#4
営業企画部の香那紀のデスクにたどりつくと食べかけのサンドイッチをおきっぱなしにしてあったことに気付き、香那紀はあせる。
「すみません、だらしなくて。」
あわてて片付けようとする。
「なんだ、まだ食事してないのか。」
「はい、なんだかんだいっていつも適当なんですけど、徹夜になるかと思って少しはいれて・・・」
香那紀が言い終わらないうちに館野が話しはじめる。
「よし、じゃあ、まず腹ごしらえに行こう。俺も食べてないからな。そこで話聞くよ。」
「え?あ、はい。」
香那紀はきょとんとしている。館野はポケットから携帯を取り出し、どこかに電話し始めた。予約しているようだ。
「ああ、酒はのまない。時間がないから早めに出来るものを適当に。ああ、麻生くん、嫌いなものは?」
「え?あ、あの、特にないです。」
館野のペースに圧倒されている。
「じゃあ、10分以内でいくよ。よろしく。」
そういって館野は電話を切る。
「じゃ、麻生くん、とりあえず戸締りしようか。俺は奥を閉めてくるから麻生くんはすぐにでかけられるようにしてくれ。」
そういうと館野はクイックに部屋の奥に入っていく。香那紀はこの急な展開に驚きながらも、とりあえずPCの電源を落とし、コーヒーのカップをかたづけてバックに資料を詰め込みコートを持った。そこへ館野がもどってくる。
「じゃ、いこうか。」
「あ、はい。」
香那紀は館野のペースにひきずられるように館野のあとを追いかける。館野は背が高く180ぐらいはあると思われた。香那紀は170がきれるぐらいなのでその差10センチ程度だが、館野が近くにいるともっと大きく感じられた。度量が大きく、強引なぐらいの気質は傍にいる人間をのんでしまうのだろう。それで大きく感じるのだと香那紀は館野の背中を見ながら感じていた。館野は中央監視室の警備員にすぐ戻るからと一声かけて通用口からすばやく出て行く。香那紀は警備員に一礼すると館野のスピードに遅れて小走りにでていく。香那紀が通りにでると館野はすでにタクシーを止めて香那紀を手招きしている。あわててさらに走ってうながされるままにタクシーに乗り込む。
「すみません、のんびりしてて。」
「いや、いいんだよ。君を待たせたくなかったから。急ぎすぎたかな。」
館野が香那紀の顔をのぞきこんだ。香那紀は急に館野が近づいてきたので心臓がぴくんと一瞬はねあがった。
「い、いえ、ぼおっとしてる私が悪いんです。部長はなんでもすぐに段取りして先のことまで考えていて、やはり、頭の良い方ですね。驚くばかりです。」
館野がくすくす笑う。今日はよく笑う。いつもそうなのかもしれないが、香那紀はあまり面識がないため館野が笑うたびに驚く。
「君も頭がよくて、男気があってりりしいらしいな、まわりから頼りにされてるだろ?」
香那紀がぱあっと赤くなる。
「男気って、あの・・・。」
館野がその様子をみてまた笑う。
「ははは、ごめんごめん、悪気はないんだ。これでもほめたつもりなんだよ。そういうやつが俺は好きなんだ。」
香那紀は館野の「そういうやつが好きなんだ」と何気なく軽く言った言葉にさらに心臓が大きく鼓動する。
「俺はそういうやつは男でも女でも好きなんだよ。そういうやつと気が合うし、仕事してても遊んでても気持ちいいからな。あ、すみません、そのあたりでいいです。」
館野の言葉に運転手は道路の路肩に車を寄せて停めた。車を降りるとすぐに和食の少しモダンな佇まいの店に館野がはいっていく。香那紀もあとに続く。店にはいるとすぐに奥の小部屋に案内された。館野が促すままに席につくとすぐに前菜がでてきた。
「仕事の話をするのに、ギャラリーがいるとまずいと思って部屋をとったんだ。さあ、食べよう、ゆっくりはしていられないからな。」
そう促されて香那紀は箸をとる。
「いただきます。」
少し緊張気味に前菜に手をつけ、口に運ぶ。
「早速なんだが、さっきの大枠のストーリーの話を聞かせてくれないか。」
食べながら館野はすっといつもの厳しく鋭い目つきのやり手のビジネスマンの顔になる。香那紀が緊張しているのもお構いなしで話を促した。
「あ、はい。」
香那紀は緊張している場合ではない、これは仕事なんだからと自分に言い聞かせ、館野の要望に応えてストーリの説明をした。
「なるほどな、そうするとインタープライムの現状のデータとうちと市場のデータの正確なやつがいるな。この間、繁野が出してた資料ではそのデータがあいまいで説得性もなかったからな。木藤はどこからあのデータをひっぱったんだろうな。うちには依頼はなかったぞ。」
館野の話に香那紀は苦笑する。おそらく木藤は他に数々の案件を抱えていたのと性格的に少々大雑把なところがあるので期限に間に合わすために企画をとおさなかったんだろう。通したデータを使えば資料の中身を詳細にしないといけなくなるからだ。
「あとはうちと契約したときの業績予想だな。そのデータも甘かったな。どんな積み上げをしたのやら。もう少しシビアに緻密に積み上げないと信憑性がない。インタープライムはそんな甘い会社じゃない。短い期間に力をつけてきたやり手の企業だからな。」
「はい。そうですね。私もいろいろ外部からのデータも引っ張ってみたんですが、ただの勢いだけではないですね。戦略もしっかりしているし、計算づくのようです。それだけに下手なプランはだせません。」
「たしかにな。わかった、じゃあ、そのデータの収集を俺が担当するとしよう。君はそのデータの見せ方やプランの詳細の見直しを担当してくれ。」
「はい、わかりました。」
仕事の話を終えると館野は急に柔らかい表情になって香那紀に話をしてくる。
「ところで君は笹本といつも一緒にいるよな、今朝も一緒だっただろ。つきあってるのか?」
唐突な館野の質問に香那紀はまた、さっきの緊張が戻ってきた。妙にどきどきする。
「え?い、いえ、笹本くんとは先輩と後輩の仲です。笹本くんが入社したときに指導を担当したんです。それでなんとなく気が合うし、仕事もチームで一緒にすることが多いのでなんだかんだいって一緒にいるんです。」
「へえ、あんまり仲がいいからてっきりプライベートでもつきあってるのかと思ったよ。」
「いえ、それはないです。笹本くん、今日は長い間アプローチし続けたマドンナと初デートするって早々に帰りましたよ。」
あわてて否定する。
「なんだ、じゃ心配することなかったんだ。」
「え?」
香那紀はどきっとする。
「いや、仕事とはいえ、遅い時間に君と二人きりだからな、彼氏だったら申し訳ないとおもっただけさ。」
館野はすまして笑う。香那紀はその時なんだかがっかりした。そうだ、館野は自分に興味をもってくれてるんではなくて仕事に興味をもっているだけなんだからと少し期待した自分を諌めた。
「付き合っている人はいないのか?君は美人だから相当もてるだろう?」
「え?もてませんよ。私なんて。友達はたくさんいますけど、彼女にしたくないみたいです。」
「彼女にしたくない?」
「はい、さっき部長もおっしゃったじゃないですか、どうやら男の人より男らしいみたいです。」
香那紀が笑う。館野はその漆黒のような瞳をまっすぐ香那紀にむけた。
「そうかな。そうやって言ってるやつらが軟弱なんじゃないのか。君はそこらへんの男じゃ乗りこなせないぐらいに上等だってことだと思うけど。」
「え?」
香那紀は再び館野の言葉に翻弄される。館野がさらっという言葉に香那紀は変な期待をしたり、がっかりしたりでいちいちどきどきさせられる。
「さて、そろそろ行こうか、遅くなるとそれだけやることが遅れる。」
そういうと館野は立ち上がった。香那紀も続いてたちあがろうとすると館野に制された。
「いいよ、支払いをしてくるから、まだ座っててくれ。」
「あ、でも・・・。」
香那紀がバックを取ろうとする。
「いいよ、ここは俺のおごりだ。誘ったのはおれだからな。」
「でも、仕事を手伝っていただくのにお食事まで・・・。」
香那紀はゆずらない。館野は仕方ないなという顔をして苦笑する。
「いいんだよ。その代わり仕事で返してくれよ。俺は君と仕事できることがうれしいんだ。期待してるよ。」
香那紀は唐突にビジネスマンなら殺し文句だろう言葉を言われて素直に引き下がる。
「はあ、ありがとうございます、それではお言葉に甘えて・・・。」
館野はその様子ににっこり微笑むと部屋を出て行った。