#1
急に思い立って2006年12月23日から2日間で完結まで仕上げたものです。あの時はどうしてもクリスマスにまにあわせたかったんです。笑
季節過ぎてもこうして今、多くの人がお読みくださって毎回アクセス数が伸びていくのを楽しんでおります。本当にありがたいです。
ここをひらいてくださったのも何かの縁。是非最後までお読みいただければば幸いです。
また、読後、是非感想などお寄せください。励みにしてまた、新しい作品を積極的に書いていきたいと思います。では、クリスマスの奇跡をどうぞ。
AM.7:30。朝のラッシュの中、麻生香那紀は重い体をひきずりつつ、小走りに駅のホームへと向かっていた。香那紀は朝が苦手だった。もちろん、次々と沸いてくる人の塊が物のように電車に押し込まれる通勤ラッシュが苦手だからではない。会社にはいって8年もたつと仕事が膨らみ、ここ数年は深夜まで残業が続き、0時を過ぎて最終電車で帰り、朝はいつもの時間に出勤という日が続くことも多い。どんなに長く仕事をしても朝は時間を割り引いてはくれない。カードリーダーを8:30までにとおさなければならないのだ。もちろん、仕事は待ってくれないので仕事の内容や期限によっては、休日も出ることもめずらしくない。したがって慢性的な睡眠不足と過労で重い体とボケボケの頭とお付き合いしているがゆえ、朝が苦手なのである。
香那紀は定期のカードを自動改札に通し、ホームの人ごみに混ざる。
「2本は待たないと乗れそうにないな。」
そう思って軽くため息をついて前から2両目の列に並んだ。この時間は列車が3分間隔に来る。電車に乗るまでに数分待たなければいけない。香那紀は電車の中で読もうと思っていた経済新聞をだして読みたい箇所のみ読めるように小さく折りたたんで読み始める。毎日の日課である。女性には珍しい光景である。香那紀は今年30歳のいわゆる男性と肩を並べて仕事をする総合職で、どんな仕事でも一旦引き受けたら最後までやりきり、仕事の中身も良い評価をもらう、いわゆる出来るワーキングウーマンとして会社では通っている。そのおかげか毎日が仕事三昧で、世間で聞く今時のOL生活とはまったくかけ離れた「会社で過ごして家で寝る」という味気ない生活を送っている。もちろん、付き合っている男性もいない。まあ、これに関しては暇がないというより、香那紀の男っぽくりりしすぎる気質が災いして、結構な美人でスタイルもかなり見栄えもいいはずなのにもかかわらず、男友達はたくさんいても男以上に男らしいところが彼女にするには敬遠されてきたのだ。その辺は会社にはいっても同じで、本人も自覚していた。混雑する中、なんとか2本目の電車に滑り込んだ香那紀は、もちろん立ちではあるが、なんとか新聞を読むスペースを確保してほっとする。新聞は、週末のクリスマスや年末年始の話題に関するニュースが目立つ。
「ああ、そう言えば世間はクリスマスか・・・。」
香那紀は他人事のように心でそうつぶやくと興味なさげに他の記事に目を通す。今日はクリスマス前の金曜日である。会社はきっと今夜や明日のイベントに浮き足立っている人も多いだろう。17:00の定時で急に人口が少なくなるのが簡単に予測できた。香那紀はと言えば、いつも仕事三昧でクリスマスにきまって急な仕事が回ってきて、有無を言わさず深夜までの仕事になる。入社したての頃はなんでクリスマスに私だけ・・・?とよく嘆いたものだが、毎年となるとさすがに諦めの境地である。たぶん、今日も急な仕事が舞い込んでくるであろうことはもうすでに予測して覚悟している。それでも、世間がクリスマスモードで盛り上がってくると一抹の寂しさやむなしさは感じていた。
「何してるんだろうか・・・、毎日毎日仕事しかしてなくて・・・。」
時折、オフィスで夜遅くに一人で仕事をしているとふとそんなことを考えてしまうときもある。仕事は嫌いじゃない。やりがいだってそれなりに感じる。認めてもらえるとうれしいし、それでそれなりに昇格もしてビジネスライフとしては申し分ないように思う。それでも、香那紀は何かが足らないと感じていた。
約25分電車にゆられたあと、駅からはのんびり徒歩5分の道のりを歩く。ふと、後ろから聞きなれた声で威勢よく呼び止められる。
「おはようございます、麻生先輩。」
5つ年下の後輩の笹本隆一である。身長は170ちょっとであまり大きくはないが、人懐っこそうな笑顔で愛想がいいこともあり社内でもまずまず人気のあるイケメンである。。仕事は入社3年ともなるとそれなりにこなすようにはなっているが、おっちょこちょいでよく香那紀がカバーしてやる。笹本はデスクも隣同士で、昼食も一緒にとったり、雑談もよくするなど結構仲がいい。もともと入社時に仕事を教えたのが香那紀なので、今でもその延長上でこうして慕ってくる。香那紀も弟みたいな感じでついついかまってしまうのだ。
「おはよ。朝から何?うれしそうな顔しちゃって。」
いかにも年下をからかうような雰囲気で香那紀が声をかける。
「えっ?そうですか?ははは・・・やばいな。」
「なんかいいことあったのね、その顔だと。」
「ええ、その・・・、アタックし続けていた人に昨日OKもらえたんですよ。」
笹本は照れくさそうに、でも、真っ赤な顔してうれしそうに言った。
「へえ!あの、コンパで知り合ったって言う、2つ年上のマドンナ?」
「声が大きいですよ、麻生先輩!」
まわりを見回しながら口に人差し指を当る。
「そうか、良かったわね。それじゃあ、もしかしてイヴはその人と?」
笹本が恥ずかしそうに頷く。
「やったわね!諦めず、アタックし続けてよかったわね。早速会社いったらコーヒーおごるわ。乾杯しましょ♪」
香那紀はそう微笑むと笹本の腕を引っ張って会社のビルに駆け込む。
「ちょっと、麻生先輩!」
急に引っ張られて転びそうになって近くを歩いていた男にぶつかった。
「すみません。」
笹本は香那紀の手を抜け出して立ち止まってお詫びする。
「ああ、笹本くんか、朝からにぎやかいな。」
笹本が顔を上げるとそこには見知った顔があった。
「えっ?あ、館野部長!すみません。不注意で。」
「いや、気にするな、でも、君は麻生と仲がいいんだな。」
館野はちらっと笹本の後ろにいる香那紀をみる。
「すみません、失礼しました。」
香那紀も申し訳なさそうに誤ると笹本をもエレベーターホールにもう一度引っ張っていった。
オフィスに着くとなんとか始業15分前。休憩室の自販機で2人分のコーヒーをもってデスクにたどりつく。
「先輩、急に引っ張らないでくださいよ。館野部長、絶対起こってますよ。もう。」
「ごめんごめん、災難だったわね。でも、大丈夫よ、あれぐらいで怒ったりしないわよ。」
「館野部長って怖いって有名じゃないですか。まずいですよ。目つけられてにらまれたらどうするんですか。俺、企画に物頼めないですよ。」
「そんなことあるもんですか。そんな肝のちいさな男じゃなさそうよ。彼。」
香那紀は軽く笑って返す。香那紀は館野のことをあまりよくは知らないがなんとなくそんな気がしたのだ。館野真人は33歳で社内ではクールで切れ者として名が通っていた。スピード出世で企画部長となったエリートである。前期の社内プレゼンでは何人も撃墜されている。彼には誤魔化しがきかないのだ。しかし、その容貌は背が高く、サラリーマンといった風よりもモデル並みにセンスも着こなしもいい。顔も端正で美しい。眼は漆黒のように黒く鋭い。仕事以外は女性には上品でスマートな対応をするので独身であることも手伝って人気は高い。香那紀は会議などで一緒になったことがある程度で、あとは噂しか知らない。それでも、仕事のこと以外では大して気にしないような度量がありそうに思えて、香那紀自身はわりあい好印象を持っていた。
「さあ、今日も一日がんばるか。早く帰るんでしょ?」
香那紀は笹本をつっついて小声でいった。
「今晩は勝負日なんでしょ?」
香那紀がにやにや笑う。
「先輩!」
困ったようにあせって笹本が睨む。香那紀はくすくす笑った。