラスの魔法師なだけあって、名門の家系の生徒達は不安そうな顔は見せても、我を忘れて暴れるような事は無かった。
「理事長が言うには、先生に対策を持たせている、とのことだったんだが・・・」
「何?」
そのことを初めて知ったウリウスは教師達の方へと歩いて行った。
「心当たりのある者はおるのか?」
ウリウスは教師達全員を見ながら言った。
「いや、私は知りません」
「私も同じく、知りません」
「私も・・・」
「俺も知りません」
返ってくるのは否定の言葉だった。すると・・・、
「あっ!」
ガイウス・ローランが何かを思い出したように席を立ち走り去って行った。すると、ガイウスの手に大きな鞄を持って戻ってきた。
「もしかしてこれの事ですかね?」
「何をしとるんだ馬鹿者!!」
タジタジしながら帰ってきたガイウスにウリウスは大激怒して怒鳴った。
「す、すいません」
ウリウスの姿に驚いたガイウスはあまりにも情けなく、その場に座り込んで謝った。
「いいから、早くそれを渡さんか!!」
そう言いながらウリウスはガイウスが持ってきた鞄を取り上げると、全員に見えるように鞄を開いた。
「な、なんじゃ?これは・・・」
鞄を開き、全員が一斉に中身をみると、そこには・・・
「レベリー結晶のブレスレットと、・・・刀?」
レベリー結晶が十個ついたブレスレットが二つと、一本の刀が入っていた。流石にこれには全員の頭の上に疑問符が浮かんだ。そして、ウリウスは取り合えず、レベリー結晶の方を手に取った。
「な、なんじゃ?これは・・・」
先ほどと全く同じ言葉でウリウスは驚いた。そんなウリウスの姿が気になったのか近くにいた者たちがウリウスのもっているレベリー結晶を覗き込んだ。
「な、なんだ、これは・・・。魔法陣が中途半端に入っている」
「いや違うぞ、シギール先生。この十個のレベリー結晶で一つの魔法陣になっておるのじゃ」
覗き見た者達を代表したように叫んだゴルバ・シギールの言葉をウリウスが訂正して、全員に伝えた。
「べリスト先生、こっちもです」
「十個で一つの魔法陣になっているわ」
もう一つのブレスレットを見ていたシリカとメアリが全員に伝えた。
「一体、これでどうしろと言うのじゃ。ローラン、理事長から何か聞いておらんのか?」
「え、あ、はい。何も聞いてないっす。見れば分かる者がいるから、と言われただけで」
いまだに挙動不審気味なガイウスは、視線を一気に浴びながら答えた。
「そうか。それとこっちの刀は何なんだ?」
そう言って、ゴルバが刀に触ろうとした瞬間、
バチッ!!
「イタッ!!!」
と火花を放ち、ゴルバの手を弾いた。ゴルバは手を押さえたまま、うずくまった。
「大丈夫ですか?シギール先生」
うずくまったゴルバのもとにルナシス・ルーナリアが駆け寄り、急いで治療を始めた。
「ッ!!」
ゴルバの掌の皮がむけ、赤くただれるほどになっていた。その光景を見た生徒達は一瞬でそこまでの怪我を負わせた刀に恐怖心を抱いて、一歩下がっていた。
「あれ?これって・・・」
そんな生徒達の中から一歩踏み出したシリカが、腰を曲げ刀をマジマジと見つめた。
「どうかしたの?シリカ」
シリカの行動に疑問を持ったメアリがシリカの近くによって聞いてきた。
「私・・・、この刀に見覚えがあるような・・・」
「それはそうだろうね」
シリカは反射的に隣に目を向けると、真横にレンが来ていた。シリカはスッと上体を起こし、レンを睨みつけた。
「どういう意味ですか?」
シリカは喧嘩腰にレンに聞いたがレンは何も返さずに刀に手を伸ばした。
「お、おい。何をする気じゃ」
ウリウスは刀を掴もうとするレンを止めようとしたが、レンはそんな事お構いなしに刀をヒョイッと持ち上げた。手が弾かれると思って身構えていたウリウスや生徒達は呆気にとられたようにその場に棒立ちとなった。
「返してもらうぜぃ」
その瞬間を狙ったようにジルがウリウスとシリカが持っていたレベリー結晶のブレスレットを奪った。
「お、おい」
「何か問題あるかぁ?これは俺のレベリー結晶だ」
「何?」
ジルから奪い返そうとしたウリウスはジルの言葉に身を引いた。しかし、これはギガントスへの対策だった事を思い出し、ジルとレンに喰ってかかった。
「そんなわけないじゃろ。これはギガントスへの対策として、理事長渡してきた物じゃぞ」
「あぁ、知ってるぜぇ。だから、俺達が持つんじゃねーか」
ジルの言葉にウリウスは何が何だか分からずに怒鳴りつけようとすると、先にレンが口を開いた。
「見れば分かる者がいる、理事長はそう言ったんですよね?」
「あ、あぁ」
レンの質問にガイウスが答えた。
「それって俺達の事ですよ。傍観を決め込んでいないでお前達も戦えと・・」
「何じゃと?」
「まー、皆さんは休んで来てください。残り五千体は俺とジルがやります」
レンはそう言うとジルと共に食堂から出て行った。
誤字脱字があったら、報告をお願いします。