絶対的存在に植えつけられた誤りは、解けることなく。芽は大きくなるのを、放棄する
あなたのことが好きでした
……と、言いたいです
あなたのことを愛していました
……と、言いたいです
でも、言ってはいけないと貴方が教えてくれました
だから、言いません
私が「好き」や「愛している」という言葉を紡ぐのは
間違っているのだそうです
私は言うに値しない存在なので、使ってはならない言葉だそうです
何故ならば私は、人間ではありません
そもそもが、イノチというものがありません
生きて活動し、繁殖するものではないのです
人間にどうにか擬態している、得体の知れないモノです
慈しみ恵む、尊い感情が芽生えることはありません
そうです、私はそのことを知っていました
イノチあるモノは、産まれると一人の『運命の相手』を捜す旅に出ます
出逢えるかは、分からないとしても
けれど、イノチあるモノには、必ず運命の相手が存在するのです
生きて、その相手を捜すのです
私は、それがとても羨ましい
焦がれた私は、偽りのイノチを自分に吹き込みました
だから、どうにか動いています
私も運命の相手を探し、廻り逢いたい
人間の生き方は一生懸命観察し、学習してきました
見よう見まねで、覚える努力をしてきました
イノチあるモノがそうしていたように、ずっと幸せに生きてみたかったのです
愛する人と、二人で
見ているだけでこちらが幸せになれる二人
心がぽかぽか温かくなって、笑みが零れてしまう
好きから始まって、恋になって、愛していく
そんな存在が私にもいると願い、私は懸命に探していました
貴方がその相手だといいなと、ずっと思いました
そうであって欲しいと願って……いえ、“決め付けて”いました
でも、違っていました
貴方は、運命の相手ではありませんでした
優しい貴方が教えてくれました
……幾ら探しても、私には運命の相手がいないことを
……何故ならば私には、イノチがないから
ここで存在していては、いけないモノだから
優しい貴方は、私のことがとても嫌いでした
けれど、優しすぎて断ることが出来ずに、そばにいてくれました
私は、貴方が私のことを好きでなくても嬉しかったです
近くにいてもらえて、心の底から楽しかったです、幸せでした
でも、よく考えたらそれは悪いことでした
貴方には愛する人がいました
その子も貴方のことを愛していました
相思相愛の、運命の恋人同士でした
しかし、私はそれに気づくことがありませんでした
こんなにも求め、互いに愛し合う尊い二人の邪魔をしていたのです
貴方は教えてくれました
もし、私が本当に貴方のことが好きなら、愛しているのなら
貴方が誰のことを見ていて、誰を好きで、誰を渇望しているのか分かるはずだと
私は自分の気持ちを強引に押し付けるだけで、貴方の本当の想いに気づけませんでした
だから、私は貴方のことを好きでも、愛してもなかったのだと
つまり、私が紡いできた「アイシテル」の言葉は、中身のないもの
空っぽの私が皆さんと同じ単語を告げたところで、同じ意味になるはずがないのです
もし、私にイノチがあれば
貴方の想いに気づいて、身を引いていたでしょう
でも私には、それが出来ませんでした
なんて、愚かなのでしょう
貴方と美しいその人は、運命の恋人でした
「幼い頃から夢に出てくる女の子なんだよ」
貴方がそう言い、私は思いました
幸せになるはずの二人を、今まで邪魔していた私がとても嫌い
消えてしまえばいいのに!
貴方が言う通り、私はイノチがありません
手首を切って血を流しても、死にません
どれだけ身体を痛めつけられても、死にません
心臓を取り出しても、死にませんでした
死ねないのです
イノチがないので、死という概念がないのです
優しい貴方は丁寧に教えてくれました
私と関わったせいで死んでいった人々の事を
私のせいで人生を潰した人を、苦悩している人を
イノチあるモノは、自らの手で何かを産み出す素晴らしい力を持っています
身の程知らずにも、私が憧れてしまったせいで
数多の人が、不幸になりました
優しいみんなは耐え忍び、誰も教えてくれませんでした
でも、この世で一番優しい貴方だけが私にそう教えてくれたのです
貴方は、どこまでも優しい人!
みんなの為に、いえ、貴方の為に出来ること
一つだけ、ありました
役立たずのどうしようもない私でも、一つだけあったのです!
それは、私という間違った存在を消すことでした
私がいなくなれば、みんなは不幸になりません
貴方も安心して幸せを堪能できるでしょう
訊いたら教えてくれました
「私が消えたら、二度と貴方の前に現われなかったら。これ以上、私を嫌いにならないでくれますか」
「いいよ」
優しい貴方は、了承してくれました
私はとても嬉しくて、久し振りに“人間でいう笑顔という表情”を浮かべました
凄いことです、私でもみんなを幸せに出来るみたいです
私が消えるという簡単なことで、幸せに出来るんです
知恵をつけた生物は自由という最大の力を持っています
“自由”、それは、自ら命を絶つことができるという恩恵
私にイノチはないけれど、存在をここから消す……
つまり、仮初のイノチを消して、以前の場所に戻ることならできます
貴方が嫌がるので、私の目の光を消しました
貴方が嫌がるので、私の耳から音を遠ざけました
貴方が嫌がるので、私の耳障りな声を封印しました
全部、全部、消しましょう
そうしたら貴方は笑ってくれますか
願い事、願い事
どうか、みんなが幸せになれますように
でも、でも、一番の願い事は
『貴方が幸せでありますように』
私が消えれば、貴方は幸せになれると分かりました
ならば私は、喜んで消えましょう
私が貴方の幸せを願ったら、貴方は激昂しました
余計なことをしなくてよいそうです
私が貴方の事を考えるだけで、怖気がすると
私は、とても、はた迷惑な存在
貴方が近くにいると、とても暖かくて安心できて
寂しい時でも貴方を想うと、幸せな気分になれて
貴方が触れてくれるだけで、穏やかな気持ちになれて
私だけが幸せでした、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい
早く、貴方の前から私を消しましょう
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい
関わってしまったみんな、ごめんなさい
もう大丈夫、私が消えれば、元通り
おかしな転生を繰り返さなくても大丈夫
私に振り回されなくても大丈夫
私を護り続けなくても大丈夫
もう、大丈夫
運命の歯車に迷い込んだ異物は、砕け散りました
私は本来居るべき場所へと還ります
そこで為すべきことを、果たしましょう
運命の恋人を捜し、安らぎを、幸せを求め続ける為に産まれいく
イノチあるモノ達を見守り続けましょう
優しい貴方がこれ以上傷つかないように
平穏を手にする為に
その熱い魂と想いで運命の恋人を幸せにする為に
貴方に遭いに行かなければ、貴方はずっと幸せだったのに
長い間、傍に居てくれてありがとうございました
私は貴方に愛されていなくても嬉しかったです、楽しかったです
とても、とても、夢のような時間でした
何も出来なくてごめんなさい
癒すことが出来なくてごめんなさい
目障りでごめんなさい
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい
私の願い事、どうか、届いてこの想い
「貴方に永遠の祝福を。貴方が常に穏やかに幸せでいられますように。……『さようなら』」
これが、私の願い事
金の髪に紺碧の瞳の、綺麗な美しい花のような運命の恋人の貴女へ
どうか、今まで私があの人に酷いことをしてきた分
どうか、あの人を癒して救って、愛してください
……大丈夫ですよね、ありがとう
でも、本当は。
私も好きって言ってみたいな
私も愛してるって言ってみたいな
愛してるって言われたいな
愛し合いたいな
運命の恋人に出逢いたいな
言われたい言葉があったのです
伝えたい言葉があったのです
でも、無理なので、諦めました
最期までごめんなさい
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさ