路地裏の幼子
日がほとんど当たらず、暗く薄汚い路地。
ゴホゴホと咳き込むおじさんが座り込み、側にはゴミの山。
もう何日かしたらこの人もここに居ないかもしれない。
そんな人が男女問わずいる所。
僕の居場所はそんなところだった。
ゴミを漁り、時には食べ物を下町の店から掠めとるようなこともしてきた。そうじゃなきゃ生きられなかったし…。
母親も父親も顔すら知らない。
覚えている一番古い記憶は、薄汚れたおばさんの顔。
いつから一緒に居たのかさえ覚えてない。
僕は2歳になる前に捨てられたらしく、たまたま拾ったのがそのおばさんだったそう。
名前も知らない。ただ、ここでの生き方を教えてくれた人。
食べ物がある場所とか、上手く逃げて見の守る方法とか…。
6歳になったある日、そのおばさんに棲家を追い出された。
普段から口調の優しい人ではなかったけど、その日はいつも以上にキツかったのは覚えてる。
”もうお前もいい年齢だ。一人で生きていけ。いつまでも私に頼るな。さっさと出ていけ“と。
突然の絶縁宣言とも言える言葉。
意味がわからなかったけど、あの棲家はおばさんの物で、僕は居候。
出て行けと言われたら出ていくしかない。
“今までありがとう”そう伝えて出ていこうとした僕の背中におばさんは一言。”楽しかったよ、決して幸せを諦めるんじゃないよ“そう呟いた。
おばさんのいつもの口癖。“幸せを諦めるな”って。おばさん自身が諦めて後悔したから、僕に同じ様にはなってくれるなっていつも言ってた。
だったらなんで僕を追い出すのか、楽しかったのならどうして…。
わかならないけど、僕は棲家を出た。
行く宛もなく彷徨い、何とか食いつないでいたけど…。安心して眠れる場所も見つけられず、寂しくて寂しくて…。
数日後、どうしてもおばさんに会いたくて棲家へ戻った。また追い出されるかもしれないけど、それでも…。
棲家へ入って目にしたのは、変わり果てたおばさんの姿だった。
寝床にしていた場所で、最後に見た姿のまま。眠るように息を引き取っていた。きっと僕にこの姿を見せたくなかったのかもしれない。
それでも、せめて最期まで側に居たかった…。
夜の間に、僕らみたいな人間を弔う場所へ運んで一晩中かけて穴を掘り、弔った。
手向けるものなんてない。それでも何かしたくて…。
その日、初めて路地を出る決意をした。
大通りには出るなとおばさんはいつも言っていたっけ。
幼い子供は何をされるかわからないから…と。荒っぽい者もいれば、法を司るものもいる。
僕らみたいな日陰者は、どちらに出くわしてもろくな事にならないからって。
そんな言いつけを破ってまで大通りへ出ようと思ったのには訳がある。
昔おばさんに路地から大通りを見せてもらって、出ないようにと忠告をされた時に見かけた、きれいな花をおいている店。
そこの花をおばさんは眩しそうに見ていたから…。
せめて最期に。何も恩返しができなかったのだからせめて…。そう思って。
路地から飛び出し、花を一本取って戻ってくるだけ。簡単なことだ。
下町の店からいつも食べ物を掠めとってるんだから。場所が変わったってやることは同じ。
人の波が途切れたタイミングを見計らい、路地から飛び出す。今、店の前に居るのは栗色の髪の女の子とその姉らしき同じ髪色の女の人だけ…。イケる!
走りざまに花屋の店先に並ぶ花を手に取り、逃げ…
「お嬢様! 危のうございます!」
「えっ!?」
「まったく…浮浪児がこんな表通りに出てくるなんて!」
あっさり姉の方に捕まってしまった。
首根っこを掴まれて、暴れても逃げることすらできない。
終わった…。せめておばさんに恩返ししたかったな…。
「メリス、相手は子供よ?手荒な真似はやめなさい」
「しかし!」
「へぇ〜。浮浪児と言っても私と変わらないくらいじゃない。アナタ名前は?」
「………」
「お嬢様の質問に答えなさい!」
「…名前なんかない」
「はい? メリス、名前がないなんてありえるの?」
「ええ…まぁ…。こういった浮浪児にはあり得るとは思います」
「そう……。 ところで浮浪児がどうして花を盗もうとしたの? 食べ物とかならわかるけど…」
「……」
「答えなさい!」
この女の人怖い…。
「お世話になったおばさんが亡くなったから…」
「その為に表に出てきたというの?危険を犯してまで?」
「何も恩返しができなかったから」
「そう…。 メリス、花を一束買いなさい」
「しかしお嬢様!」
「メリス、一束でいいのよ?なにか問題があるのかしら」
「わかりました…」
お嬢様と呼ばれた女の子はメリスと呼んでいる女の人に花を買わせると、僕に渡してくれた。
「それはアナタにあげるわ。おばさんの墓へ手向けてきなさい」
「もらう理由が…」
「その代わり、必ずここへ戻ってきなさい。いい?」
「どうして…」
「お嬢様の命令に従いなさい!」
「メリス! どうして貴女はいつもそうキツイ言い方しかできないの?相手は子供なのよ?」
「申し訳ありません…」
「ほら、離してあげて」
ようやく地面に下ろしてもらい、女の子と同じ目線になる。
「いい?必ず戻ってくるのよ?約束できるわね?」
「…もし戻らなかったら?」
「家の者を使って見つけるまで街中探してやるわ。私は悪役令嬢なの。どんな手でもつかうわよ?」
「わかった…」
悪役令嬢とか意味がわからなかったけど、逆らったらこの子は本当にやりそうだ…それだけは理解したから、急いで路地裏へと戻り、おばさんを弔った場所へ花束を手向けた。
「おばさん…。もう戻れないかもしれないけど、後悔はしてないよ。今まで本当にありがとう…。ゆっくり休んで。さようなら……」
お別れを伝え、おばさんの棲家へ戻り、少しだけあるおばさんの遺したものを鞄に詰め込む。
ここへおいていったら誰かに取られるだけ。
せめて僕が大切に持っていかないと。いつもおばさんが大事そうにしていた小箱があったから、それだけは絶対に。
荷物を詰めた鞄を肩からかけ、女の子の元へ向かった。




