不相応な彼女
王立中央学院は六年十二期で貴族社会に於いて必要な教育を行う。
基本的には、であるが。
中には講義についていけず、留年して六年で卒業出来ない者がいる。
そうした者達は「長老」と揶揄されるものの、それでもしがみつく。
何せ学院を卒業出来なければ、家督を継ぐ資格を得られないのだ。
これは王国憲章にて定められている為、通常例外は認められない。
現在家督を持つ者が亡くなり、嫡子が学生あるいは未就学の場合、
王国が親族より代行を指定して嫡子が資格を得るまで監督させる。
嫡子が資格を得られなかった際には、代行した親族へと家督が渡る。
よって、各貴族家の嫡子はほぼ全員が真剣に王立中央学院で学ぶ。
上級貴族も下級貴族も準貴族もが、である。次子以降も大抵は然り。
貴族社会に留まる為に、騎士や文官などを目指すことになる。
王国では数少ないが一人っ子。あるいは現実を見ていない者は。
努力せずとも将来は安泰と油断しているのか、慢心しているのか、
真剣さが不足しているように見える者がそれなりに現れてくる。
まあそうした者は大成する事は無論なく、後の平穏も得られない。
否が応でもそれを理解してしまうのは大抵卒業直後である。
◆
六年十二期を長引かせる者もいれば、逆に縮めさせる者もいる。
極少数ではあるが、飛び級を行うような優秀な生徒も存在する。
ただし飛び級を行った場合、卒業即騎士や文官への登用はされない。
「卒業後満十五歳の成人を以って」という規定が存在するために。
採用試験を受けて合格したとて、空白期間が出来てしまうのだ。
騎士ならば身体が出来上がっていない不安要素が生じてしまう。
文官でも成人前の子供に数々の重責を任せる事への不安がある。
それゆえ公職へは就けない。民間や冒険者なら全く問題はないが。
今回は飛び級で上がった優秀な女子生徒が一名存在した。
伯爵令嬢の彼女は五期六期を飛び越えて、一年早く七期に上がる。
上がった七期にはあの名高い「発明男爵」が在籍している。
有名人の彼は、それなのに飛び級はしていない。
面と向かっては言わないし、そもそも口にはしなかったものの、
自分は「発明男爵」にすらかなわなかった飛び級をしているのだと、
彼女は胸の内でそれを誇りに思っていた。
◆
その日、彼女は図書館で調べものをしていた。
彼女は嫡子ではない。姉も兄もいるため、家を継ぐ事はなかろう。
両親は結婚相手を探しているものの、あまり自分は乗り気でない。
騎士や文官も目指してはいない。冒険者になろうと考えていた。
冒険者の生活は不安定であろうが、己の実力を示せる世界である。
その為には学院で害獣や魔獣の知識を蓄え、備える必要がある。
調べているのは王都近郊で見かける魔獣の生息域と特性であった。
ふと後ろから聞こえる会話が耳にとまる。
ちらりと見れば、片方は確か同じ七期の筆頭公爵家の令嬢だ。
もう片方の少女は誰だか分からない。少なくとも大貴族ではない。
そうだ、同期のこの方だって飛び級はしていないのだ。
自分の優秀さを改めて噛みしめていると。
「ではフロル様も飛び級のお話があったのですね」
と知らない少女が口にする。発表されなかっただけなのか。
お話があった、という事は理由があって立ち消えになったのか?
筆頭公爵家令嬢は全てに於いて抜きんでていると聞いているので、
打診自体はおかしなものでもないが…
「わたくしは制式騎士団入りを目指していますから。
早く卒業したところで、そこへ入団出来ないのであれば、
今は地道に鍛え、学問を収めるべきと判断したのです。
飛び級を断るのも珍しい話ではございませんから。
ロド君は一期末に飛び級どころか卒業を打診されましたし、
過去にはミエルお姉様も卒業を打診されたそうです。
お二人ともその時に断った理由が、
『卒業してしまうと、図書館の書物を読めなくなるから』
と言われたそうですよ。少し妬けてしまいますね。
お互いあずかり知らぬところで意気投合されているなんて」
ミエルお姉様、とは確か大公令嬢のあの方か!
数十年来の天賦の才を持ち、かの軍務大臣に匹敵する実力者とか。
そんな人物と同じように卒業の打診をされて断ったと?
「ロド君は学生生活の傍ら、冒険者活動もしていますけど、
既に多数の大型魔獣討伐経験があるようですよ。
彼の妹さん達が言っていましたので間違いないでしょう。
その実力があれば、彼はすぐにでも制式騎士団入りでしょうが、
彼の望むところではないかも知れませんね。
ここの夜間照明のように、ものを作るのが彼の望みでしょう」
筆頭公爵家令嬢の話はまだ続いていた。
あの「発明男爵」は卒業を急ぐよりも知識を溜め込みたいらしい。
自分とは異なるが、目的があって学院に在籍していたのだ。
しかし、冒険者活動をして討伐経験があるとは知らなかった。
是非話をしてみたい。様々な体験談を教えて欲しい。
彼女は思わず振り向き、身分差を忘れて二人へ声をかけた。
もうささやかな優越感など吹き飛んでいた。
まだ自分には足りないものがある。
◆
後日彼女は二人を通じて「発明男爵」を紹介してもらい、
そこで得た様々な情報を冒険者活動の足掛かりとする。
時を待たず冒険者登録を行い、下積みを始めた。
後日優等生の一角として彼女達と同期卒業し、冒険者となる。
冒険者としての昇格は早く、一年程度で中級の三つ星まで上がるが、
その後の騎士団からの誘いは固辞して冒険者を続けている。
伯爵家の籍は抜けていないものの、貴族からは距離を置いている。
今の彼女はもう、実家の助力など必要としていないのだ。
学院で学んだのは貴族社会の知識ではない。生きる為の道筋だ。
「仕方なく」ではなく「なりたくて」なった貴族の冒険者もいます、と。
フロルの会話相手は「それでは魔術を教えます」のシルエラです。




