序
あちらから、こちらからと次々火の手が上がり、朱の穂先は風に煽られ渦巻き、我先にと新たな穢れ無き空を求める。
熱気を帯びた風が頬を掠め、じわりと玉の汗が滲み出るが決して不快では無い。
むしろ熱と共にやって来る火の粉でさえ高揚を誘い心地がよい。
額に張り付く銀糸の髪を指で払いのけ、天を仰げば満天の星。地上とは相反し、ただ朗々とそこに広がる光の屑は酷く無情に感じられた。
間もなく完了する大義に名を付けるとするならば
「解」
だが己の中にあるそれは、万人の許すものでは無く、じきに現れる反撃より身を隠さなければならない。
しかし、未だ連れが戻らない為こうして火中に身を潜めているのだ。
もたもたしていると己の身まで危機に晒されてしまう。
なに…無益な死が此処に無い事はとうに確認済みなのだ、先に行ったとしても、あれの足ならばきっと追いつくだろう。
身を翻し立ち去ろうとした瞬間、視界の端に飛び込んできたそれに、目を見張った。
瓦礫の下に少女がうずくまっているのだ。
ーー女子供はとうに皆逃がした筈…。
少女が身じろぐ度に、幾重にも折り重なった瓦礫の上に火の粉が降りかかる。
「ちっ…!」
舌打ちし、傍に駆け寄った。
「おい!大丈夫か!?」
だが返事は無い。口元は何か言いたげに動くものの、煙を吸い込んでいるのか音にはならなかった。
「すぐ助けてやるからな!」
腕を掴み、ぐいと強く引くといともあっさり少女の全身が現れた。
どうやら倒れた柱の隙間に巧く入り込んでいたようだ、怪我をしている様子も無い。
細い四肢に、か細い肩、顔は未だ十分にあどけなく、何故このような場所にいるのかと首を傾げる。
瓦礫の山と化しているが、この場所は元々牢なのだ。その証に少女の手足には枷がはめられている。
どう見ても十四〜五のか弱き少女に使うにしてはあまりにも厳重なそれに眉を寄せた。
兎に角この場から離れなければと、ぐったり力無く伏せる少女を肩に担ぎ上げたところで、遠くから黒い影がこちらへ駆けて来るのが見えた。
「夜兎!」
燃え盛る山を崩し、炎を掻き分けやって来る獣に向かい、男が叫ぶ。
声を聞き、足を早めた黒い塊は男の意図を読みとったか、身を翻した男の背を追い、そして二人と一頭は炎の隙に姿を消した。
後に残されたは完全に焼け落ちた城と、尚も静寂を守る夜の闇だけだった。