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ある魔女のお話

作者: 小雨川蛙
掲載日:2026/05/11

 

 思い出すのは幼い時分。

 その中で必死に唱える魔法の言葉。


『馬鹿なことをしてら。魔力が足りないから魔法が出ねえ』


 聞こえるのは嘲笑。

 その中で必死に重ねる努力。


『生まれ持った才能の差ってのは残酷なものだねえ』


 心を挫く声と事実。

 それでも最適化を目指す。

 そうしなければ追いつけないと知っていたから。


『無駄な努力は辞めろ。認めろ。才能がないと』


 刻まれた記憶。

 師に見捨てられたという大きな傷は未だに癒えることはない。


『最早、教えることはない。あなたにに出来ることもない。故にあなたをここに置いておく意味もない』


 あぁ。

 もう随分と経つのに消えてくれない。



 *



 才能とは残酷なものだと私は思う。

 事実として、私は同級生たちに比べて遥かに才能がなかった。


 どれだけ努力をしようとも皆が易々通り過ぎる道を私は必死に乗り超える。

 どうにか乗り越えても皆はもうずっと先に行っている。

 それでも必死に追いつこうと藻掻いても距離はずっと縮まらない。

 それどころか離れて行ってしまう。


 その繰り返しだ。

 私の学びの人生と言うのは。


『認めなさい。いえ、認めるしかないの。例えるならあなたの才能は30までしかなかった。それなのにあなたは必死に50の道へ行こうとしている』


 師はそう言って私を諭した。


『諦めなさい。30の才能しかない者は50に辿り着けない。これ以上は辛いだけなのだから』


 きっと、優しさなのだろう。

 師に言わせれば誰もが認めなければいけないことなのだ。

 人にはそれぞれ到達できる地点と言うものが存在する。


 私のそれは常人より遥かに劣る30だった。

 だけど、この苦しみは50の人も、80の人も、100の人だって必ず経験するものなのだと。


 見込みのない者は学び舎を去るしかない。

 それは云わば囚われる続けるなという宣言にして救済でもある。


 多くの人はそれを受け入れて囚われるのを辞める。

 だけど、時には私のように学び舎を去りながらも必死に努力を続ける者も居る。

 ――尤も、それが報われることなんて決してないけれど。



 *



「先生?」


 声がして私はうたた寝から目を覚ます。


「ごめん、寝ちゃっていた」

「お疲れなんですよ。無理をするから」

「そうね。私はあなたと違って才能がないから」


 弟子の言葉に少し茶化してみせると彼は僅かに顔を顰める。


「僕、言いましたよね。自分の事を否定する言葉はやめてくださいって」

「ごめんごめん。ちょっと夢を見ていてね」


 私の言葉に弟子は小さくため息をつく。

 彼は。

 100どころか300だって与えられるほど才能豊かな魔法使いだった。

 端的に言えばこの世代。

 いや、世界を牽引するほどの才能。

 そんな魔法使いが何故、私の弟子なのか。


「先生の悪いところは自分を卑下するところだと思います――って、何度言いましたかね」

「さぁ、忘れちゃった」


 くすくすと笑いながら私は言葉を返す。

 誇らしい弟子はそんな私の頭を軽く小突く。


「今の僕があるのは全部、先生のお陰なのに」

「何を言っているの。全てあなたの努力のお陰でしょう?」

「僕は努力の仕方を知りませんでしたけれど」


 そうね。

 あなたは努力の仕方を知らなかったかも……なんて頷きを私は自分の心の中で押しとどめた。

 少しでも天狗になってしまえば過去の自分が汚される気がしたから。


 あぁ、それにしても運命なんてどう繋がるか分からない。


 私の才能は30で止まり、到達点もそこから先には一歩も進めなかった。

 しかし、学び舎を出た後も私は自分なりの工夫や努力を続けたのだ。

 残念ながら何一つ役に立たなかったけれど。

 だけど、実が結ばなかったのは私の才能が30までしかなかったからだ。


 それでも。

 それでも、私は考えることや工夫、そして努力を辞めることはなかった。


 そんなある日。

 町中で彼に出会った。


『突然申し訳ありません。あなたの魔力の流れがあまりにも美しかったので――一体、どのような修行を?』


 何のことはない。

 自身の才能では30までしか行けなかったけれど、私は300に至る道筋を誰よりも詳しく知っていたのだ。


「先生?」


 弟子の……。

 果たして弟子と呼んで良いのかも分からない魔法使いの呼びかけに私は自然に返事をする。


「やはりまだお疲れなのでは?」

「そうね。だけど、魔力の動かし方について新しい考えというか工夫が浮かんでいてね。まぁ、私の魔力ではとても実現できないのだけれど」


 私の言葉に彼は目を輝かせる。

 この顔を見る度に刻まれた記憶が少しずつ別のものに変わっていくのを感じる。


「もう少しまとまったら、また手伝ってもらっても良いかしら?」

「ぜひ、お願いいたします!」


 運命の皮肉を感じないでもない。

 だけど、その皮肉に今日も少しだけ私は救われている。

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