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ここはなにかが欠けている

不相応な彼女

作者: 浮月重月
掲載日:2026/10/08

王立中央学院は六年十二期で貴族社会に於いて必要な教育を行う。

基本的には、であるが。


中には講義についていけず、留年して六年で卒業出来ない者がいる。

そうした者達は「長老」と揶揄されるものの、それでもしがみつく。

何せ学院を卒業出来なければ、家督を継ぐ資格を得られないのだ。

これは王国憲章にて定められている為、通常例外は認められない。


現在家督を持つ者が亡くなり、嫡子が学生あるいは未就学の場合、

王国が親族より代行を指定して嫡子が資格を得るまで監督させる。

嫡子が資格を得られなかった際には、代行した親族へと家督が渡る。


よって、各貴族家の嫡子はほぼ全員が真剣に王立中央学院で学ぶ。

上級貴族も下級貴族も準貴族もが、である。次子以降も大抵は然り。

貴族社会に留まる為に、騎士や文官などを目指すことになる。


王国では数少ないが一人っ子。あるいは現実を見ていない者は。

努力せずとも将来は安泰と油断しているのか、慢心しているのか、

真剣さが不足しているように見える者がそれなりに現れてくる。

まあそうした者は大成する事は無論なく、後の平穏も得られない。

否が応でもそれを理解してしまうのは大抵卒業直後である。


◆


六年十二期を長引かせる者もいれば、逆に縮めさせる者もいる。

極少数ではあるが、飛び級を行うような優秀な生徒も存在する。


ただし飛び級を行った場合、卒業即騎士や文官への登用はされない。

「卒業後満十五歳の成人を以って」という規定が存在するために。

採用試験を受けて合格したとて、空白期間が出来てしまうのだ。


騎士ならば身体が出来上がっていない不安要素が生じてしまう。

文官でも成人前の子供に数々の重責を任せる事への不安がある。

それゆえ公職へは就けない。民間や冒険者なら全く問題はないが。


今回は飛び級で上がった優秀な女子生徒が一名存在した。

伯爵令嬢の彼女は五期六期を飛び越えて、一年早く七期に上がる。

上がった七期にはあの名高い「発明男爵」が在籍している。

有名人の彼は、それなのに飛び級はしていない。


面と向かっては言わないし、そもそも口にはしなかったものの、

自分は「発明男爵」にすらかなわなかった飛び級をしているのだと、

彼女は胸の内でそれを誇りに思っていた。


◆


その日、彼女は図書館で調べものをしていた。


彼女は嫡子ではない。姉も兄もいるため、家を継ぐ事はなかろう。

両親は結婚相手を探しているものの、あまり自分は乗り気でない。

騎士や文官も目指してはいない。冒険者になろうと考えていた。

冒険者の生活は不安定であろうが、己の実力を示せる世界である。

その為には学院で害獣や魔獣の知識を蓄え、備える必要がある。

調べているのは王都近郊で見かける魔獣の生息域と特性であった。


ふと後ろから聞こえる会話が耳にとまる。

ちらりと見れば、片方は確か同じ七期の筆頭公爵家の令嬢だ。

もう片方の少女は誰だか分からない。少なくとも大貴族ではない。

そうだ、同期のこの方だって飛び級はしていないのだ。

自分の優秀さを改めて噛みしめていると。


「ではフロル様も飛び級のお話があったのですね」


と知らない少女が口にする。発表されなかっただけなのか。

お話があった、という事は理由があって立ち消えになったのか?

筆頭公爵家令嬢は全てに於いて抜きんでていると聞いているので、

打診自体はおかしなものでもないが…


「わたくしは制式騎士団入りを目指していますから。

 早く卒業したところで、そこへ入団出来ないのであれば、

 今は地道に鍛え、学問を収めるべきと判断したのです。


 飛び級を断るのも珍しい話ではございませんから。

 ロド君は一期末に飛び級どころか卒業を打診されましたし、

 過去にはミエルお姉様も卒業を打診されたそうです。


 お二人ともその時に断った理由が、

『卒業してしまうと、図書館の書物を読めなくなるから』

 と言われたそうですよ。少し妬けてしまいますね。

 お互いあずかり知らぬところで意気投合されているなんて」


ミエルお姉様、とは確か大公令嬢のあの方か!

数十年来の天賦の才を持ち、かの軍務大臣に匹敵する実力者とか。

そんな人物と同じように卒業の打診をされて断ったと?


「ロド君は学生生活の傍ら、冒険者活動もしていますけど、

 既に多数の大型魔獣討伐経験があるようですよ。

 彼の妹さん達が言っていましたので間違いないでしょう。


 その実力があれば、彼はすぐにでも制式騎士団入りでしょうが、

 彼の望むところではないかも知れませんね。


 ここの夜間照明のように、ものを作るのが彼の望みでしょう」


筆頭公爵家令嬢の話はまだ続いていた。

あの「発明男爵」は卒業を急ぐよりも知識を溜め込みたいらしい。

自分とは異なるが、目的があって学院に在籍していたのだ。


しかし、冒険者活動をして討伐経験があるとは知らなかった。

是非話をしてみたい。様々な体験談を教えて欲しい。


彼女は思わず振り向き、身分差を忘れて二人へ声をかけた。

もうささやかな優越感など吹き飛んでいた。

まだ自分には足りないものがある。


◆


後日彼女は二人を通じて「発明男爵」を紹介してもらい、

そこで得た様々な情報を冒険者活動の足掛かりとする。

時を待たず冒険者登録を行い、下積みを始めた。


後日優等生の一角として彼女達と同期卒業し、冒険者となる。

冒険者としての昇格は早く、一年程度で中級の三つ星まで上がるが、

その後の騎士団からの誘いは固辞して冒険者を続けている。


伯爵家の籍は抜けていないものの、貴族からは距離を置いている。

今の彼女はもう、実家の助力など必要としていないのだ。


学院で学んだのは貴族社会の知識ではない。生きる為の道筋だ。

「仕方なく」ではなく「なりたくて」なった貴族の冒険者もいます、と。


フロルの会話相手は「それでは魔術を教えます」のシルエラです。

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