拾われた子
路地から出ると、女の子は本当に僕を待ってた。
戻ったらもういなくて、見逃してもらえるかも…なんて甘い話はなく。
「偉いわね。ちゃんと戻ってきて。約束を守れる子は好きよ」
「お嬢様、その子供をどうなさるおつもりですか?」
「当然連れて帰るわよ! 当たり前じゃない」
「ですよね…。そう言われると思いました」
少し離れた場所に停められていた馬車に乗せられ、ガタガタと揺れる道を行く。
これからどうなるんだろう…。おばさんの話だと、捕まったら奴隷にされたり、酷いと殺されたりするって…。
「アナタ…って呼びにくいわね。名前がないのなら私がつけてあげるわ。 そうねぇ…シンなんてどうかしら。真実の真よ! 真と書いてシンと読むの。素敵でしょう?」
「またお嬢様は意味のわからないことを…」
シンジツのシンはわかる。まこと? まことと書いたならまことでは?
「シン、読み書きは出来る?」
「お嬢様、浮浪児に出来るわけないじゃないですか!」
「出来るけど…」
「なら話は早いわね!」
「嘘っ…どうやって学んだのですか!」
「おばさんが教えてくれて…」
幸せを諦めないためには絶対に必要だから。と…。
「じゃあこれは読める?」
女の子が手持ちの小さな鞄から取り出した手帳に書いたのは”シン“という文字。
「シン」
「じゃあこっちは?」
”真“?見たことのない文字だ。記号…?
「…読めない」
「だめかー」
「お嬢様の創作文字を読める訳が無いでしょう? それにしても本当に文字を読めるとは…」
創作文字…?
「あっ、私の名前を教えてなかったわね。リリエル・ルシフェラーゼ、8歳よ。またの名を東条彩といいます。覚えておきなさい!」
「お嬢様、その恥ずかしい名前を名乗るのはおやめくださいと何度も申し上げておりますのに!」
「恥ずかしいって何よ! 私の真名なのに失礼ね!」
「公爵家のご令嬢がトウジョウアヤというペンネームで本を書いている…なんて世間に知られたら問題になるかもしれないのですよ?」
「私は悪役令嬢として常に備えておかなくてはいけないの! お金は必要だわ」
「またそれですか…。 そもそも毎度言われる悪役令嬢とは何なのですか! 公爵家のご令嬢がお金に困るわけ無いでしょう」
「備えておくくらいいいじゃない別に。お父様もお母様も好きにしていいと仰ってくださっているのよ。いつ国を追放されるかわからないのだから今から稼いでおかなくてはいけないのよ」
「甘やかされておりますものね…。公爵家のご令嬢が国を追われる訳がありませんのに。王家に次ぐ家格であり、お嬢様は公爵家唯一のご息女なんですから」
「それよ。公爵家の娘なんて世間からやっかまれて、侯爵家や伯爵家の娘に婚約者を取られたあげく、無実の罪を着せられるのよ」
「侯爵家にお嬢様と歳の近い娘はおりませんし、伯爵家の娘ごときが公爵家のご息女であるお嬢様に手を出せる訳がないでしょう…。仮に罪を着せようとしたとして、それが事実か嘘かなど関係なく揉み消します。ついでに伯爵家の娘も消します」
「…怖っ。メリス貴女怖いわ。人を消すとか言ったらだめよ?」
「ではお嬢様も悪役令嬢などと訳のわからないことを仰るのはおやめください。そうすれば誰も消さずに済みます」
「無理ね。公爵家の令嬢なんて毎回悪役令嬢なんだから」
「はぁ……」
話についていけない僕は、ただ二人の会話を聞き流しながらこれからどうなるのだろう…とそんな心配ばかりしていた…。
………
……
「起きなさい! シン! いい加減起きろコラ!」
「痛ってぇ…。何しやがりますかお嬢様!」
すぐ怒って手が出るのは悪い癖だと思う。公爵令嬢じゃなく癇癪令嬢だ…。
「何度も起こしてるのに起きないシンが悪いのよ! 全く…。専属従者が主をほったらかして馬車で寝てるとかどういうコトよ!」
「理由をお知りになりたいと? 昨夜リリエルお嬢様が突然 ”海に行きたいわ! 今から別荘の用意をして。あと着替えとか馬車の手配も“とかぬかしやがりましたので、メリスさんと別荘まで行って掃除をした後、屋敷に戻って出かける仕度をしていたからですが?」
「…そんな事もあったかしらね。 いいじゃないメリスと一緒にいられたのでしょう?」
「余計な気を回さないでください。そういうのじゃないんで」
「どーだか。主をほったらかしてメイドにうつつを抜かすとか…ほんっと、ムカつくわね…」
本当にそんなんじゃないんだけどなぁ。
メリスさんへの思いは、あこがれや尊敬であって、恋心ではない。
仮に恋心だったとして、僕なんか相手にもされないだろう。あんなキレイで完璧超人な人に…。
そのメリスさんは昨夜から別荘に残っているから、今頃食事やらの仕度をしている頃だろう。
まだ別荘まで距離もあるし、僕はもう少し夢うつつでいさせてもらいます。
どうせあちらに着いたら、またお嬢様に振り回されるのだから。
………
……
お嬢様に捕まり…馬車に揺られ到着したのは、生まれて初めて見る大きな大きな家。
「今日からここがシンも一緒に暮らすお屋敷よ。 メリス、シンをキレイにしてあげて。私は服を用意しておくわ」
「かしこまりました。 シン、ついてきなさい」
逆らえるわけもないから大人しくついていく。
案内されたのはお屋敷の裏手にある井戸。
「自分で服くらい脱げますね?」
「うん…」
「お湯を用意してきますから脱いで待ってなさい」
そう言うと僕を一人おいて居なくなってしまった。
逃げるのなら今か…?
まわりを見渡し、人がいないのを確認。
来た道を戻ろうとしたら、メリスと呼ばれていた人と同じ服を着た女の人が数人いて、慌てて植え込みに隠れる。
「どうしよう…。他に出口は…」
そっと覗いて見渡すも、大きな木や高い塀しかなく、唯一行ける方向には女の人達。
逆方向は井戸のある場所。壁を登るのは流石に無理だし、木に登ったところで見つかればお終いだ。
井戸の向こうへなら逃げられるかも。そう思い、走って戻ったタイミングでメリスという人が大きな桶を抱えて戻ってきてしまった。
「何をしているのです? 脱いでいなさいと言いましたよね?」
「……」
「大方逃げようとでも考えたのでしょうが諦めなさい。お嬢様に目を付けられた時点で、どこへ逃げても連れ戻されます」
何それ怖い…。
諦めて服を脱ぐ。
その間に桶へと井戸の水を足して混ぜたりと、この人は何してるんだろう。
「脱げましたか?……浮浪児のくせにあまり汚れてませんね?服も身体も臭わないですし…。これでしたら始めから屋敷内の浴場でも問題なかったくらいですね」
「おばさんにいつもキレイにしておけって言われてたから。汚れてると病気になるって」
「そうですか。 ん? それ、何ですか?」
彼女が指をさすのは僕が首から下げているモノ。
「おばさんに16になるまでは開けるなって言われて渡された」
「ロケット…と言うよりは小さなカプセル型のケース…?預かっても?」
逆らっても取り上げられるだけだと思い、手渡す。
「取り上げるつもりはないので安心しなさい」
価値のあるようなものでも無いだろうけど、取り上げられたものが戻ってくることなんてない。ここはそういう場所だ。例えお金持ちの家だとしてもそれは変わらないだろう。
メリスは手渡したモノをポケットに仕舞うと、僕を抱き上げて桶の中へ入れた。
「温かい…」
「まだ寒い季節ではないですが、水では風邪を引きかねませんからね」
いつもは井戸の水だったから気にしないけど…。
いい香りのするお湯で身体も髪も洗われ、全身ホカホカして…。
「髪も切りましょうか」
柔らかい布でくるまれて、そのまま髪も切られ…。
「…よく見ると可愛らしい顔をしていますね。なにより浮浪児で金髪なんて珍しい。これはお嬢様のいいオモチャ…いえ、気に入られるでしょう」
身体に布を巻かれたまま、移動した先は大きな家の中。
「お嬢様、シンを連れてきましたよ」
扉をノックするメリス。
「入って!」
部屋の中からは元気なお嬢様の声。
中に入ると大きな窓があり、見るからに豪華! って僕でもわかるものが沢山。高そうって以外、何もわからないけど、壊したりなんかしたらとんでもない事になるのだけはわかる。
ここまで歩いてきた家の中にもそういう物がたくさん置いてあったし…。
「へぇー。長い髪で見えてなかったけど可愛い顔してるわねシン! それにやっぱりキレイな金髪ね。貴族みたいだわ」
「お嬢様、こちらを…」
「うん? なにかしらこれ」
「シンが首から下げておりました。16になるまで開けるな、そう言われて保護者の女性に持たされていたそうです」
「うーん…。気になるけど、私が今開けてしまうのは違うわね。返してあげていいわ」
「かしこまりました」
取られたものを返されて、意味がわからず…。
「16になるまで大切に持っていなさい! ただし、開ける時は私にも見せてね。 って、シンの誕生日っていつ!? 今何歳なの?」
「秋の二の月、十五日。 6歳」
「間違いないの?」
「おばさんにそう言われただけだから…」
本当なのかなんて僕は知らない。生まれた日の記憶なんてないんだから。
「何者なのかしら…。まぁいいわ。謎があるのは楽しみだもの! そんな事より、屋敷内にあった着れそうな服を用意したから着て見せて!」
「お嬢様、そういう事は私が…」
「えー! 弟の着せ替えとかしたかったのに!」
「では一緒に…」
「ええ!」
その後、僕は二人にあーでもないこーでもないと服を着せられ…。
次の日からは、メリスさんにはありとあらゆる事を教えられた。
主に、お屋敷内での仕事や、立ち振る舞い。最後にはお嬢様を守るための戦闘術を…。
お嬢様には色々な話を聞かされたり、手伝いをさせられたり…。話の内容はちっとも理解できなかったし、何の手伝いをしてるのかさえわからなかった。
それでもお嬢様は僕をいつもそばに置いてかまってくれたから、本当の姉が出来たようで寂しく感じる暇さえなかったのは救いだったのかもしれない。
………
……
「もうすぐ着くわよ。いい加減起きてシャキッとしなさい」
「起きてるから大丈夫です」
懐かしい夢を見たから少し思い出に耽っていただけだし…。
あれから9年、おかげで今や立派な従者だ。
仮に馬車が襲われても一度に十人程度なら相手にしても倒せる自信はあるし、街へ出れば簡単に女性を落とせるくらいには外見も言動も鍛えられている。
仕事柄情報を集めたり、逆に情報を流したり…なんてこともするから、必要になってくる…。とかメリスさんに言われたっけ。
もし本当に外で女性を引っ掛けた…なんてお嬢様にバレたらただでは済まないだろうけど…。
なぜか女性と話してるとすっごく怒るんだよね。
今のところ女性を口説くような仕事を振られた事はないし、精々街での買い物の時に女性店員に安くしてもらえるくらいの恩恵しかないから、必要か?と言われたら疑問符が浮かぶ。




