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主は悪役令嬢を名乗る公爵令嬢  作者: 狐のボタン


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3/6

育てられた子



海辺に建てられている別荘は、お屋敷より小さいとはいえ、少人数で過ごすには十分すぎる広さ。

門からお屋敷までに広い庭もあるから、馬車で直接玄関前まで乗り入れる。

別荘の玄関前で馬車を出迎えてくれたのはメリスさんを含めた数人のメイド。

「お嬢様、お待ちしておりました。お部屋のご用意は済ませてありますから、ごゆっくりお過ごしください」

「ありがとうメリス! 突然ごめんなさいね」

「とんでもありません。さあ、こちらへ…」

メリスさんからの視線へ頷いて返しておく。多分、”道中に問題はなかったか?”と言いたいんだと思う。



「シンもボケっとしてないでついてきなさい」

「はい…」

お嬢様の荷物を運ばなくてはいけないのだから行きますって。

馬車から下ろした大きなトランクを二つ抱え、お嬢様についていく。


メリスさんが案内するのは、お嬢様がこの別荘でいつも利用する海の見渡せる3階の一室。

窓を開ければ心地よい潮風が部屋を流れていく。

「お茶のご用意をしてまいります。シン、お嬢様は任せますからね」

「はい」

部屋を出ていくメリスさんを見送っている間に、早速窓を開けたお嬢様は満足そうに海を見ながら伸び。

「ん〜〜! やっぱり此方は心地良いわね」

そう言いながら手持ちの鞄から出した紙を器用に折ると、外へ投げるお嬢様。

紙なのに風にのってどこまでも飛んでいきそう。

相変わらず不思議な事をする人だ…って! まさかその紙は!!


「お嬢様! さっきのって手紙では!?」

「そうよ?第二王子だったか第三王子だったか知らないけど、婚約の打診をしてきた手紙ね。紙飛行機にして飛ばしてやったわ」

「かみひこうき…? ってそうじゃなくて、何してんですか!」

「あんな温室育ちで無能な世間知らずと結婚なんて絶対にイヤ(・・)よ!」

「お嬢様、相手はこの国の王子ですよ!?」

「だから何? 公爵家(うち)が無きゃとっくに国を財政破綻させていたような無能な王家じゃない。 それより! 二人きりの時にはなんて呼べと言ったか忘れたのかしら」

「…リリエル姉様」

「よろしい」

全く…。 確かにこの国の財政は公爵家…つまりルシフェラーゼ家が取り仕切っている商売で成り立っていると言っても過言ではない。

正確には、その殆どがお嬢様の発案によるもので、今や国の経済そのものが根幹から変わるレベル。


お嬢様の書いた絵本、公爵領でもある海辺の街で作られている上質な塩、ありとあらゆる料理のレシピ…。家具や服のデザイン、アクセサリーに至るまで、何かしらお嬢様が関わっている。

それこそ上げだしたらきりがないくらいに。


実際、そんなお嬢様の知恵と保有している権利を目当てに王家が婚約の話を寄越しているのは間違いない。

…お嬢様本人は全く興味がないようだけど。

第一王子からの手紙はチラッと見てビリビリに破き、二通目からは読みもせず丸めて窓の外へ捨てたり、暖炉へ放り込んだりとやりたい放題。


一向にお嬢様からの返事がないものだから、次は第二、第三王子からも手紙が来るようになり…。

一応、旦那様から王家へやんわりお断りの返事はしているそうだけど、王家も簡単に諦めきれるものでもないのだろう。


「まさかリリエル姉様は婚約の打診が面倒くさいからとここへ来たんですか?」

「そうとも言うわね。また屋敷にも押しかけて来そうなんだもの。 執筆するにも邪魔なのよ。いちいち相手するのも面倒くさいし、時間の無駄だわ」

何時だったか第一王子が公爵家を訪ねてきたときに、心底嫌そうな顔をしていた。

渋々対応はしていたけど、挨拶の言葉しか発しなかったですからね、お嬢様は…。


「リリエル姉様も適齢期なんですから、そろそろ真面目に考え…」

イヤ(・・)よ!」

「何故ですか…」

「婚約の話を寄越してくる相手にロクな男がいないからよ。 私は自分で稼げるのだから、結婚する相手は自分で選びたいわ。 大体、王子との婚約なんて正に悪役令嬢への道をまっしぐらじゃない。 相手が私好みの男なら悪役令嬢として演じきってやるわよ? でも好みでもない、あんな無能王子達のためにどうして私が悪役なんてやらなきゃいけないのよ」

「またそれですか?悪役令嬢だから国を追放とか…。むしろ今の発言が不敬罪で罪に問われますよ…」

「あり得ないわね。今の王族に公爵家(うち)を敵に回す力も根性もないわよ。むしろやれるのならやってみろって話よ。こっちは幼い頃から悪役令嬢としての未来を覚悟して、せめて悪の華として一花咲かせてやるつもりだったのに!」

「リリエル姉様なら確かにどんな立場だとしても綺麗に咲くでしょうね…」

お嬢様は本当に見た目だけはいいから…。貴族家には珍しい栗色の髪は艶やかで、性格とは裏腹に可愛らしい顔立ち。同年代の女性よりずっとスタイルもいい。


「侯爵令嬢はまだ幼くて可愛い子だし、伯爵家以下の娘達は私に媚を売ることしかしないの」

「それはそうでしょう。リリエル姉様に逆らうような事をすればドレスもお菓子も何もかも手に入らなくなるのですよ?どこのご令嬢も逆らえるわけがありません」

お嬢様はやらないだろうけど、気に入らない相手には売らないと、もし一言でもそう言えばこの国で人気のあるもの全てが手に入らなくなるのだから。



「婚約して王妃教育を受けて…なんてやってられないわ。そんな暇があったら自分で稼いでいた方が余程将来のためになるもの」

確かにお嬢様の稼ぎなら相手なんて選びたい放題だろう。ただし、公爵令嬢でなければ…だけど。

公爵令嬢という立場に釣り合う相手なんて王家以外にいない。

隣国の王家や公爵家からもいずれ声がかかってもおかしくないくらい、お嬢様の名前は周辺諸国へも知れ渡っている。

これも当然の話で、“国を追放されたら他国で暮らさなきゃいけないのよ?だから行ける先は増やしておくに越したことないわ”とか言って、独自に他国との交易ルートまで開拓してしまっている。


公爵家お抱えの商人がキャラバン隊であちこちへと行き来していて、一度僕も社会勉強のためにと隣国サティーニアの王都までついていったけど、物凄い人気だった。

お忍びで王子、王女まで見に来るくらいには…。

どうしてお忍びなのに気がついたかについては、僕が王女に気に入られて城へと招かれたから。危うく愛人かなにかにされそうになり、逃げ帰ったから二度とあの国へは行きたくない…。


隣国の王子か。あの人なら僕が逃げるのを手伝ってくれるくらい良い人だったけど…。

でも、仮にお嬢様とあの王子がくっついたら、僕は間違いなく王女に捕まるな。

それに、お嬢様にこの事実が知られたらどんなお叱りを受けるか、それが一番怖い。

うん、サティーニアの王子は駄目だ。


「じゃー聞きますけど…仮に相手を自由に選べるとして、どんな男ならリリエル姉様のお眼鏡に叶うんです?」

「そんなの決まってるわ! 年下で、私に従順なのは絶対に譲れないわね。ヒモとして囲ってドロドロに甘やかして、身も心も金銭面でも私なしでは生きられなくしたいわ」

…聞いた僕がバカだった。うちのお嬢様、多才だし顔もスタイルもいいのに、性格はぶっ飛んでるんだよなぁ。


最近はもう、旦那様も奥様も色々と諦めてるフシがある。

実際、旦那様からどんな相手なら結婚してもいいと思えるのか探りを入れるように、と僕に言われてるくらいだ。

家格が下だろうが、もう構わないから相手を見つけてほしいのだろう。

婿養子にしてしまえば公爵家をお嬢様が継げばいい訳だし。

だからって、お嬢様の希望をそのまま旦那様に伝えられるわけがない。きっと倒れてしまわれる…。

お嬢様に拾われた浮浪児だった僕なんかでさえ温かく迎え入れてくれた旦那様と奥様に、そんな心労はかけられない。


はぁ…。真面目に答える気は無いのですね。

「ヒモってなんですか…。 リリエル姉様に従順な年下なんて僕くらいでしょう」

「…言ったわね?」

「はい?」

「シン、男に二言はないわよね?」

「何がですか…」

「私の相手よ」

「…え?」

「そうと決まれば色々と手を回して外堀を埋めなくてはいけないわね…」

…え? いやいや…。 またお嬢様がとんでもない事言い出しましたよ!


「秋になればシンも16歳…。それまでに準備をしておかなくちゃ。 シン! 手紙を書くから用意しなさい」

「…わかりました」

もうこうなったお嬢様は誰にも止められない。気が済むまで放っておこう。

何より僕が相手とかあり得ないから。旦那様と奥様が許可するはずもないし。

身分が違うどころか、僕は元々ただの浮浪児で捨て子なのだから…。


「シン、そういうわけだからメリスの事はここでキッパリ諦めなさい?いいわね?」

「ですから、メリスさんにそういう感情は無いですって」

「私がなんですか?」

「ひっ…い、いつの間に…」

「不抜けてますね、シン。少々鍛え直すべきでしょうか…」

気配ないんだもんこの人! 僕の師匠でもある人に敵う訳が無いでしょう。


「メリス、私婚約するわ!」

「やっとですか…。旦那様と奥様もお喜びになられますね。お相手は何番目です?」

「あんなバカ王子ズから選ぶわけ無いでしょう。 相手はシンよ!」

「……はい? お嬢様は遂にトチ狂いましたか?」

「そういう訳だからメリスもシンの事は諦めてね?」

「………お嬢様相手でもこれは譲れません」

「言うと思ったわ。”情報収集には女を落とすのが一番手っ取り早いので、私で練習しましょう“とか無理矢理理由をつけてあんな事やこんな事させてたものね?」

「実際に必要ですから。練習するなら私が適任でしょう」

「仮に練習が必要だったとして、相手は屋敷のメイドでもいいじゃない。何より相手役が一人では練習にすらならないわよね?」

「ダメです! それでメイド達が本気になったらどうするのですか。ただでさえシンは人気ですのに。これ以上はお屋敷内でトラブルが…」

「他の女とくっつけたくなかっただけでしょ?」

「メイドを巻き込むわけにはいきませんから」

「それで?シンとどこまでやりやがったか、婚約者として聞いておこうかしら。今の私には聞く権利があるわ」

「私は教育しただけです」

「目を逸らすな! こっちを見なさいメリス。 まさか一線まで超えてないでしょうね!?」

「………」

「シン! 正直に答えなさい。メリスと寝たの?」

え、何? いきなり飛び火してきましたが!?

正直、意味のわからない二人の会話に関わりたくなくて極力気配を消してたのに。


「シン、わかっていますね?」

何もわかりませんが? メリスさん目が怖いっ…。

「答えなさい! シン!」

「黙りなさい! シン!」

どうしろと!?

メリスさんに教わったのは戦闘術や従者としての所作。

女性の口説き方やデートの仕方と色々と教わったけど、どれの事だ!?


「メリスももう27よね? 相手なら私が適当に見つけてあげるからそれで我慢しなさい」

「まだ26です! 私には私好みに育ててきて、そろそろ収穫時期の者がおりますから! 大体いきなりなんです? 今までは相手にもしていなかったじゃないですか!」

「このメイド、光源氏計画みたいなこと言い出したわ…。 私は本人の意思を優先したかったからよ。 その本人が私の婚約者に立候補したのだから諦めるのはやめたのよ!」

「シン!? どういう事ですか! “大きくなったらメリスお姉ちゃんと結婚する”そう言いましたよね!?」

「…え?」

言ってません言ってません! 全く記憶にないんですが?そもそも“メリスお姉ちゃん”と呼んだことさえありませんが。


「キョトンとしてるじゃない! 大方、自分に都合の良いように解釈したんでしょう!」

「失礼な。お嬢様のように常に妄想していて現実との区別のつかない人と一緒にしないでください!」

「言ったわね!?」

なんだろうこれ…。


帰りてぇ……。

でもなぁ…。帰ったところで旦那様になんて報告したらいいのやら…。

帰りたくねぇ……。








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