#2
デスクに座ると仕事はじめにまずはメールチェックと社内情報のチェックをする。香那紀がPC立ち上げをすまし、社内ネットにアクセスしているとふと繁野部長から声がかる。
「ああ、麻生くん、ちょっと来てくれないか。」
にやけていた顔が急に仕事の顔になる。
「はい。」
繁野は香那紀と目を合わせると小会議室を指さした。香那紀は黙って頷いて繁野の後に会議室に入る。繁野は香那紀が所属する営業企画部の部長で40過ぎの少し体格のいい、いかにも人のよさそうな雰囲気の男である。
「おはようございます。繁野部長。どのようなご用件でしょか。」
繁野は急に申し訳なさそうな顔をする。その顔を見た途端香那紀はいやな予感がした。
「すまないが、このプレゼン資料作成を至急やってくれないか。」
だされた資料の束を香那紀がペラペラめくる。
「これはインタープライム社への商談用のプレゼン資料ですね。」
「ああ、一度、木藤君にまかせたのだが、統括からクレームがついてね、やりなおさないといけなくなったんだ。木藤君にはまだ任せるには早かったようでね、企画の内容自体を替えろといわれてしまったんだよ。確かにこの内容では私も不足だと思う。それで、君に代わってもらいたいのだよ。」
「はい。わかりました。」
「いつまでですか。」
「うん、それが、統括交えてのプレゼンは25日なんだよ。」
「え?25日って月曜日じゃないですか。今日、金曜ですよ。部長!」
「それだから君に頼んでいるんだよ。この短期間で仕上げられるのは君しかいないからな。今までも君はどんなに無理な状況でもなんとかしてくたからな。」
香那紀はため息をついた。
「はあ、わかりました。出来るだけの努力はします。」
「受けてくれると思ったよ。さすがだな、麻生マネジャー。インタープライム社のデータは木藤君のものをそのまま君のフォルダに貼り付けておくから使ってくれ。」
「はい。わかりました。」
「たのんだよ。」
繁野はすまなそうに香那紀に手を合わせる。香那紀はもう一度ため息をついてそれに頷いた。席に戻ると笹本が香那紀の憂鬱そうな顔を見て声をかけてきた。
「先輩、どうしたんですか、さえない顔して。部長に何か言われたんですか。」
「ああ、今日から週末は徹夜だわ。」
「ええ?クリスマスなのにまたですか?先輩。」
香那紀はため息をつく。
「毎年何かあるとは思うけど、やっぱり今年もかってかんじよね。」
笹本が気の毒がって同情する。
「先輩、クリスマスと縁がないですねえ。」
「あほ!縁がないのはクリスマスだけじゃないでしょうが。世間様のイベントには縁がないのよ。だからもてないんでしょうが。」
「それ自爆してますよ。先輩。」
笹本が笑いをこらえてつっこんだ。
「大きなお世話だ。笹本。」
香那紀はむっとしながら応える。ふと笹本は香那紀が手にしていた資料に目をやる。
「プレゼン資料ですか。それ。」
香那紀が頷く。資料の表紙にインタープライム社の名前が見える。
「これ、インタープライム社じゃないですか!」
「ばか!しっ!」
デスクの何人か向こうにいる木藤がちらっと香那紀を見た。笹本は急に小声になった。
「これ、木藤先輩が担当してたじゃないですか。どうして。」
「統括に却下されたらしいの。担当者も替えて企画内容から見直せってことらしいわ。」
「うえ〜。そりゃたいへんだ。これいつまでなんですか。」
笹本が目を剥く。
「しかも月曜までよ。」
「え?25日ですか?今日、金曜ですよ、先輩!」
「そう、だから徹夜なんじゃん。」
「そりゃ先輩のところに来るの納得だよな。週末だけでこれ仕上げられるの先輩ぐらいしかいないですよ。手伝いたいのやまやまなんですが、すみません、今日は事情付きなのでで勘弁してください。」
「わかってるわよ。そんなこと。楽しんでらっしゃい。きっと月曜日は私死んでるかもしれないけど。」
「そんなあ〜。先輩無理しないでくださいね。」
笹本が甘えたような声を出す。
「わかったって。いつまでも人にかまってないで早く仕事にとりかかんなさい。」
うっとおしそうに軽く香那紀が叱りつける。
「はいはい。かしこまりました。」
「返事はひとつで!」
「はい!」
そう返事をすると笹本は気合をいれて自分の仕事に没頭し始めた。香那紀も木藤の資料に目を落とした。