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主は悪役令嬢を名乗る公爵令嬢  作者: 狐のボタン


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愛された子



お嬢様の書かれた手紙は、その日のうちに旦那様の元へと送られ、数日後には旦那様と奥様が揃って別荘に来られると連絡があった。


旦那様方が来られるまでの数日間、お嬢様とメリスさんは揉めたり話し合いをしたりと騒がしかったけど、何やら一つの合意に至ったのか静かになり、二人とも気味が悪いくらい僕に優しくなった。

お嬢様はめちゃくちゃに甘やかしてくるし、メリスさんはやたらとスキンシップが激しく、幼い頃のように同じベッドで寝るようにと部屋に連れ込まれそうになって、抵抗していた所をメイドの人達に助けてもらったり…。

従者としての仕事がままならない程。


お嬢様が言われた婚約の話がどこまで本気なのかわからないけど、絶対に旦那様と奥様に止められるだろう…。

そう思ってタカを括っていた僕は甘かった。


お屋敷に到着した旦那様に、”ありがとうシン。これで娘も安心だ。私も何度も王家へ断りの話をしに行く必要もなくなるな”そう言われて抱きしめられた時は意味がわからなかった。

「僕は貴族ですらなく、お嬢様に拾われただけの…」

「その辺の調整はこちらでしておくから問題ない。私の妹リリスの嫁ぎ先、ベルフェラーゼ家の養子とすれば家格としても問題はなくなるからな」

ベルフェラーゼ家と言えば、元はルシフェラーゼ家の分家にあたり、侯爵家の中でも筆頭。

数年前に産まれた幼い一人娘がいる。

旦那様は結構なお歳だったのもあり、お子様が産まれてすぐに他界してるから、今の当主はリリス様。


「シンのお誕生日に結婚式をしましょうね。婚約発表は今すぐにでもするわ。ふふっ…レヴィアーゼ王妃の慌てる顔が早く見たいわぁ〜」

奥様もお人が悪い…。王妃様とは歳が近く、若い頃は何かとマウントを取られていたのが悔しかったそうで、お嬢様のお陰で金銭的な面での立場が逆転し、それが相当優越感みたい。

王家へお嬢様が嫁ぐのを一番嫌がっていたのも、実は奥様だったのかも。



旦那様と奥様が本気になってからはもうあっという間だった。

考え事をしている暇もないくらいにあれよあれよという間に話が進み…。

僕はベルフェラーゼ家の養子として一度そちらのお屋敷へと入った結果、何故かリリス様に気に入られてしまい…。

リリス様が、”可愛い息子は婿には出さない!”とか言い出されて、お嬢様が怒鳴り込んできて連れ戻されたり…。



たった一週間の出来事だったのに、怒涛のように過ぎていったせいで心労がすごい。

未だお嬢様との婚約とか現実味がないし、僕自身が”シン・ベルフェラーゼ“という名前になった事にも実感が持てない。

リリス様も毎日のように”息子に会いに来たわ”と公爵家へ顔を出されて一緒にお茶をしてるから、日々の違和感もすごい。

この”リリス様とお茶をする”というのは、お嬢様が唯一譲歩した結果だから、僕に拒否権はない。メイドとしてメリスさんが常についてるし…。



「はぁ…どうしてこうなった」

この一週間、何度となくつぶやいたセリフ。

少し一人になりたくて、このお屋敷に初めてきた時に使った井戸の側に座り、大きなため息。

「シンは何が不満なのですか?」

「メリスさん…」

本当に気配なく現れますね貴女は…。


「シンはお嬢様が嫌いですか?」

「嫌いではないですけど…。ここへ来たばかりの頃のように無知な子供ではないので、色々と悩みはしますよ」

身分とか、立場とか…。今まで主として慕ってきたお方なのだから。

「……シン。少し出掛けましょうか。付き合いなさい」

「…? はい」

断る選択なんてないからついていきますけど…。何処へ行くのだろうか。


普段、買い出し等で街へ出るときに使う馬車に乗りお屋敷を出る。

「メリスさん、何処へ行くのですか?」

「行けばわかります」


馬車に揺られてしばらく。止まったのは懐かしい花屋。

あれ以降、ここへ来る事はなかったのにどうして今更…?

メリスさんが馬車を降りるからついていく。


向かう先は大通りの店…ではなく…。

「いいんですか?お嬢様に絶対に近づくなと言われてるのですが…」

「ええ。お嬢様がなぜそう言われたか、今から理由を説明します」

大通りから路地へと入る。

懐かしい僕の育った…場所…?

おかしい。前なら一歩路地へと入れば薄暗く、すえた匂いがして不衛生で…。

老若男女問わず道端に人が座り込んでいたり倒れていたり。酷いともう事切れている人さえ居た路地が…。


ゴミ一つなく、道端で寝てるような人もいない。

「驚きましたか? お嬢様が十年近くかけて手を入れられてきた結果です。お嬢様が出資されている無償の病院、孤児院、お嬢様が立ち上げられた事業での雇用。そういった物が実を結んだ結果がここです」

「……どうして」

「お嬢様はおかしな言動をよくなされますが、とても慈悲深い方です。あの日、シンに出会って初めてこの国の実状を知った…と。知ってしまったのなら手を打たないままいられない。公爵令嬢の力があるならできるはず。そう仰られまして」

「お嬢様…」

この為にいろいろな事業に手を出されたと?

いつも将来のためにお金はいくらあっても困らないとか言っていたお嬢様が…?

ここの整備に幾ら掛かったかなんて想像もできない。


メリスさんの案内で病院や孤児院も見て回り、お嬢様が成された事の凄さに言葉も出なかった。

最後に向かったのは墓地。

ここも荒れた空き地に木の板や棒で墓標があるだけだったのに…。

煉瓦造りの塀がたてられ、墓石が並べられていて、周りにはきれいな花や木々が植えられ、ちょっとした公園のようにさえ見える。

「シン、こちらです」

メリスさんが立ち止まったのは一つの墓石の前。名前も何も書かれてはいないけど、誰のかは言われなくてもわかる。

「おばさんの…」

「ええ。シンの代わりにお嬢様が必ず年に一度、ここへ来られていたのです」

「どうして僕は連れてきてくれなかったんですか!?お願いしても来ることさえ許されなかったのに」

「いくつか理由に思い当たるものはありますが…、一つはここをキレイにするまでシンには見せたくなかったのだと思います」

「それこそどうして!」

「さあ?それはシンが自分で考えなさい。二つ目はシンが居なくなってしまうのではないか、と怖かったのだと思いますよ」

「逃げようとしたのなんて初めの一度だけですよ…」

「そうではなく。 ここは良くも悪くもシンの思い出の詰まった場所でしょう?そこへシンを行かせたら、もしかしたら戻ってこないかも…そう考えてしまうのも無理はないかと」

…確かに。 お屋敷へと温かく招き入れられたとはいえ、分不相応な待遇に戸惑っているのは今も変わらない。

仕事もこなしている今なら、いてもいい理由を自分で見つけることはできるけど、数年前なら…?


「恩返しのためにお嬢様と結婚しろとは言いません。ただ、お嬢様がシンを想い、成された事だけは知っておいて欲しかったのです」

幼い頃の僕にとってお嬢様は姉のような人であり、今は敬愛すべき主だ。

恋愛対象として意識する、なんてのはおこがましいと思っていたし、決してあってはならない事だとも思っていた。

なのに…。お嬢様が僕を想ってくれていた結果がここの現状なのだとして、どう答えたらいいのだろう。

「ダメだ…お嬢様、好きすぎる…」

「チョロくないですかシン?」

なんとでも言ってください! 

どんな言葉を並べられるより、今この目で見たものにはお嬢様の想いが、優しさが溢れていたのだから。







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