#3
その日のルーチンワークを昼食もそこそこ午前中にすべて片付け、午後から企画の練りなおしで費やした。夕方までかかって大枠のストーリーはできたので、繁野のところに報告にいくことにする。香那紀はストーリーの構成をあらかじめ粗粗打ったものをもって小会議室で繁野に説明をした。
「さすがだな、この内容でいこう。あとは先方が納得いくようにデータの裏づけをわかりやすく資料に表現してくれ。週末、面倒かけるが、よろしく頼むよ。」
そういうと、繁野はお取引先の経営者様との懇談があるからと出かけてそのまま帰宅するといって消えた。金曜日である。それは口実で呑みにいくのはバレバレだった。
「部下に仕事押し付けて自分は飲みにいっちゃうんだから、ほんと勘弁してよ。」
そうつぶやいてどんよりした気分で席に戻る。デスクにもどってくるとほとんどの人が既に退社してちらほら人がいる程度だ。笹本も香那紀のデスクにメモをはりつけて早々に退社していったようだった。
「先輩、お先に帰ります。ばっちり勝負してきます。先輩、死なないでくださいね。俺、月曜日に介抱しますから。では、お先に〜。」
香那紀はふっと笑う。
「がんばれよ。月曜に生きてたら話きいてやるから。」
独り言のようにメモに返事を返すと、香那紀は一人仕事に取り掛かった。しばらくは数字のグラフ化で見栄えのいいものを工夫していてあっという間に時間がすぎる。香那紀は昼間コンビニで買って置いたサンドイッチに手をつける。
「ああ、コーヒーでものもっかな。」
休憩室にいこうと立ち上がると、部屋にはすでに誰もいなくなっており、いつの間にか一人になっていたことを知る。一人になってみるとこの部屋はやけに広い。普段は50人ぐらいいるから、狭苦しい感じがしていたが、誰もいなくなってみるとがらんとしてやけにひろいと感じる。いつもは残業組みがちらほらいるのだが、今日は人っ子一人いない。香那紀はクリスマスだからだよなと思いつつ部屋を後にした。休憩室でコーヒーを手に窓からふと外の景色に目をやる。大通り沿いにあるこのビルの周辺はにぎやかく、イリュミネーションで華やかに彩られている。香那紀はしばらく眺めながらコーヒーを飲んでいた。そろそろ仕事に戻ろうかと振り向いた時、誰かが休憩室に入ってきた。
「ああ、麻生くんか。まだいたのか。」
館野だった。香那紀は館野に声をかけられるのははじめてだったのでびっくりする。
「館野部長、お疲れ様です。まだ仕事が残っているもので。」
少し微笑みながら緊張気味に応える。
「君はいつも遅くまで仕事をしているんだね。」
「えっ?ご存知なんですか?」
館野の企画部とは部屋が違うので残業組みでいつも会社にいることを知ってるのが以外だった。
「ああ、俺も残業組みでね。君たちの部屋の前を通るといつも男に混じって女の君が仕事してたものだから。」
そういうと館野は優しく微笑んだ。香那紀は一瞬どきりとする。館野の端正で知的ないつもは厳しい顔が柔らかく笑ったのが以外で、しかも初めて話をするような自分に笑いかけていること自体におどろいた。香那紀は館野が笑うところは見たことがなかったのだ。
「何、そんなおどろいたような顔してるんだ?」
「え?ああ、すみません。館野部長ってもっと厳しくて怖い人かと思ってましたので、こうやってお話なさるのが以外だったんです。」
「怖い?俺が?」
館野がおどろいて聞き返した。
「はい、時々会議などで拝見するだけですが、頭が良くて仕事に厳しい方だと思いました。」
「そりゃ、仕事は厳しいさ。誤魔化しや、手抜きはゆるさない。でも、俺はいつも怒っているわけじゃない。」
館野がまた笑う。
「君こそ、仕事には厳しく、手抜きをしないだろ?君の仕事は評判だよ。さすが、こんな遅くまでやってるだけはるな。まだ相当かかるのか。」
「いえ、そんな回ってくる仕事をとにかくできるだけ仕上げているだけです。いつも確かに遅いのですが、今日は特別です。月曜の事前プレゼンに間に合わせてくれということで企画のやり直しの件を今朝いただいたものですから、それまでに間に合わせないといけないんです。」
「ああ、それもしかしてインタープライム社の件か。」
「ご存知なんですか?」
「ああ、繁野が月次会議で統括にコテンパンにやられてたからな。あれ、木藤くんが担当したんだろ?結局君のところにまわったのか。」
香那紀は苦笑して頷いた。
「そりゃ大変だ。間に合わせられるのか?」
「なんとかがんばります。」
「なんとかってあの量からするとほぼ徹夜でやらないと間に合わないんじゃないのか。」
「はい、おはずかしながら。」
「でも、繁野はいそいそとさっき帰っていったぞ。だれも手伝いはいないのか。」
「はい、金曜日ですし、クリスマスですから。みなさんいろいろとご予定があるのでしょう。しかたないですね。でも、大丈夫です。いつものことで慣れてますから。」
「よし、じゃあ、俺が手伝うよ。」
「え?」
突然の館野の申し出に香那紀は目を剥いた。
「裏づけデータなんかだったらうちの専門だからな。少しは役に立てるだろう。」
「そんな、もうお帰りになろうとなさってたんですよね。ご予定もあるでしょうから、もうそんなにお気になさらないでください。」
あわてて香那紀が丁重にことわると館野はまた微笑んだ。
「いいんだよ。どうせ、予定なんかない。どっかにぶらっと寄って帰ろうと思ってたぐらいだよ。」
「え?でも、そんな申し訳ないですから・・・。」
「何言っているんだ、我が社の大口の大事な顧客への商談用だろ?質のいい物もっていかないとな。一人でやるよりいろんなことに気付けるからきっと早くていい物ができるさ。それに俺もインタープライム社に関しては興味があるからな。それでどこまでできているんだ?」
「ええ、大枠のストーリーは夕方に繁野部長に確認してもらい承認済みです。今はその中のもともとある資料からのデータをわかりやすいグラフにするためにレイアウトや色使いを考えていたんです。」
「そうか、じゃ、まず大枠のストーリーの説明をしてくれよ。」
「はい。」
そういうと二人は休憩室を出て営業企画部のある部屋へと向かった。