#5
食事をすませ、早々に会社に戻ると早速仕事を始めた。館野も笹本の席にすわってPCを立ち上げ、作業を始めた。香那紀は館野が当然のように隣に座ってきて妙にどきどきして落ち着かず、集中するのに苦労していたが、そのうち作業に没頭し始めた。館野も口を開かず、部屋の中には二人のキーボードを叩く音だけが響いていた。どのぐらい作業したのか、はじめてからしばらくたって、館野が急に口をひらいた。
「よし、とりあえず、インタープライムの現状データを揃えて君のフォルダにいれといた。見てくれないか。」
「はい。」
プランの練り直しのところに手をつけていた香那紀は館野がいうようにインタープライムの現状データを開く。香那紀は驚いた。元のデータはひどく細かいデータなのに館野が作成したものは余分なところが見事にカットされて、並びかえられ、香那紀がねらうことがわかるような一覧になって並んでいる。短時間でここまで気の利いたデータ提供をする人は見たことがなかった。
「はあ、すごいですねえ。さすがです。ここまで出来ていればこちらでもあまり加工せずにいけます。」
香那紀が正直に館野をほめると館野の端正な厳しい顔がふと優しくなる。
「なんだか君にほめられるとうれしいね。」
香那紀がまた、どきっとする。
「え?でも、部長はしょっちゅういろいろな人から賞賛されたりなさるでしょう?」
あわてて、話をかわすように返す。
「そんなことないよ。俺だってしょっちゅうしかられるさ。」
「え?部長がですか。」
「そりゃあそうさ、統括にコテンパンにやられたことだってある。仕事だからな。」
香那紀はPCで作業していた手を止めて、隣の館野を驚くように見た。
「へえ、なんでもスマートにこなしてしまう人だとばっかり思ってました。」
館野は困ったように軽くため息をついた。
「スマートにこなせたら毎度毎度遅くまで残業してないよ。」
「あ、それはそうですね。私が事実、要領悪いのでいつも遅いですもん。」
「君のは仕事が多すぎなんだよ。」
「それをいうなら部長もです。」
お互いにフォローして噴出したように笑う。館野は仕事に厳しくクールな印象があり、香那紀にとっては遠い人のように感じていたのに、今日はじめて話をしたばかりなのに今はとても親近感が沸いてくる。それが、香那紀にとっては不思議でならなかった。こうして何気ない話をしているのさえも楽しく感じられる。いつもは期限に向けて殺伐と仕事をこなして早く終えて帰って寝たいとばかり考えていたが、今はずっとこうして館野と一緒に仕事をしていたい気分になっていたのだ。クリスマスに降って沸いてきた大変なやっかいな仕事と思ったが、今は楽しいとさえ感じる。香那紀はそんなことを思ってふっと微笑むとプランの練り直しを区切りのいいところで切り上げ、データ加工に入った。館野も市場のデータ集めの作業にまた没頭していった。
それからどのぐらいの時間がたったのか、ふと館野が立ち上がる。
「ちょっとコーヒー飲んでくるよ。君もいくかい?」
香那紀は今の作業で途中で立ちたくないと思い、丁重に断ると館野は頷いて部屋を出て行った。香那紀はそれからもしばらく一人で没頭して作業をしていた。それでも、だんだんと眠気がさしてきてうつらうつらし始めた。香那紀はここのところ最終電車ばかりだったので睡眠不足だった。随分我慢していたが、そのうち意識が遠のいた。そこへ館野がコーヒーを二人分もって戻ってきた。
「麻生くん、コーヒー・・・。」
館野は香那紀が眠っていることに気付き、ふっと微笑む。
「そりゃそうだ、休憩ナシで今午前3時だもんな。よくやるよ。君は。」
そういって隣のデスクにコーヒーを置くと近くの椅子に無造作にかけてあったコートを取り、起こさないようにそっと香那紀の肩にかけてやる。館野は傍で少し香那紀をじっと眺めると香那紀の白い滑らかな頬に軽くキスをした。
「ん・・・」
その時香那紀が動いたので気付いたのかと思い館野は一瞬どきっとしたが、そのまま眠っているのでほっとして隣のデスクにもどって作業の続きをはじめた。